ウォーリッツァー君。

「僕は40歳のウォーリッツァー。本当の歳は知らない。少なくとも40歳以上だ。世界で初めてできたエレクトリック・キーボードのひとつ。1963年にジョー・サンプルという人に買われて以来、ずっと彼に仕えている。今まで僕は彼のテキサスのおうちから外にでたことはなかった。ご主人はいつも自宅で僕を弾いていた。だが、どういうわけか、ご主人様、今回僕を初めて一緒に旅に連れて行ってくれることになった。家を出るのも初めてなら、街を出るのも初めて。見たことない世界ばかりだ。しかも、飛行機に乗って、日本の東京までやってきた。テキサスの田舎と比べるとすべてが新しく現代的で、超新鮮。30時間以上の長旅を経て僕が落ち着いたステージは青山のブルーノート。ものすごくかっこいい空間だ・・・」

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立ち見もでている超満員のブルーノート。客席はいやがおうでも期待が高まっている。照明が落ち、バンドメンバーが続々とステージに上がっていく。皆それぞれの名前で活躍しているヴェテランたちばかりだ。ジョー・サンプルの合図でミュージシャンたちが一斉に音を出し始める。そして、サックスのウィルトン・フェルダーが吹き出した瞬間、もうブルーノートの空間すべてがクルセイダーズになった。

おそらく、フェルダーの生サックスを聴くのは10年ぶり以上だろうと思うが、ほんの1秒で、「おおおおっ、ウィルトン・フェルダー!」と心の中で叫んでしまった。10年以上も会っていない友でもお互いよく知っていれば、その会っていなかった冷凍されていた時間が会った瞬間、解凍される。フェルダーのサックスが吹かれ、そして、ジョー・サンプルのキーボードが前面にでた瞬間、あのクルセイダーズが長い冬眠から21世紀によみがえった。

彼らのようなミュージシャンこそ、まさにReal Music By Real Musicians For Real People!  僕の求めるモットーを具現化してくれる勇士たちだ。そして、クルセイダーズの核となる存在がジョー・サンプルとウィルトン・フェルダーであることが如実に表れたライヴだ。

ジョーが曲間で次の曲の紹介をする。「今ここで使っているキーボードはウォーリッツァー社のものだ。ジュークボックスで有名な会社のエレクトリック・キーボードだ。ジュークボックスはニッケル(5セント硬貨)をいれるとレコードがかかるというものだな。ウォーリッツァー社は初期の電気ピアノを作った会社なんだ。1955年、深夜のテレビ番組『スティーヴ・アレン・ショウ』を見ていると、レイ・チャールズが電気ピアノを弾いていた。今まで私は(電気ピアノを)見たことも聴いたこともなかった。だが私はそれを見て、レイ・チャールズに怒りを覚えた。音が気に入らなかったのだ。(客席から笑い) あれは子ども向けのおもちゃだ、ピアノじゃない、って思ったんだ。レイ・チャールズは『悪い奴(bad man)』だと思った。(客席から笑い) そして、59年か60年頃、同じレイ・チャールズがこんなフレーズを弾くのを聴いた」

ジョーがレイ・チャールズの59年の大ヒット曲「ホワッド・アイ・セイ」のイントロのキーボードのところを弾く。客席から「ウォオ〜〜」という歓声。「それを聴いた瞬間、私はレイ・チャールズのことが大好きになった! (客席から笑い) そして、1963年、私はこのウォーリッツァーを購入した。(また客席から笑い) このキーボードは、今まで自分の家から出たことがない。レコーディング・スタジオにも持っていったことはないんだ。なんたって、貴重なアンティークだからな。(笑) そして、初めて日本にこれをもってきたんだ。(歓声)」

それにしてもしっかりしたリズム隊。ケンドリック・スコットのドラムス、フレディー・ワシントンのベース、レイ・パーカーのギター、そして、トロンボーンにスティーヴ・バクスター。完璧に黒いリズム隊。ゴスペル、ジャズ、R&B、ファンク、ソウル・・・。あらゆる要素がぎゅう詰にされたブラックネスがそこにある。

