◎東京ジャズ(パート3)~人生のサウンドトラックになるバカラック・メロディー

【Soundtrack For Life】

遭遇。

東京ジャズ。金曜日の夕方、僕はルーファス&スガシカオのリハーサルを見たあと、ミスター・バカラックに遭遇したことを書いた。昨日のブログでは、その後ルーファス、スガシカオ・ストーリーを追っていったが、時間軸ではバカラック遭遇後、いつのまにかバカラックのリハーサルがホールA、つまり本番の会場で始まっていたのだ。

その続きを書こう。

金曜夕方。

何かホールの方で音がするので、舞台袖に行くとバカラックのリハーサルが始まっていた。バカラックはピアノに座り、軽くミュージシャンに指示をしているが、ちょっとしたことのようで、なにかほぼ大体できていることを「確認」しているような風情だった。

ちょうどヒット曲メドレーの部分だったが、そうして見ていると僕の真後ろでひそひそ話をするブラザーがきていた。振り返るとテイク6のデイヴィッド・トーマスとクリスチャン・デントリーだ。小さな声で「ワオッ、素晴らしいな・・・」を連発している。そして、デイヴィッドのほうから「ハーイ、デイヴィッドだ、テイク6の」と握手を求めてきた。以前にも会ってインタヴューしたことなどを伝えると、ああそうだったか、だから君の顔見覚えあるのかと返事が。

ひそひそ声で「ミスター・バカラックには会ったことは?」と聞くと、「いや、ない。だから見に来たんだ」 「バカラックの曲、テイク6で歌ったことは?」 二人で顔をあわせ、しばし考えながら、「ないなあ。こんどやろうか」。

ヴァイオリンが一人しかいなかったが、オーケストラのような音がしていた。デイヴィッドが「あれは(パッチをあてて)キーボードと一緒にプレイして音が(複数)出てるようにしてるんだよ」と教えてくれた。

リハーサルでは、本番でプレイされるヒット曲メドレーもそのまま。次々と短く繰り出される名曲の数々にノックダウンさせられた。

リハーサルがリハーサルではなかった。もう本番さながらだった。こんなリハーサルを見せられたら、一体本番はどうなってしまうのだろう、と背筋がぞくぞくした。

土曜午後。

そして本番。ミスター・バカラックは土曜(9月8日)昼の回、3番目に登場した。2008年2月、同じ国際フォーラムのここホールAで行なわれたフルショーは2時間近くのものだった。

リハではジャージにTシャツだったが、本番はきっちりとジャケット、しかし中はTシャツ、下はジーンズにスニーカーだ。

テーマ(「ワット・ザ・ワールド・ニーズ・ナウ・イズ・ラヴ」)が少し流れ、「先週亡くなったパートナーのミスター・ハル・デイヴィッドにこのメドレーを捧げます」と言って、最初のヒット・メドレーを始めた。流れるようなテンポで次々とヒット曲をメドレーにするのは、前回来日時もやっていたが、もう圧巻。これはヒット曲をたくさん持っている人だけができる特別の秘密兵器、特権だ。おそらくある程度年齢のいったヒット曲ファンだったら、「ああ、あれも、これも、これもバカラックかあ」と驚嘆するだろう。それぞれの曲に思い出があれば、そうしたものがメロディーとともにフラッシュバックしてくる。最近のリミックス・テープは曲が1分くらいずつ次々と変わっていくが、まるであんな感じで時の試練を生き抜いた数々の名曲が惜しげもなく披露される。

音量はそれほど大きくない。そして次々と奏でられるバカラックの作品はどれも曲が良すぎる。品と趣がある。

ある人は「小さな願い」に思い出があるかもしれない。ある人は「雨にぬれても」で映画を思い出すかもしれない。ひょっとすると「ニューヨーク・シティー・セレナーデ」で青春がプレイバックする人もいるだろう。

バート・バカラックの音楽は、間違いなくそれぞれの聴き手にとって人生のサウンドトラックになっている。聴き手の人生に寄り添う楽曲を数多く生み出すことができる作曲家とはなんと素晴らしいこと。

前日の観客なしのホールでのリハーサルは音が若干響いていた。しかし、この日は音もしっかりしまっていた。

ヴェテラン・シンガー、ジョシー・ジェームスが歌う「エニワン・フー・ハド・ア・ハート」は、ディオンヌ、ルーサーのものが思い浮かんでくるが、ジョシーも実に情感を込める素晴らしいヴァージョンになっていた。もうひとりのシンガー、ドナ・テイラーも「ウェイティング・フォー・チャーリー」をフルで歌ったり、メドレーをもうひとりの男性シンガー、パガーニとわけたり、3人ともしっかりフィーチャーされ、いずれもしっかりとした歌唱を聴かせる。

