(Part 2、パート1からお読みください)

死闘。

きわどいボールが赤土に映える白いライン上の粉を巻き上げる。第11ゲーム、ガウディオのサーヴィスゲームを再びコリアがブレイクし、コリアの6−5。コリアのサーヴィン・フォー・ザ・チャンピョンシップ。次にコリアがサーヴィスをキープすれば優勝だ。一ポイントごとに観客が固唾をのんで見守る。コリアは、足にトラブルがあることなど忘れて無我夢中でボールにくらいつく。超人的なパフォーマンスで、得意のダウンザラインを決め、コリアはついにチャンピョンシップ・ポイントを握る。あと一ポイントで優勝。トロフィーに片手がかかった。

チャンピョンシップ・ポイント一度目。ガウディオはこの瞬間、負けを覚悟したという。しかし、ガウディオにかわされデュース。もう一度コリアがポイントを取り、2度目のチャンピョンシップ・ポイント。しかし、再び、ガウディオが執念でポイントを取る。今度はガウディオがデュースから2ポイント連取し、ガウディオはこのゲームをブレイクして取り返し、6−6と試合を振り出しに戻したのだ。

解説の松岡修造が静かに言った。「もう、心技体といったものを超越してますね。そんなものは関係ない。魂と魂の戦いです」 その通りだった。出せる力をお互いが最大限出し切ったところで、ぶつかりあうソウルとソウルの戦い。まさに死闘だ。これは見ごたえがある。そして、今、勝利の女神はどちらに転ぶかまだ迷っているのだ。いつしか、観客もその瞬間に負けそうな方を、応援するようになっていた。

ファイナルはタイブレイクがないため、どちらかが必ず相手ゲームをブレイクしなければならない。第13ゲーム、ガウディオが40−15からポイントを決め、キープ、7−6。しかし、今度はコリアのサーヴィスゲーム。15−30から一ポイント取られ、15−40。しばらく前に自分が握ったチャンピョンシップ・ポイントをこんどは逆に相手に握られた。そして、最後、コリアが力尽きた。ガウディオが見事この3時間31分の死闘を制した。勝利の女神は、最後にガウディオに微笑んだ。

無欲。

ローランギャロスの歴史の中で、マッチポイントを握られてから逆転優勝したのは、1934年以来70年ぶりのことだという。つまりこうした大舞台では、最初にマッチポイントを握ったほうが、ほとんど勝つということだ。

ガウディオは言う。「子供の頃、いつかここに立って試合に勝てればいいと思っていた。だが、まさかグランドスラム(の決勝戦)にきて勝てるなどとは思ってもみなかった。自分(のテニススタイル)をどれほど変えたかもうわからないほどだ。何を一番変えたかさえも覚えてない。だが今、僕がわかっていることは、グランドスラムに勝ったということだけだ。たしかに、メンタル(精神的)な部分は多いに変えた。だからといって、グランドスラムに勝てるとは思わなかった」

一方のコリアは言う。「このフレンチオープンに優勝することをずっと夢見ていた。第3セットでものすごくナーヴァスになった。なぜなら、(あとワンセットとれば優勝ということを)今まで経験したことがなかったからだ。ここでの優勝は僕の人生の最大の夢だったんだ。だから、僕は最後まで戦った」

ガウディオはこの戦いをしてこう言った。「まるで、映画のようだったね」 ガウディオの勝利は、無欲の勝利だった。

超越。

表彰式。優勝トロフィー授与は、あのマッケンロー、そして、27年前アルゼンチンに優勝トロフィーを持ち帰ったヴィラスという粋な演出となった。コリアはずっと下を見たままじっと唇をかみしめている。言葉もでない。まず準優勝の盾がギレルモ・ヴィラスからギレルモ・コリアに渡された。ギレルモからギレルモへ。負けた者に渡される準優勝の盾。コリアはスピーチをするが、その言葉にはもはや魂ははいっていなかった。すべてを出し切り、体の中のソウルはローランギャロスの空の彼方に行っていたのだろう。一方、ガウディオはトロフィーを持ちながら「ヴィラスがいたから、僕はテニスを始めた」とスピーチをする中で、両親への感謝を口にしたときに、思わずこみあげ、タオルで目をぬぐった。そのとき、アルゼンチンの国民的ヒーロー、テニスの大先輩であるそのギレルモ・ヴィラスがやさしく彼の肩を抱いた。

アルゼンチンの国歌が流れ、国旗が真っ青な空に上がるところに、コリアの空虚な表情が映し出された。第3セットで勝てると思った彼。第4セットを終えた時、確信はなくなっていたかもしれない。しかし、マッチポイントを握った時に、再び勝てると思ったかもしれない。一方、ガウディオは決勝まで来たことさえ夢のようだった。ガウディオは言う。「まさか勝てるとは思わなかったけど、これからはもう少し自分を信じることができると思う」 彼はこの優勝で、次週のランキングが44位から一挙にベスト10、第10位になる。もちろん、生涯最高のランキングだ。

ヴィラスにあこがれテニスに打ち込んだ二人。その二人が最高の舞台で最高のパフォーマンスを見せ、そのあこがれの人物からトロフィーと盾を授与された。その意味では二人とも勝者といってもいい。そこに生まれたのは、まさに心技体を超越したソウルとソウルの熱き戦いだった。勝利の女神は本当に優柔不断だ。コリアには来年、優勝してもらおう。そして、そのときこそ、彼のソウル・サーチンの答えがでる瞬間だ。

(2004年6月6日日曜、ローランギャロス=フレンチオープン・男子シングルス決勝戦=コリア対ガウディオ)

『勝利の女神の優柔不断』(VOL.1)
http://www.soulsearchin.com/sports/french199906.html

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