(「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」の体験レポートです。ある種のネタばれになります。これから体験される方であまり事前の情報を知りたくないかたはご注意ください。これから体験される方で少し知っておきたい方、体験するかしないか迷われている方は、ご覧ください。↓から↑までの間の文章がネタばれになります)
【ダイアログ・イン・ザ・ダーク〜暗黒への挑戦】
挑戦。
昨年(2006年)、一度そのうわさを聞き、体験しようと思ったものの、満員で参加できなかったワークショップ・イヴェント「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」についに参加した。1989年からドイツで始まり、日本では1999年から不定期に開催、年々人気を集めている他に類を見ないイヴェントだ。
昨年の話を聞いたときのブログ↓
August 13, 2006
What Is Like World Of Darkness
http://blog.soulsearchin.com/archives/001203.html
タイトルを直訳すると「暗闇での会話・対話」「暗黒での会話・対話」。ある場所を光をすべて遮断し真っ暗闇にし、そこに何人かのグループで入り、本当の真っ暗闇(ダブルで強調)を体験、冒険しようというイヴェントだ。その舞台は、今回は廃校となった赤坂の小学校。ここを、視覚障害者のアテンド(暗闇案内人)に引率され冒険の旅にでる。小学校の中には、いくつかのシーンが用意され、そのシーンごとにさまざまな体験をする。一体人間は真っ暗闇の中で何を知り、何を感じ、何を思うのか。
始まる前にいくつかの注意事項がある。かかとの高い靴、歩きにくい靴は避ける。携帯電話、光るものなどはすべてロッカーに。めがねは必要ないので事前に預ける、しゃがむときは、「だれそれ、しゃがみます」「だれそれ、立ちます」などとはっきり宣言してください、などなどだ。準備室で暗闇に慣れてから、本当の暗闇に「行ってきま〜す」と宣言して出発だ。
暗闇に入り、当たり前だが、まず感じることは、どこに何があるかわからない、どこに誰がいるかわからない、ということ。また壁が、天井がどこにあるか皆目見当がつかない。しかし、徐々に人の気配、声などでどこら辺に人がいるかがわかってくる。床を触る、壁に触れる。人の声の反響を聴く。そうすることによって、その部屋の広さ、奥行き、人との距離感などが少しずつわかるようになってくる。
↓↓↓(以下、ここから下記↑↑↑までの文章はネタばれになります)
最初に案内された部屋は、なんと体育館だった。そこにはマットがあり、鈴のついたボールがあり、跳び箱台などがあった。鈴のついたボールを床で転がすとちゃんと相手に届き、相手もそれを受け取る。人間の声がする方向に転がし、受け取る側はその物体が出す音でキャッチするのだ。
今回の暗闇案内人は、自称「隊長」さん。その隊長の声のする方向についていく。途中で杖(つえ)を渡され、それで前方をすりすりしたり、左右をまさぐりながら進む。階段があったり、狭い通路があったり、螺旋階段だったり。それにしても杖がこんなに便利なものとは生まれて初めて知った。段差も杖があれば、認識でき、前へ進める。木の床がいつしか土になっていて、枯葉が落ちている。耳をすますと鳥のさえずりや、川のせせらぎのようなものも聴こえる。腰を落として手を伸ばすとひんやりとした水が手に触れてくる。
キャベツが置いてある。かぼちゃが置いてある。大根があるようだ。それらはすべて触った感触でわかる。僕たちは見たこと、そして触れた経験で、そのイメージを暗黒の中の頭の中で想像しているのだ。
また別の部屋に入ってきた。暗闇の中でいろいろ触っていると音が出るものがあった。エレクトーンだ。鍵盤を叩くと、すぐに「ドレミファソラシド」の音がわかった。「ジングル・ベル」を弾いてみたら、弾けた。誰かにウクレレを手渡された。うまく弾けない。音がでるものが、暗闇の中では実に楽しい。もっとこの音楽室にいたいと感じた。
冒険がかなり進み、用務員室にやってきた。靴を脱いで畳の上のちゃぶ台を囲む。隊長さんがそれぞれの飲み物の注文をとる。僕は暖かいコーヒーを頼む。隊長さんはインスタント・コーヒーのカップに、ポットからお湯をいれる。人づてにそのコーヒーカップが手渡される。コーヒーの香りが実にいい。リンゴジュースを飲む人もいる。缶入りのもので、プルトップを引き上げてジュースを飲んでいるようだ。こうした行動はすべて真っ暗闇の中で行われていることなのだ。
