?The Truth Of “Ace Of Spades”
2008年7月21日【「エイス・オブ・スペーズ」の真実〜O.V.ライトとメルヴィン・カーター】
狢(むじな)。
昨日(2008年7月20日日曜)、東京FM系列で全国ネットされている山下達郎さんのオールディーズ専門番組『サンデイ・ソング・ブック』(略して『サンソン』=毎週日曜日午後2時〜)を聴いていると、なんとR&Bシンガー、メルヴィン・カーターの「エイス・オブ・スペーズ」が解説付きでかかった。
達郎さんの解説を聞いていて、その昔、ソウル・ミュージック評論家の大御所、鈴木啓志(すずき・ひろし)さんがその話を書いていたことを思い出した。
このところ、『サンソン』はリクエストを中心に選曲されているが、この曲が選ばれたのもリスナーのリクエストから。これには複雑な経緯がある。
昨年12月、やはりおなじくディープ・ソウル・シンガー、O.V.ライトのボックスセット(5枚組み=Pヴァインから13000円)が発売され、そこにこのメルヴィン・カーター・ヴァージョンの「エイス…」が収録されている。O.V.のボックスが発売されるのは2度目なのだが、どうやらリスナーの方は、前回リリースのボックスはお持ちだが、今回のボックスは持っていないらしい。このメルヴィンのヴァージョンは、前回のボックスに収録されていなかった。そこで、これ1曲のために、13000円を払い買いなおすのはちょっと厳しいので、番組にリクエストを送ってきたのだ。
では、なぜ、O.V.ライトのアルバム集にこのメルヴィン・カーターなるシンガーの「エイス・オブ・スペーズ」が入っているのか。これがおもしろい。その経緯は2000年3月に発売された鈴木啓志著『ソウル・シティー・USA〜無冠のソウル・スター列伝』(リトル・モア社から発売)、さらに今回の詳細なライナーノーツに書かれている。
「エイス・オブ・スペーズ」は、O.V.ライトの有名なヒット曲。1970年にヒットし、ソウル・チャートで11位を記録。これを収録したアルバム『ニックル・アンド・ア・ネイル・アンド・エイス・オブ・スペーズ(A Nickel & a Nail & Ace of Spades)』が翌年アメリカ・バックビート・レコードから発売された。そして、その日本盤がコロンビアからリリースされたが、そこに入っている「エイス・オブ・スペーズ」(LPではA面3曲目)が、なぜかO.V.のヴァージョンではなかったのだ。(ちなみに僕はそのバックビート盤を持っているが、日本盤は持っていなかった) それが、この曲のもともとの作者であるメルヴィン・カーターのヴァージョンだった。全体的なサウンドはよく似ている。日本用にマスター・テープをコピーするときに、なんらかの理由で間違えてしまったのかもしれない。もちろん、どうしてそれが紛れ込んだのか、本当の理由はわからない。
いずれにせよ、そんな経緯があり、今回のO.V.ライトのボックスには、最初日本盤がでたときに間違って収録されたメルヴィン・カーターのヴァージョンが丁寧にも収録された。詳しい経緯は、鈴木氏のライナーノーツに詳しいが、達郎さんはオンエアーで、「このライナーは力はいってます。久々にライナーを読むために(CDを)買ってもいいと思ったくらいの力作です」と絶賛した。
しかし、なんらかの理由でマスターを間違えてしまったレコード会社もレコード会社だが、その似たような作品の違いに気づき、それをちゃんとリサーチして記事にする鈴木さんもすごい。鈴木さんは1979年にO.V.が来日したときにこの件を尋ね、いろいろな事実を掘り起こした。O.V.は翌1980年11月16日41歳の若さで急死しているので、そのときのインタヴューは結果的には真実へのラストチャンスだったことになる。
ま、そんなことを調べる鈴木さんも、鈴木さん、それを知って達郎さんの番組にリクエストする人もする人、それを受けて解説をつけてかける達郎さんも達郎さん、おまけにそのことをブログに書く僕も、僕。みな同じ穴の狢(むじな)、ですかねえ。楽しいっ。(笑) (狢っていう字はむずかしいなあ)
■ボックスセットの内容(ただし売り切れ)
http://diskunion.net/black/ct/detail/54C070930701
ENT>ARTIST>Wright, O.V.