ハイライト。

そして、一番感慨深かったのが、バカラック本人が「アルフィー」を歌ったところだ。弾き語りで始まり、音も小さく、漆黒になった会場のスポットが一本だけ中央のピアノの前にいるバカラックだけにあたる。音程もおぼつかない、あまり出ていないような声で「アルフィー」の歌詞をワンワード、ワンワード、なめるように、語りかけるかのようにゆっくり声にしていく。今は亡きハル・デイヴィッドのことを思っているのか、まるで泣き入りそうな声で歌う。ひょっとしてそれにつられて観客には泣いている人もいたかもしれない。

正面から見ると少し右に首をかしげるしぐさが印象的なバカラックの顔のアップが、左右に配置された大きなモニター・スクリーンに時折映る。なかなか味わい深く素敵だ。

デイヴィッド=バカラック作品は通常、バカラックが先に曲(メロディー)を作り、そこにデイヴィッドが詞をあてはめていくことが多いそうだが、「アルフィー」は珍しくハル・デイヴィッドが先に詞を書いてバカラックが曲を後からつけた。バカラック本人も自作曲中もっとも好きな作品だという。それもあってか、彼はこれを自らのステージで自ら歌うのだ。

「アルフィー」の後半、バンドが入り始め、コーラスが入り、後半の歌詞をジョン・パガーロ、ジョシー・ジェームス、ドナ・テイラーが歌って曲がどんどんビルドアップしていき最後は盛大に終了。そして、間髪をいれず万雷の拍手が鳴り響く。この夜の中でももっともハイライトとなったシーンだ。

一呼吸置いて「アルフィー」に続いて本編最後の「ア・ハウス・イズ・ノット・ア・ホーム」が歌われ、それが終わるとそれまで座席に座っていた観客が拍手をしながら立ち上がり始めた。この日初めてのスタンディング・オヴェーションだった。その波は時とともに会場全体を覆っていった。おそらく年齢層の高いこの日の観客層にとってぴったりの演目だったのだろう。

これが長く続き、アンコールに戻ってきたバカラックはシンガーのピガーロに指示し、「エニ・デイ・ナウ」が歌われた。

たぶん、この日ここにいた観客は、伝説の人をじっくり見たという感慨に浸ったにちがいない。

リハーサルでもほぼ出来上がっていた完成品だったが、そこにはひとつだけ欠けていたものがあった。それが観客の拍手、観客の視線だ。そう、本番ではこの二つがまざりあって、時と空間は完璧なものに仕上がっていた。どんなに完璧な演奏、歌、パフォーマンスも観客がいなければ、そこにマジックは生まれない。

バカラックの70分余のこの日のコンサートは、この会場に足を運んだ5000人の人にとって、新たな人生のサウンドトラックになったことだろう。

親日家。

家に戻り2008年2月のセットリストと見比べてみた。そうしたら、ほとんどメドレー部分など同じだった。つまり、バカラックやメンバーたちは少なくとも4年以上、これら同じことを日々やっているわけだ。だから、リハーサルもリハーサルではなく、本番と同じに仕上がっているわけだ。

ヴィオリンのエライザは前回は来日していなかったそうだ。オーケストラが付くときには、来ないという。一人でオーケストラ役を担うときにバカラックに帯同する。前回はフルオーケストラがついていた。

女性ヴォーカルのジョシー・ジェームスは、なんとLAの音楽シーンでは超有名なシンガーで、ジョージ・デューク・バンドの一員としてシーラEバンドらと参加。さらに、スティーヴィーからアル・ジャロウなど多数のレコードでセッション・シンガーとして活躍。スティーヴィーの傑作『キー・オブ・ライフ』での「アナザー・スター」に彼女の声が入っており、この曲に日本の久保田利伸が大変インスパイアーされ、彼がツアーをするときに彼女に声をかけた。久保田利伸ツアーでは「ラヴィン・ユー・イズ・ソー・イージー」を歌ったそうだ。いずれ自身のコンサートで日本にやってきたいという親日家だ。

バート・バカラックは1928年5月12日生まれ。昭和3年生まれ。辰年。84歳。

バカラックのコンサートはしっかりと余韻を残しながら終了した。

そして、僕はその後、ルーファスたちのリハーサルに向かった。

(その模様は、昨日のブログをごらんください)

(東京ジャズの項続く)

東京ジャズ、他のライヴ評、セットリストなどは明日以降、近日中にまとめます。

■「アルフィー」のバート・バカラック・ピアノ弾き語りヴァージョン

フォーラムでも最初はこんな感じでした。後半バンドが入り、シンガーたちが歌った。これは、珍しく作詞家ハル・デイヴィッドが裂きに詞を書いて、それにバカラックが曲をつけたそう。

http://youtu.be/dus37M9-k9o



■東京ジャズ・10月にテレビ放映予定

東京ジャズ、テレビ放送はNHK BSプレミアムで、次の日時。

2012年10月16日(火)23:45 ~25:14
10月23日(水)23:45 ~25:14
10月30日(木)23:45 ~25:14 。

どの日にどのアーティストが放映されるかなど詳細は後日発表。放映時間は各日89分なので3日間でも270分弱。ステージは最低でも50分x12本、約600分以上におよぶので半分程度に編集されるものと思われる。