↑↑↑(ネタばれここまで)
約1時間の暗闇の挑戦を経て、ほんの少しだけ光がある部屋で目を慣らす。その時間、参加者8人とアテンドの隊長さんとその一時間を振り返って自由に感想を述べ合う。
僕は時間の感覚がなくなった。それから広いか狭いかはなんとなく音の反響で少しわかるようになったが、限界はある。僕は暗闇自体が怖いとは思わなかった。それはおそらく8人で「わいわいがやがや」進んでいるからかもしれない。音が常にしているので、なにかしら孤独ではないと感じられたためかもしれない。
隊長さんによると、このアテンドの仕事は視覚障害者でなければならない、という。そうした中の希望者をある程度訓練をして、合格した人がアテンドになるそうだ。彼は、僕たちが使ったような杖は使わない。だいたいこの会場の中は把握しているそうだ。
本当に音だけで「見えてくる」ものがあった。だが、それは我々が「見たもの」の膨大な記憶があるからだ。中には静かに「自分の中の記憶と静かに対話したい」という人もいるそうだ。言ってみれば、「暗闇の中での対話・会話」ではなく、「過去の記憶との対話・会話」だ。では最初から見えていない、あるいは見たものの記憶がない人にはどのように映るのだろうか。
入ってから会場を出るまでの一時間半を超える暗黒への挑戦は、実にスリリングで好奇心を大いにそそられた。その間、目以外の五感をフルに使ったのだろう。耳、鼻、手、足、皮膚…。しかし、今、僕は目を使ってこうして文章を書いているが、目から入ってくる情報量というのはほんとうに膨大だということを改めて感じてしまう。またぜひ挑戦してみたい。実は次回挑戦するときには、自分なりにテーマを考えた。この体験会場(もちろん真っ暗)の、地図というか、図面を体験後に描いてみたいというものだ。え、何? 簡単? 画用紙を真っ黒に塗ればいいって? いやいやいや・・・。そうじゃなくて・・・。(笑)
■ ダイアログ・イン・ザ・ダーク公式ウェッブ
(今回の分はすでに予約で終わっており、当日のキャンセル待ちのみ。また将来的に常設展を計画しています。またほかに「まっくら音楽会」などの企画もあります)
http://www.dialoginthedark.com/
ENT>EVENT>Dialog In The Dark
【ダイアログ・イン・ザ・ダーク〜暗黒への挑戦】
挑戦。
昨年(2006年)、一度そのうわさを聞き、体験しようと思ったものの、満員で参加できなかったワークショップ・イヴェント「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」についに参加した。1989年からドイツで始まり、日本では1999年から不定期に開催、年々人気を集めている他に類を見ないイヴェントだ。
昨年の話を聞いたときのブログ↓
August 13, 2006
What Is Like World Of Darkness
http://blog.soulsearchin.com/archives/001203.html
タイトルを直訳すると「暗闇での会話・対話」「暗黒での会話・対話」。ある場所を光をすべて遮断し真っ暗闇にし、そこに何人かのグループで入り、本当の真っ暗闇(ダブルで強調)を体験、冒険しようというイヴェントだ。その舞台は、今回は廃校となった赤坂の小学校。ここを、視覚障害者のアテンド(暗闇案内人)に引率され冒険の旅にでる。小学校の中には、いくつかのシーンが用意され、そのシーンごとにさまざまな体験をする。一体人間は真っ暗闇の中で何を知り、何を感じ、何を思うのか。
始まる前にいくつかの注意事項がある。かかとの高い靴、歩きにくい靴は避ける。携帯電話、光るものなどはすべてロッカーに。めがねは必要ないので事前に預ける、しゃがむときは、「だれそれ、しゃがみます」「だれそれ、立ちます」などとはっきり宣言してください、などなどだ。準備室で暗闇に慣れてから、本当の暗闇に「行ってきま〜す」と宣言して出発だ。
暗闇に入り、当たり前だが、まず感じることは、どこに何があるかわからない、どこに誰がいるかわからない、ということ。また壁が、天井がどこにあるか皆目見当がつかない。しかし、徐々に人の気配、声などでどこら辺に人がいるかがわかってくる。床を触る、壁に触れる。人の声の反響を聴く。そうすることによって、その部屋の広さ、奥行き、人との距離感などが少しずつわかるようになってくる。