ENT>ARTIST>Carter, Melvin
狢(むじな)。
昨日(2008年7月20日日曜)、東京FM系列で全国ネットされている山下達郎さんのオールディーズ専門番組『サンデイ・ソング・ブック』(略して『サンソン』=毎週日曜日午後2時〜)を聴いていると、なんとR&Bシンガー、メルヴィン・カーターの「エイス・オブ・スペーズ」が解説付きでかかった。
達郎さんの解説を聞いていて、その昔、ソウル・ミュージック評論家の大御所、鈴木啓志(すずき・ひろし)さんがその話を書いていたことを思い出した。
このところ、『サンソン』はリクエストを中心に選曲されているが、この曲が選ばれたのもリスナーのリクエストから。これには複雑な経緯がある。
昨年12月、やはりおなじくディープ・ソウル・シンガー、O.V.ライトのボックスセット(5枚組み=Pヴァインから13000円)が発売され、そこにこのメルヴィン・カーター・ヴァージョンの「エイス…」が収録されている。O.V.のボックスが発売されるのは2度目なのだが、どうやらリスナーの方は、前回リリースのボックスはお持ちだが、今回のボックスは持っていないらしい。このメルヴィンのヴァージョンは、前回のボックスに収録されていなかった。そこで、これ1曲のために、13000円を払い買いなおすのはちょっと厳しいので、番組にリクエストを送ってきたのだ。
では、なぜ、O.V.ライトのアルバム集にこのメルヴィン・カーターなるシンガーの「エイス・オブ・スペーズ」が入っているのか。これがおもしろい。その経緯は2000年3月に発売された鈴木啓志著『ソウル・シティー・USA〜無冠のソウル・スター列伝』(リトル・モア社から発売)、さらに今回の詳細なライナーノーツに書かれている。
「エイス・オブ・スペーズ」は、O.V.ライトの有名なヒット曲。1970年にヒットし、ソウル・チャートで11位を記録。これを収録したアルバム『ニックル・アンド・ア・ネイル・アンド・エイス・オブ・スペーズ(A Nickel & a Nail & Ace of Spades)』が翌年アメリカ・バックビート・レコードから発売された。そして、その日本盤がコロンビアからリリースされたが、そこに入っている「エイス・オブ・スペーズ」(LPではA面3曲目)が、なぜかO.V.のヴァージョンではなかったのだ。(ちなみに僕はそのバックビート盤を持っているが、日本盤は持っていなかった) それが、この曲のもともとの作者であるメルヴィン・カーターのヴァージョンだった。全体的なサウンドはよく似ている。日本用にマスター・テープをコピーするときに、なんらかの理由で間違えてしまったのかもしれない。もちろん、どうしてそれが紛れ込んだのか、本当の理由はわからない。
いずれにせよ、そんな経緯があり、今回のO.V.ライトのボックスには、最初日本盤がでたときに間違って収録されたメルヴィン・カーターのヴァージョンが丁寧にも収録された。詳しい経緯は、鈴木氏のライナーノーツに詳しいが、達郎さんはオンエアーで、「このライナーは力はいってます。久々にライナーを読むために(CDを)買ってもいいと思ったくらいの力作です」と絶賛した。
しかし、なんらかの理由でマスターを間違えてしまったレコード会社もレコード会社だが、その似たような作品の違いに気づき、それをちゃんとリサーチして記事にする鈴木さんもすごい。鈴木さんは1979年にO.V.が来日したときにこの件を尋ね、いろいろな事実を掘り起こした。O.V.は翌1980年11月16日41歳の若さで急死しているので、そのときのインタヴューは結果的には真実へのラストチャンスだったことになる。
ま、そんなことを調べる鈴木さんも、鈴木さん、それを知って達郎さんの番組にリクエストする人もする人、それを受けて解説をつけてかける達郎さんも達郎さん、おまけにそのことをブログに書く僕も、僕。みな同じ穴の狢(むじな)、ですかねえ。楽しいっ。(笑) (狢っていう字はむずかしいなあ)
■ボックスセットの内容(ただし売り切れ)
http://diskunion.net/black/ct/detail/54C070930701
ENT>ARTIST>Wright, O.V.