「諸君は、ニューオーリンズに来たことがあるかな。来たことがない? あそこはとても楽しい街だよ。ここにはヴードゥーのクイーンがいる。その名はマリー・ラヴォーという。ニューオーリンズの墓地にラヴォーの墓がある。彼女は1870年代に死んだ。だが彼女のスピリットはニューオーリンズ中に生きている。だからニューオーリンズに行ったら、諸君はその墓地に行き、白い石でできている彼女の墓に黒のペンかなんかでX印を3つつけなければならない。そうしないと、悪いことが起こるんだよ。(笑) だからマリー・ラヴォーの墓にX印を3つつけ、グッドラックになることを祈るよ。(笑)」 そして後ろにいたレイ・パーカーを紹介する。「レイ・パーカーはブラック・マジック(黒魔術)師だ。デトロイトのフードゥー教だ。(笑)」 レイが魔術師よろしく腕を振る。そして始まった「Xマークス・ザ・スポット」では、レイ→ウィルトン→レイ、これにウィルトンとスティーヴという豪華なソロリレーが見られた。

確かにこのバンドは、ジョー・サンプル主導のバンドだ。ウィルトンはこのバンドの一員という位置付け。そして、アンコールの1曲目は新作『ルーラル・リニューアル』のタイトル曲、さらにそれが終わるとやにわにレイ・パーカーがマイクスタンドをステージ中央の前に持ってきた。何かが起こる気配。

「僕が若かった頃、18歳−19歳くらいだった頃、よくクルセイダーズを聴いていた。だから、今日こうやってクルセイダーズと一緒にステージに立てるなんて本当に光栄だ! (大きい声で) クルセイダーズ! 今日はクルセイダーズの夜だから・・・僕は、「パーティー・ナウ・・・」(節をつけて歌いながら)などは、歌わない。僕は、「ア・ウーマン・ニーズ・ラヴ」も歌わない・・・(拍手) 「ゴーストバスターズ」も歌わない。やるとするなら、僕たちは今日、ジャズ・ヴァージョンでやってみよう。いいか、簡単だよ。Who you gonna call? (誰を呼ぶんだ?) と言ったら、みんなはGhostbusters! じゃなくて、クル・セイダーズ! って叫ぶんだ。いいかな?」

「Who you gonna call?」 観客が「クル・セイダーズ!」 レイはギターで「ゴーストバスターズ」を弾きだした。ブルーノートが昔ながらのディスコになった。

ジョー・サンプルの曲にまつわるストーリーは、その作品への理解を深める上で非常に興味深いものだった。およそ10年ぶりのクルセイダーズ復活のライヴは、古き良き時代を思い起こさせるのと同時に、彼らがまだ現役ばりばりのミュージシャンたちであることを改めて知らしめた。1960年にテキサス州で結成されたグループは今年で43年の歴史を数える。79年日本で『ストリート・ライフ』がヒットしたとき、仮に20歳だった若者たちは今44歳。仕事も油がのりきっているところだろう。この日のブルーノートはいつになくそうした40代から50代の人たちの姿が目立った。彼らは今でも音楽を聴いているのだ。だが、それでも20代と思える若い人たちもいた。なんらかの方法で彼らの音楽を知ったに違いない。43年もやっていれば、ファン層も多岐にわたるようになる。

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「これで今日のお勤めもおしまいだ。ふ〜〜。40歳でも僕の音はまだまだ元気だろう? ご主人様は64歳だからね。最低でもご主人様の年齢くらいまでは音を出しつづけるつもりだ。一日に2ステージもこんなに激しく演奏するのは初めてかもしれない。でも、観客の人たちが毎晩毎晩熱狂的なんで、僕もどんどんいい音を出してしまうんだ。横のフェンダー君は僕より10歳くらい若いからね。でも、彼にはまだまだ負けないよ」

ミュージシャンたちが去った後も、1963年にジョーのものになって以来初めて旅に出たウォーリッツァーのキーボードは、そのステージにしっかり座り、ブルーノートの客たちを見ていた。テキサスの片田舎を初めてでてやってきた外国の地、東京はそのウォーリッツァー君にどう映ったのだろうか。

【2003年10月8日水曜・セカンド・ステージ 東京ブルーノート=クルセイダーズ・ライヴ】


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