アカペラ。

アカペラの最高峰、テイク6が、土日のブルーノート公演のほかに、今回すみだトリフォニーホールで、新日本フィル・オーケストラと共演する。そのプログラムに寄稿したものを、ご紹介する。興味をもたれたら、火曜日14日がチャンス。

詳細は、こちら。
http://triphony.mcsdesigns.jp/concert/20120214topics.php


最高峰。

アカペラ・グループの世界最高峰、テイク6が2012年2月に、2010年5月以来1年9ヶ月ぶり通算21度目の来日を果たす。初来日は1989年11月なので、22年以上前のことになる。これだけの長きにわたりアカペラ・グループとして世界中で活躍し、来日もしているので、日本でもすっかりおなじみ、ファンも多い。そのテイク6が、今回は久しぶりにホール・コンサートを行う。しかも、コンサート前半はアカペラで6人だけで歌い、後半は、会場となる墨田トリフォニー・ホールをホームとする新日本フィル・オーケストラとの共演となる。オーケストラに世界一強力な6人のコーラス。果たして一体どのような融合を見せるのだろうか。今から楽しみは尽きない。

最近は一般の方が趣味でコーラスやゴスペル隊で歌を歌う機会も増え、コーラスやアカペラへの注目度はかつてなく高まっている。そんな中、テイク6の歌声は、そうしたコーラス、アカペラを目指す人にとって、アカペラ界の世界最高峰、エヴェレストだ。

 特徴。

アカペラ・グループはこの世にたくさんある。通常のヴォーカル・グループで、レパートリーの中にアカペラ作品を含めているグループもさらに多くいる。アカペラの中には、ジャズ・クラシック系のもの、黒人独特のドゥー・ワップをルーツにしたR&B的なアカペラ、ポップなソフト・コーラス・グループ的なアカペラ、ゴスペル調のものなどだ。

テイク6の最大の特徴は、アカペラ・グループの中でもジャズとゴスペルの要素をたくみに混ぜ合わせていること、それを6人という大所帯のシンガーでハーモニーを作っているというところにある。同じタイプのアカペラ・グループにナチュラリー7というグループがいるが、彼らがよりR&B的、ヒップホップ的な要素を取り入れているのと対照的だ。

テイク6から出てくる音は、基本、すべて彼らの口からでてきたものばかり。たとえば、ライヴではトランペットの音を口で真似て出す。いわゆる「マウス・トランペット」だが、それでもメンバーで違う音を出す。クロード・マクナイトが通常のトランペットの音、ジョーイ・キブルはミュートしたトランペット、デイヴィッド・トーマスのワウワウがかかったトランペットといった具合だ。

メンバーは実に器用でなんでもうまくこなすが、6人の声が重厚なハーモニーを作った瞬間に生まれる恍惚感はなんともいえない。おそらく会場にいらしている方は、その恍惚感をこれまでに体験されているかと思うが、今日、初めてテイク6のライヴを体験される方は、その声が生み出す音の洪水にゆっくりと身を委ねて欲しい。そこから、実に様々なストーリーや情景、映像が浮かびあがってくるはずだ。リスナーの五感を最大限に刺激し、イマジネーションの世界をリスナーの脳内に作り出す。それが出来るのがテイク6であり、彼らの最大の魅力でもある。

デジタルで出来上がった音には、「余白」や「余韻」がない。人間の声という究極のアナログ・サウンドには、決してデジタルで再現できない、数値に変換できない「暖かみのある音」の要素がたっぷり含まれている。そこから生まれる「余白」は、音そのものを楽しむ上で、大変重要な要素でもある。

 ネイキッド。

メンバーの1人、クロード・マクナイトは、かつて僕がインタヴューしたときにアカペラのことを「ネイキッド・メディア(裸のメディア)」と表現しこう語った。「アカペラで人々の注意を引くにはとてもクリエイティヴにならなければならない。声自体は、実に多くのことができるんだ。これは正に自然の楽器だ。そこ(アカペラ)では、他に頼るもの(=他の楽器のこと)なんて何もない。すべてのコーラスを聴き、自分がどこにフィットするかを知らなければならない。一つでも音が違ったらすべてが狂ってしまうのだ。だからアカペラはネイキッド・メディアなのだ」

一糸まとわぬ美しい肉体が、見事な芸術作品として肉体美を醸し出すように、彼らが生み出すアカペラはネイキッド(裸)の芸術作品である。そして、6人の声、ハーモニーの無限の可能性が会場に広がる。

アカペラのときステージの上には彼ら6人しかいない。その口の動きをじっくりご覧いただこう。だが、どの声がどの口からでているかを識別するのは、各メンバーの顔とポジション、そして何よりその声を熟知していないと、至難の技だ。だが、何度も見てくると、誰がどこを歌っているかが、徐々にわかってくるようになる。仮にわからなくても、6人の重厚で品のあるコーラス・ハーモニーを聴けば、それだけで十分に楽しめるはずだ。しかも、コーラスを目指す人たちにとっては、彼らは最高のお手本となる。

6人でのアカペラは、ときにそのハーモニーがひじょうに難しくなる。しかし、音楽的素養がしっかりあるために、彼らはそれをいとも簡単にやっているように見せる。プロフェッショナルとは、大変難しいことをあたかも簡単に軽くやっているように見せられることだ。テイク6は、まさにコーラス、ハーモニーのプロ中のプロである。

そして、今回はそのプロ中のプロのハーモニーに、やはりプロ中のプロ、新日本フィルのオーケストラと共演する。こんな華麗で豪華で贅沢な一夜があるだろうか。すみだトリフォニーは音響の良さも定評がある。そこでフル・オーケストラとアカペラの世界最高峰が、音と声を重ね合わせる。これは見逃せない。

曲目。

いくつかの曲「オーヴァー・ザ・ヒル・イズ・ホーム」「スイート・リトル・ジーザス」などは、テイク6がよくステージで歌う彼らのレパートリー。通常はアカペラで歌われるが、今回はオーケストラと歌う。「スマイル」は、マイケル・ジャクソンがもっとも好きな曲と言ってレコーディングし話題になったチャーリー・チャップリンのスタンダード作品でもある。

(2012年1月30日、吉岡正晴=The Soul Searcher)

吉岡正晴

音楽評論家。「ソウル・サーチン」をキーワードにソウル・ミュージックの魅力を広める「ソウル・サーチン・ブログ」、ウェッブ、イヴェント、ラジオ番組(毎週日曜午後2時半~関東地区インターFM76.1mhz)などをてがける。著書に『ソウル・サーチン』、翻訳書に『マーヴィン・ゲイ物語』『マイケル・ジャクソン全記録』など。


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