ENT>ARTIST>Carter, Melvin
【クインシー・ジョーンズ75歳誕生日セレブレーション】
セレブレーション。
去る7月14日、スイス・レマン湖ほとりのストラヴィンスキー・オーディトリウムで行われたクインシー・ジョーンズ75歳アニヴァーサリー・セレブレーション。
帰国した松尾特派員に直接会って、いろいろおみやげ話とおみやげまでいただいたので、それらを含めてご紹介したい。また、当BBSに、Kさんという方から詳細なセットリストが投稿されたのでそれも改めてご紹介する。
モントルー・ジャズ・フェスが行われるこのエリアには、いくつかライヴが行われる会場があるが、ストラヴィンスキー・オーディトリウムは、その中でも最大のもの。収容人数は3000人弱くらいか。日本で言えば、オーチャード、あるいは中野サンプラザくらいの大きさ。雰囲気としては、基本的にはクラシック系のコンサートが多いようで、ステージを囲む感じはサントリー・ホールを思わせるところもある。
松尾特派員は、そのストラヴィンスキーの目の前のホテルに滞在したため、会場まで道を渡って30秒で着くという。会場の雰囲気は、華やかでセレブな感じだという。リズム・セクションはクインシーのレコーディングなどですっかりおなじみのメンバー。ドラムスに元ルーファスのジョン・ロビンソンが入っている。ルーファスの『マスター・ジャム』以降、クインシー・セッションには欠かせなくなった人物だ。
前日のゲネプロでは、例えば、パティー・オースティンが「ハウ・ドゥ・ユー・キープ・ザ・ミュージック・プレイン」を、オリジナルのレコード、ジェームス・イングラムとパティーとのデュエット風に、ジェームスの部分もひとりで真似をして歌ったりしていた、という。ジェームスの部分のところは、けっこう遊んでいるように歌ったが、本番ではきれいなパティー節でまとめた。
おおまかに言って、3部構成で第一部がこのモントルー・ジャズ・フェスのハウス・バンドともいえるビッグバンドの演奏。そして、第二部と第三部がクインシーとその関連友人が次から次へとステージに登場し、歌ったり演奏したりする。
下記セットリスト、23(If I Ever Lose This Heaven)、37(What’s Going On)、63(Stuff Like That)で歌っているシンガーは、おそらくレデシーではないだろうか。
セットリスト32(煙が目にしみる)でナナ・ムスクーリが登場したが、松尾さんによると、元々ギリシャ生まれのシンガー、ナナにアメリカに来るように勧めたのがクインシーで、クインシーがいたからこそ、アメリカ、イギリスでの「英語楽曲」での成功があったという。ナナは、1934年生まれで、クインシーよりひとつ年下。1962年におそらくクインシーがヨーロッパに拠点をおいていたときに知り合った。クインシーはナナにニューヨークに来るように勧め、ニューヨークでジャズ・スタンダード曲を英語で歌った作品をプロデュース、これが”The Girl From Greece Sings”というアルバムとしてアメリカでリリースされた。
クインシーのアルバム『ボディー・ヒート』(1974年)では、作者自身であるバーナード・アイグナーが歌った「エヴリシング・マスト・チェンジ」(セットリスト57)だが、今回はアリスタから1990年代に2枚のアルバムを出しているカーティス・スタイガースが歌った。カーティスは調べてみると、ここ10年くらいはすかり「ジャズ歌手」として活動をしている。これは知らなかった。アリスタでの2枚のブルーアイド・ソウル・アルバム以降、6枚ものジャズ・スタンダード・アルバムを出していた。彼自身のウェッブに行くと、音源が聴ける。
http://www.curtisstigers.com/
ぺトゥラ・クラークはアメリカでは「ダウンタウン」の大ヒットで知られるもともとはイギリスのシンガー。彼女がアメリカ・ツアーをするときに、フランスのミッシェル・コロンビエを音楽ディクレターに抜擢し、そのミッシェルをA&Mレコードに紹介した。1960年代中ごろのこと。ひょっとしたらA&Mつながりで、クインシーとの接点があったのかもしれない。もちろん、ペトゥラは大ヒットを持つシンガーなので、クインシーとどこで接点があったとしても不思議はないが。だがちょっと意外な組み合わせだったので興味を持った。
メンバー表は、松尾さんからいただいた。また小さな「モントルー・ジャズ・フェス」の公式パンフレットも。感謝。
■ 過去関連記事 クインシー・リポート
July 17, 2008
Quincy Jones Tribute Live Lasted 5 Hours
http://blog.soulsearchin.com/archives/002609.html
■ 世界一早かった松尾特派員のクインシー・ゲネ・プロ・リポート
July 15, 2008
Montreux Jazz Festival: Celebrates Quincy Jones
http://blog.soulsearchin.com/archives/002607.html
■ モントルー・ジャズ・フェスを伝えるニュース映像
http://www.euronews.net/en/article/18/07/2008/montreux-musicians-toast-quincy-jones/
さらに長い映像。
http://www.montreuxjazz.com/videos/vplayer_fr.aspx?id=175&f=mjf_37.flv
■ メンバー表(松尾潔氏提供)
+Pepe Lienhard & The Swiss Army Big Band
Pete Lienhard (Leader)
Adrian Pflugsthaupt (Alto Sax)
Rafael Baier (Tenor Sax)
Alex Hendriksen (Tenor Sax)
Marc Schodler (Baritone Sax)
Michael Flury (Trombone)
Roman Heiniger (Trombone)
Wolf Schenk (Trombone)
Gilbert Tinner (Trombone)
Walter Tschopp (Trombone)
Marc Gebhard (French Horn)
Jorg Brohm (Trumpet)
Adrian Eugster (Trumpet)
Marc Jaussi (Trumpet)
Johannes Walter (Trumpet)
Frank Wellert (Trumpet)
Philip Henzi (Piano)
Andre Pousaz (Double Bass)
Tobias Friedli (Drums)
Oliver Keller (Guitar)
+The Montreux In The House Band
Greg Phillinganes (Keyboards, Musical Director)
Paul Jackson Jr. (Guitar)
Nathan East (Bass)
David Delhomme (Keyboards)
John Robinson (Drums)
Paulinho Da Costa (Percussion)
+Special Guests
names not on the setlist
Ledisi
Tobias Preisig
Lee Ritenour
■セットリスト (Kさんの投稿による)
Quincy Jones 投稿者:K 投稿日:2008/07/17(Thu) 14:56 No.1393
Quincy Jones 75th Anniversary Celebration
Montreux Jazz Festival
Auditorium Stravinski, Montreux, Switzerland
14 july 2008
4h 16mn 02s
FM
Swiss Army Big Band
Direction: Pepe Lienhard
+
Montreux In the House Band (sets 2 & 3)
Greg Phillinganes (keyboards)
Paul Jackson Jr (guitar)
Nathan East (bass guitar)
John Robinson (drums)
Paulinho da Costa (percussion)
Guests (in order of appearance)
Herbie Hancock (keyboards) 9, 59, 63
Patti Austin (vocals) 9, 13, 35, 47, 63
Rahsaan Patterson (vocals) 11, 37, 63
James Moody (tenor sax, vocals) 15, 41, 63
Joe Sample (keyboards) 17, 18, 63
Freda Payne (vocals) 17, 18, 63
Mick Hucknall (vocals) 20, 21, 63
? (vocals) 23, 37, 63 (Ledisi)??