■関連記事

バート・バカラック・コンサート
2008年02月17日(日)
http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10073259727.html
前回ライヴ評。

作詞家ハル・デイヴィッド死去~アメリカポピュラー音楽史に金字塔残す
2012年09月04日(火)
http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-11345304796.html

■バカラック生誕80年記念アルバム

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00118YNGW/soulsearchiho-22/ref=nosim/

ライヴ・イン・ジャパン(1971年のライヴ盤)

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B008861U02/soulsearchiho-22/ref=nosim/"

■メンバー

Burt Bacharach (Conductor, Piano, Vocal)
Eliza James (Violin)
David Coy (Bass)
Tom Ehelen (Trumpet, Flugel Horn)
David Joyce (Keyboards)
Dennis Wilson (Woodwinds)
Bill Cantos (Keyboards)
John Ferraro (Drums)
Josie James (Vocal)
John Pagano (Vocal)
Donna Taylor (Vocal)

■セットリスト
Setlist : Burt Bachrach @ Kokusai Forum, Forum A, Spetember 8, 2012

Show started 15:21
01. What The World Needs Is Love世界は愛を求めている (ジャッキー・デシャノン1965)

メドレー1 (1963年~1968年ごろの楽曲メドレー)(2~11)

02. Don’t Make Me Over ドント・メイク・ミー・オーヴァー (ディオンヌ・ワーウィック 1964)
03. Walk On Byウォーク・オン・バイ (ディオンヌ・ワーウィック 1964)
04. This Guy’s In Love With You ディス・ガイ(ハーブ・アルパート 1968)
05. I Say A Little Prayer小さな願い (ディオンヌ・ワーウィック 1967)
06. Trains & Boats & Planes 汽車と船と飛行機(ディオンヌ・ワーウィック 1967)
07. (There’s) Always Something There To Remind Me恋のウエイト・リフティング(サンディ・ショウ 1965)
08. One Less Bell To Answer悲しみは鐘の音とともに (フィフス・ディメンション 1970)
09. I’ll Never Fall In Love Again 恋よ、さようなら(ディオンヌ・ワーウィック 1969)
10. Only Love Can Break A Heart 恋の痛手(ジーン・ピットニー 1962)
11.Do You Know The Way To San Joseサン・ホセの道 (ディオンヌ・ワーウィック 1968)

12.Anyone Who Had A Heart 恋するハート(ディオンヌ・ワーウィック 1968)
13.I Just Don’t Know What to Do with Myself (トミー・ハント、ダスティー・スプリングフィールド 1964)
14.Waiting For Charlie (To Come Home) (エッタ・ジェームス)
15.My Little Red Book (マンフレッド・マン 1965)
16. (They Long To Be) Close To You 遥かなる影(カーペンターズ 1970)

メドレー2 映画音楽メドレー (17-27)

17.The Look Of Love 恋の面影(ダスティー・スプリングフィールド 1967 映画『007 カジノ・ロワイヤル』)
18.Arthur’s Theme ニューヨーク・シティ・セレネーデ(クリストファー・クロス 1981 映画『ミスター・アーサー』)
19.What’s New Pussy Cat 何かいいことないか子猫ちゃん(トム・ジョーンズ 1965 映画『何かいいことないか子猫ちゃん』)
20.The World Is A Circle 地球は丸い(1973 映画『失われた地平線』)
21.April Fools エイプリル・フール(ディオンヌ・ワーウィック 1969 映画『幸せはパリで』)
22.Raindrops Keep Fallin’ On My Head 雨にぬれても(BJトーマス 1969 映画『明日に向かって撃て』)
23.The Man Who Shot Liberty Valance リバティ・バランスを討った男(ジーン・ピットニー 1962 映画『リバティ・バランスを討った男』)
24.Making Love メイキング・ラヴ(ロバータ・フラック 1982 映画『メイキング・ラヴ』)
25.Wives & Lovers 素晴らしき恋人たち(ジャック・ジョーンズ 1961 映画『素晴らしき恋人たち』用、しかし不採用)
26.Alfie アルフィー(シラ・ブラック 1966 映画『アルフィー』、ヴァネッサ・ウィリアムス 1996 TBSテレビドラマ『変奏曲』)
27.A House Is Not A Home ハウス・イズ・ノット・ア・ホーム(ブルック・ベントン 1964 映画『禁じられた家』)
Encore : Any Day Now エニィ・デイ・ナウ(チャック・ジャクソン 1962)
Show ended 16:34

(2012年9月8日土曜、東京国際フォーラム、フォーラムA、東京ジャズ、バート・バカラック・ライヴ)
ENT>MUSIC>LIVE>Bacharach, Burt

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