↓↓↓(以下、ここから下記↑↑↑までの文章はネタばれになります)
最初に案内された部屋は、なんと体育館だった。そこにはマットがあり、鈴のついたボールがあり、跳び箱台などがあった。鈴のついたボールを床で転がすとちゃんと相手に届き、相手もそれを受け取る。人間の声がする方向に転がし、受け取る側はその物体が出す音でキャッチするのだ。
今回の暗闇案内人は、自称「隊長」さん。その隊長の声のする方向についていく。途中で杖(つえ)を渡され、それで前方をすりすりしたり、左右をまさぐりながら進む。階段があったり、狭い通路があったり、螺旋階段だったり。それにしても杖がこんなに便利なものとは生まれて初めて知った。段差も杖があれば、認識でき、前へ進める。木の床がいつしか土になっていて、枯葉が落ちている。耳をすますと鳥のさえずりや、川のせせらぎのようなものも聴こえる。腰を落として手を伸ばすとひんやりとした水が手に触れてくる。
キャベツが置いてある。かぼちゃが置いてある。大根があるようだ。それらはすべて触った感触でわかる。僕たちは見たこと、そして触れた経験で、そのイメージを暗黒の中の頭の中で想像しているのだ。
また別の部屋に入ってきた。暗闇の中でいろいろ触っていると音が出るものがあった。エレクトーンだ。鍵盤を叩くと、すぐに「ドレミファソラシド」の音がわかった。「ジングル・ベル」を弾いてみたら、弾けた。誰かにウクレレを手渡された。うまく弾けない。音がでるものが、暗闇の中では実に楽しい。もっとこの音楽室にいたいと感じた。
冒険がかなり進み、用務員室にやってきた。靴を脱いで畳の上のちゃぶ台を囲む。隊長さんがそれぞれの飲み物の注文をとる。僕は暖かいコーヒーを頼む。隊長さんはインスタント・コーヒーのカップに、ポットからお湯をいれる。人づてにそのコーヒーカップが手渡される。コーヒーの香りが実にいい。リンゴジュースを飲む人もいる。缶入りのもので、プルトップを引き上げてジュースを飲んでいるようだ。こうした行動はすべて真っ暗闇の中で行われていることなのだ。
↑↑↑(ネタばれここまで)
約1時間の暗闇の挑戦を経て、ほんの少しだけ光がある部屋で目を慣らす。その時間、参加者8人とアテンドの隊長さんとその一時間を振り返って自由に感想を述べ合う。
僕は時間の感覚がなくなった。それから広いか狭いかはなんとなく音の反響で少しわかるようになったが、限界はある。僕は暗闇自体が怖いとは思わなかった。それはおそらく8人で「わいわいがやがや」進んでいるからかもしれない。音が常にしているので、なにかしら孤独ではないと感じられたためかもしれない。
隊長さんによると、このアテンドの仕事は視覚障害者でなければならない、という。そうした中の希望者をある程度訓練をして、合格した人がアテンドになるそうだ。彼は、僕たちが使ったような杖は使わない。だいたいこの会場の中は把握しているそうだ。
本当に音だけで「見えてくる」ものがあった。だが、それは我々が「見たもの」の膨大な記憶があるからだ。中には静かに「自分の中の記憶と静かに対話したい」という人もいるそうだ。言ってみれば、「暗闇の中での対話・会話」ではなく、「過去の記憶との対話・会話」だ。では最初から見えていない、あるいは見たものの記憶がない人にはどのように映るのだろうか。
入ってから会場を出るまでの一時間半を超える暗黒への挑戦は、実にスリリングで好奇心を大いにそそられた。その間、目以外の五感をフルに使ったのだろう。耳、鼻、手、足、皮膚…。しかし、今、僕は目を使ってこうして文章を書いているが、目から入ってくる情報量というのはほんとうに膨大だということを改めて感じてしまう。またぜひ挑戦してみたい。実は次回挑戦するときには、自分なりにテーマを考えた。この体験会場(もちろん真っ暗)の、地図というか、図面を体験後に描いてみたいというものだ。え、何? 簡単? 画用紙を真っ黒に塗ればいいって? いやいやいや・・・。そうじゃなくて・・・。(笑)
■ ダイアログ・イン・ザ・ダーク公式ウェッブ
(今回の分はすでに予約で終わっており、当日のキャンセル待ちのみ。また将来的に常設展を計画しています。またほかに「まっくら音楽会」などの企画もあります)
http://www.dialoginthedark.com/
ENT>EVENT>Dialog In The Dark
コメント