Al Jarreau (vocals) 25, 48, 63
Petula Clark (vocals) 27, 28, 63
Paolo Nutini (vocals) 28, 45, 63
Franco Ambrosetti (trumpet) 30, 63
Nana Mouskouri (vocals) 32,33, 63
James Morrison (trumpet) 33, 41, 43, 63
Chaka Khan (vocals) 35, 43, 63
Patrice Rushen (vocals, keyboards) 37, 41, 63
Toots Thielemans (harmonica) 37, 38, 63
Billy Cobham (drums) 41, 63
Nils Landgren (trombone) 41, 63
Larry Williams (keyboards, reeds) 43, 63
Naturally 7 (vocals) 51, 63
Angelique Kidjo (vocals) 53, 54, 55, 63
Curtis Stigers (vocals) 57, 63
??Tobias Preisig??
??Ledisi??
??Lee Ritenour??
Set 1:
1. Intro 1:29
2. After You’ve Gone 2:51 (cut out)
3. Quintessence 4:58
4. ? 4:27
5. Iron Man 3:30
6. Soul Bossa Nova 4:42
7. ? 3:55
Set 2:
8. Intro 0:17
9. The Good, The Bad And The Ugly 9:06
10. Intro 1:44
11. Let The Good Time Roll 3:55
12. Intro 0:45
13. Making Whoopi 3:39
14. Intro 1:05
15. Moody’s Mood For Love 6:21
16. Intro 1:16
17. Honeysuckle Rose 3:26
18. Shiny Stockings 3:30
19. Intro 1:43
20. I’m Gonna Move To The Outskirts of Town 3:20
21. In the Heat Of The Night 2:45
22. Intro 1:29
23. If I Ever Lose This Heaven 5:07
24. Intro 1:01
25. Midnight Sun 7:21
26. Intro 1:01
27. ? 3:36
28. Going To Chicago 2:45
29. Intro 1:17
30. Porgy And Bess 7:15
31. Intro 2:03
32. Smoke Gets In Your Eyes 4:26
33. ? 3:00
34. Intro 1:12
35. Miss Celie’s Blues 2:42
36. Intro 1:17
37. What’s Going On 11:51
38. Bluesette 2:46
39. Outro 0:53
Set 3:
40. Intro 1:03
41. Manteca 9:47
42. Intro 1:37
43. ? 8:28
44. Intro 1:01
45. Strawberry Letter 23 5:03
46. Intro 1:43
47. How Do You Keep The Music Playing? 5:57
48. Intro 1:28
49. The Dude 5:39
50. Intro 1:21
51. Sound Of Wall 8:32
52. Intro 2:53
53. Happy Birthday 0:49
54. Mama Aifambeni 1:31
55. State Of Independence 4:51
56. Intro 0:51
57. Everything Must Change 6:00
58. Intro 1:03
59. Killer Joe 4:54
60. Intro 0:43
61. Ai No Corrida 4:54
62. Intro 1:20
63. Stuff Like That 7:11
64. Intro 1:12
65. Quincy Speaks 36:24
show ended
(2008年7月14日月曜、ストラヴィンスキー・オーディトリウム=スイス・モントルー=クインシー・ジョーンズ75歳アニヴァーサリー・セレブレーション・ライヴ)
ENT>MUSIC>LIVE>Jones, Quincy
セレブレーション。
去る7月14日、スイス・レマン湖ほとりのストラヴィンスキー・オーディトリウムで行われたクインシー・ジョーンズ75歳アニヴァーサリー・セレブレーション。
帰国した松尾特派員に直接会って、いろいろおみやげ話とおみやげまでいただいたので、それらを含めてご紹介したい。また、当BBSに、Kさんという方から詳細なセットリストが投稿されたのでそれも改めてご紹介する。
モントルー・ジャズ・フェスが行われるこのエリアには、いくつかライヴが行われる会場があるが、ストラヴィンスキー・オーディトリウムは、その中でも最大のもの。収容人数は3000人弱くらいか。日本で言えば、オーチャード、あるいは中野サンプラザくらいの大きさ。雰囲気としては、基本的にはクラシック系のコンサートが多いようで、ステージを囲む感じはサントリー・ホールを思わせるところもある。
松尾特派員は、そのストラヴィンスキーの目の前のホテルに滞在したため、会場まで道を渡って30秒で着くという。会場の雰囲気は、華やかでセレブな感じだという。リズム・セクションはクインシーのレコーディングなどですっかりおなじみのメンバー。ドラムスに元ルーファスのジョン・ロビンソンが入っている。ルーファスの『マスター・ジャム』以降、クインシー・セッションには欠かせなくなった人物だ。
前日のゲネプロでは、例えば、パティー・オースティンが「ハウ・ドゥ・ユー・キープ・ザ・ミュージック・プレイン」を、オリジナルのレコード、ジェームス・イングラムとパティーとのデュエット風に、ジェームスの部分もひとりで真似をして歌ったりしていた、という。ジェームスの部分のところは、けっこう遊んでいるように歌ったが、本番ではきれいなパティー節でまとめた。
おおまかに言って、3部構成で第一部がこのモントルー・ジャズ・フェスのハウス・バンドともいえるビッグバンドの演奏。そして、第二部と第三部がクインシーとその関連友人が次から次へとステージに登場し、歌ったり演奏したりする。
下記セットリスト、23(If I Ever Lose This Heaven)、37(What’s Going On)、63(Stuff Like That)で歌っているシンガーは、おそらくレデシーではないだろうか。
セットリスト32(煙が目にしみる)でナナ・ムスクーリが登場したが、松尾さんによると、元々ギリシャ生まれのシンガー、ナナにアメリカに来るように勧めたのがクインシーで、クインシーがいたからこそ、アメリカ、イギリスでの「英語楽曲」での成功があったという。ナナは、1934年生まれで、クインシーよりひとつ年下。1962年におそらくクインシーがヨーロッパに拠点をおいていたときに知り合った。クインシーはナナにニューヨークに来るように勧め、ニューヨークでジャズ・スタンダード曲を英語で歌った作品をプロデュース、これが”The Girl From Greece Sings”というアルバムとしてアメリカでリリースされた。
クインシーのアルバム『ボディー・ヒート』(1974年)では、作者自身であるバーナード・アイグナーが歌った「エヴリシング・マスト・チェンジ」(セットリスト57)だが、今回はアリスタから1990年代に2枚のアルバムを出しているカーティス・スタイガースが歌った。カーティスは調べてみると、ここ10年くらいはすかり「ジャズ歌手」として活動をしている。これは知らなかった。アリスタでの2枚のブルーアイド・ソウル・アルバム以降、6枚ものジャズ・スタンダード・アルバムを出していた。彼自身のウェッブに行くと、音源が聴ける。
http://www.curtisstigers.com/
ぺトゥラ・クラークはアメリカでは「ダウンタウン」の大ヒットで知られるもともとはイギリスのシンガー。彼女がアメリカ・ツアーをするときに、フランスのミッシェル・コロンビエを音楽ディクレターに抜擢し、そのミッシェルをA&Mレコードに紹介した。1960年代中ごろのこと。ひょっとしたらA&Mつながりで、クインシーとの接点があったのかもしれない。もちろん、ペトゥラは大ヒットを持つシンガーなので、クインシーとどこで接点があったとしても不思議はないが。だがちょっと意外な組み合わせだったので興味を持った。
メンバー表は、松尾さんからいただいた。また小さな「モントルー・ジャズ・フェス」の公式パンフレットも。感謝。
■ 過去関連記事 クインシー・リポート
July 17, 2008
Quincy Jones Tribute Live Lasted 5 Hours
http://blog.soulsearchin.com/archives/002609.html
■ 世界一早かった松尾特派員のクインシー・ゲネ・プロ・リポート
July 15, 2008
Montreux Jazz Festival: Celebrates Quincy Jones
http://blog.soulsearchin.com/archives/002607.html
■ モントルー・ジャズ・フェスを伝えるニュース映像
http://www.euronews.net/en/article/18/07/2008/montreux-musicians-toast-quincy-jones/
さらに長い映像。
http://www.montreuxjazz.com/videos/vplayer_fr.aspx?id=175&f=mjf_37.flv
■ メンバー表(松尾潔氏提供)
+Pepe Lienhard & The Swiss Army Big Band
Pete Lienhard (Leader)
Adrian Pflugsthaupt (Alto Sax)
Rafael Baier (Tenor Sax)
Alex Hendriksen (Tenor Sax)
Marc Schodler (Baritone Sax)
Michael Flury (Trombone)
Roman Heiniger (Trombone)
Wolf Schenk (Trombone)
Gilbert Tinner (Trombone)
Walter Tschopp (Trombone)
Marc Gebhard (French Horn)
Jorg Brohm (Trumpet)
Adrian Eugster (Trumpet)
Marc Jaussi (Trumpet)
Johannes Walter (Trumpet)
Frank Wellert (Trumpet)
Philip Henzi (Piano)
Andre Pousaz (Double Bass)
Tobias Friedli (Drums)
Oliver Keller (Guitar)
+The Montreux In The House Band
Greg Phillinganes (Keyboards, Musical Director)
Paul Jackson Jr. (Guitar)
Nathan East (Bass)
David Delhomme (Keyboards)
John Robinson (Drums)
Paulinho Da Costa (Percussion)
+Special Guests
names not on the setlist
Ledisi
Tobias Preisig
Lee Ritenour
■セットリスト (Kさんの投稿による)
Quincy Jones 投稿者:K 投稿日:2008/07/17(Thu) 14:56 No.1393
Quincy Jones 75th Anniversary Celebration
Montreux Jazz Festival
Auditorium Stravinski, Montreux, Switzerland
14 july 2008
4h 16mn 02s
FM
Swiss Army Big Band
Direction: Pepe Lienhard
+
Montreux In the House Band (sets 2 & 3)
Greg Phillinganes (keyboards)
Paul Jackson Jr (guitar)
Nathan East (bass guitar)
John Robinson (drums)
Paulinho da Costa (percussion)
Guests (in order of appearance)
Herbie Hancock (keyboards) 9, 59, 63
Patti Austin (vocals) 9, 13, 35, 47, 63
Rahsaan Patterson (vocals) 11, 37, 63
James Moody (tenor sax, vocals) 15, 41, 63
Joe Sample (keyboards) 17, 18, 63
Freda Payne (vocals) 17, 18, 63
Mick Hucknall (vocals) 20, 21, 63
? (vocals) 23, 37, 63 (Ledisi)??
Al Jarreau (vocals) 25, 48, 63
Petula Clark (vocals) 27, 28, 63
Paolo Nutini (vocals) 28, 45, 63
Franco Ambrosetti (trumpet) 30, 63
Nana Mouskouri (vocals) 32,33, 63
James Morrison (trumpet) 33, 41, 43, 63
Chaka Khan (vocals) 35, 43, 63
Patrice Rushen (vocals, keyboards) 37, 41, 63
Toots Thielemans (harmonica) 37, 38, 63
Billy Cobham (drums) 41, 63
Nils Landgren (trombone) 41, 63
Larry Williams (keyboards, reeds) 43, 63
Naturally 7 (vocals) 51, 63
Angelique Kidjo (vocals) 53, 54, 55, 63
Curtis Stigers (vocals) 57, 63
??Tobias Preisig??
??Ledisi??
??Lee Ritenour??
Set 1:
1. Intro 1:29
2. After You’ve Gone 2:51 (cut out)
3. Quintessence 4:58
4. ? 4:27
5. Iron Man 3:30
6. Soul Bossa Nova 4:42
7. ? 3:55
Set 2:
8. Intro 0:17
9. The Good, The Bad And The Ugly 9:06
10. Intro 1:44
11. Let The Good Time Roll 3:55
12. Intro 0:45
13. Making Whoopi 3:39
14. Intro 1:05
15. Moody’s Mood For Love 6:21
16. Intro 1:16
17. Honeysuckle Rose 3:26
18. Shiny Stockings 3:30
19. Intro 1:43
20. I’m Gonna Move To The Outskirts of Town 3:20
21. In the Heat Of The Night 2:45
22. Intro 1:29
23. If I Ever Lose This Heaven 5:07
24. Intro 1:01
25. Midnight Sun 7:21
26. Intro 1:01
27. ? 3:36
28. Going To Chicago 2:45
29. Intro 1:17
30. Porgy And Bess 7:15
31. Intro 2:03
32. Smoke Gets In Your Eyes 4:26
33. ? 3:00
34. Intro 1:12
35. Miss Celie’s Blues 2:42
36. Intro 1:17
37. What’s Going On 11:51
38. Bluesette 2:46
39. Outro 0:53
Set 3:
40. Intro 1:03
41. Manteca 9:47
42. Intro 1:37
43. ? 8:28
44. Intro 1:01
45. Strawberry Letter 23 5:03
46. Intro 1:43
47. How Do You Keep The Music Playing? 5:57
48. Intro 1:28
49. The Dude 5:39
50. Intro 1:21
51. Sound Of Wall 8:32
52. Intro 2:53
53. Happy Birthday 0:49
54. Mama Aifambeni 1:31
55. State Of Independence 4:51
56. Intro 0:51
57. Everything Must Change 6:00
58. Intro 1:03
59. Killer Joe 4:54
60. Intro 0:43
61. Ai No Corrida 4:54
62. Intro 1:20
63. Stuff Like That 7:11
64. Intro 1:12
65. Quincy Speaks 36:24
show ended
(2008年7月14日月曜、ストラヴィンスキー・オーディトリウム=スイス・モントルー=クインシー・ジョーンズ75歳アニヴァーサリー・セレブレーション・ライヴ)
ENT>MUSIC>LIVE>Jones, Quincy
【ソウル・ヒットで英語を学ぼう】
勉強。
毎週日曜日インターFMで放送している『ソウル・ブレンズ』(午後3時〜5時)内の一コーナー「ガバ・ナチュラル・イングリッシュ」(午後3時15分ころから)では、毎回ソウルのヒット曲から、ふだん英会話などで使えるフレーズをピックアップしてご紹介している。これが最近、なかなかいい感じなので番組をあまりお聞きになられてない方のためにご案内。
例えば、2008年7月6日の放送では、You can’t deny it というフレーズ。直訳は、「あなたはそれを否定できない」。ただしこの場合は、その相手・対象物のことをあまり好きでないにせよ、その対象物に対する評価は否定できない、というニュアンスで使う。
例)You can’t deny that he is smart though.
「(彼のことは好きじゃないかもしれないけど)彼が頭が良いというのは否定できない」
そして、かける曲は、リサ・スタンスフィールドの「ユー・キャント・デナイ・イット」。DJマーヴィン・デンジャーフィールドが懇切丁寧にこのニュアンス、意味合いを説明してくれる。マーヴィンの説明はいつもわかりやすい。
あるいは7月13日オンエアー分。
例) Whatcha gonna do (for me)?”
「あなたは私に何をしてくれるの?」
“whatcha”は、“what”と“are you”を口語的に短縮したもの。かなりくだけた言い方なので、親しい友人との間で使われる。上司や目上の人に対しては使わないほうがいい、といったことを教えてくれる。そして、楽曲はシャカ・カーンの「ワッチャ・ゴナ・ドゥー・フォー・ミー」。
もうひとつ。7月20日分。
例) “Put it all together” 「わかる、理解する」
例文:After I put it all together, I realized she was right.
(すべてを理解したら、彼女が正しかったと気付いた)
直訳は、「それらをすべて集めてひとつにする」ということ。そこから転じて、「まとめると」「一言で言えば」あるいは「わかった」といったニュアンスになる。イメージとしては、ジグゾー・パズルをひとつずつはめ込んでいき、すべてが揃うと全体像がわかる、というニュアンスだ。
そして楽曲は、スタイリスティックスの「レッツ・プット・イット・オール・トゥゲザー」。マーヴィンの解説の後に、この曲がかかると、思わず「な〜るほど」と思ってしまう。実はこの楽曲とフレーズを選ぶ作業を毎週しているのだが、これがけっこう大変で。最近はヒット曲を聴いていると、どこかに使えるフレーズはないかと虎視眈々(こしたんたん)。
いやあ、それにしても、ほんとにソウルのヒット曲って、英語の勉強になりますねえ。(笑)
さて、次週はいったいどんなフレーズがでてくるのか。Heaven Knows 神様だけが知っている。毎週日曜午後3時15分ごろ、インターFM(76.1mhz)をチェック!
ENT>RADIO>Soul Blends
勉強。
毎週日曜日インターFMで放送している『ソウル・ブレンズ』(午後3時〜5時)内の一コーナー「ガバ・ナチュラル・イングリッシュ」(午後3時15分ころから)では、毎回ソウルのヒット曲から、ふだん英会話などで使えるフレーズをピックアップしてご紹介している。これが最近、なかなかいい感じなので番組をあまりお聞きになられてない方のためにご案内。
例えば、2008年7月6日の放送では、You can’t deny it というフレーズ。直訳は、「あなたはそれを否定できない」。ただしこの場合は、その相手・対象物のことをあまり好きでないにせよ、その対象物に対する評価は否定できない、というニュアンスで使う。
例)You can’t deny that he is smart though.
「(彼のことは好きじゃないかもしれないけど)彼が頭が良いというのは否定できない」
そして、かける曲は、リサ・スタンスフィールドの「ユー・キャント・デナイ・イット」。DJマーヴィン・デンジャーフィールドが懇切丁寧にこのニュアンス、意味合いを説明してくれる。マーヴィンの説明はいつもわかりやすい。
あるいは7月13日オンエアー分。
例) Whatcha gonna do (for me)?”
「あなたは私に何をしてくれるの?」
“whatcha”は、“what”と“are you”を口語的に短縮したもの。かなりくだけた言い方なので、親しい友人との間で使われる。上司や目上の人に対しては使わないほうがいい、といったことを教えてくれる。そして、楽曲はシャカ・カーンの「ワッチャ・ゴナ・ドゥー・フォー・ミー」。
もうひとつ。7月20日分。
例) “Put it all together” 「わかる、理解する」
例文:After I put it all together, I realized she was right.
(すべてを理解したら、彼女が正しかったと気付いた)
直訳は、「それらをすべて集めてひとつにする」ということ。そこから転じて、「まとめると」「一言で言えば」あるいは「わかった」といったニュアンスになる。イメージとしては、ジグゾー・パズルをひとつずつはめ込んでいき、すべてが揃うと全体像がわかる、というニュアンスだ。
そして楽曲は、スタイリスティックスの「レッツ・プット・イット・オール・トゥゲザー」。マーヴィンの解説の後に、この曲がかかると、思わず「な〜るほど」と思ってしまう。実はこの楽曲とフレーズを選ぶ作業を毎週しているのだが、これがけっこう大変で。最近はヒット曲を聴いていると、どこかに使えるフレーズはないかと虎視眈々(こしたんたん)。
いやあ、それにしても、ほんとにソウルのヒット曲って、英語の勉強になりますねえ。(笑)
さて、次週はいったいどんなフレーズがでてくるのか。Heaven Knows 神様だけが知っている。毎週日曜午後3時15分ごろ、インターFM(76.1mhz)をチェック!
ENT>RADIO>Soul Blends
▲Harlem Nights Vol.7 Has Just Started
2008年7月24日(ライヴ内容にふれます。これからごらんになる方はご自身の判断でお読みください)
【ハーレム・ナイツ第7回始まる】
ハーレム。
ニューヨーク・黒人ルネッサンスの地、ハーレム。そのハーレムの文化をそのまま横浜ランドマークに持ってこようという「ハーレム・ナイツ」も、1994年以来今年で7回目。(94年に第1回、第2回が2003年で以後毎年) 2003年以降は、毎回観客動員数を着実に増やし、横浜夏の定番イヴェントに見事に成長した。普段はあまりライヴなどに足を運ばないような客層がこのイヴェントということで、老若男女集まってくる。
昨年まで、ソウルフードやドリンクのテーブルがライヴ会場内にあったのが、今年はホワイエ(ライヴ会場の外)に移動、ライヴ会場はより観客席を多くしていた。400人近くが入っていて、週末になるにつれ予約はさらに増えている、という。オマー以外は、それほど有名なシンガー・アーティストが登場するわけではないので、まさにこの「ハーレム・ナイツ」という企画自体(広告宣伝も含めて)に観客が付いている、いわば「イヴェント企画の勝利」だ。
今回はメインのシンガーが3人、そして、フィーチャリングにタップ・ダンスのもはや巨匠オマー・エドワーズ。オマーだけは毎年必ずやってくるので言ってみれば彼はこの「ハーレム・ナイツ」の顔。
最初のシンガー、ケントン・ロジャースはちょっとどこか俳優のフォーレスト・ウイッテッカーを若くしたような、シンガーで言うとデイヴィッド・ピーストン、ルーベン・スタッダードを少しこぶりにしたようなルックスのシンガー。ゴスペルをルーツにしているだけに、ゴスペル定番曲「ヒズ・アイ・イズ・オン・ザ・スパロウ」(映画『天使にラヴソングを2(シスター・アクト2)』などでも有名)あたりはかなり観客の気をひきつける。
2番目のレディー・ローラは、最初、若いティナ・ターナーでもでてきたかと思ったほど、エネルギッシュなはちきれんばかりの動きで登場。だが、我らがブレンダ・ヴォーンのように背丈は小さい。ティナの曲を2曲歌うだけに、腰をフリフリのティナ・ダンスが思い切り炸裂する。元はダンサーか? 意外な選曲が「リアル・サッド・ストーリー」というブルージーな曲。知らなかったので、戻って調べてみると、なんとこれが南部のR&Bシンガー、デニース・ラサールの作品。デニースの歌でもヒットはしていないが、なぜこれが選ばれたのだろうか。実は隠れたヒットなのか。
その歌詞があった。↓
http://www.mississippiheat.net/lyrics2/glad/12.html
そして、いよいよオマーの登場。オマーはさすがに毎年来ているためか、彼目当てのファンもいるようだ。相変わらず切れのいいタップを見せる。第一部では、オープニングに日本語で「これは戦争の音」、「これは苦しみの音」そして、「これは愛の音」と説明して、タップを踏んだ。
ボブ・マーレーのTシャツを着て、跳ねる、飛ぶ、叩くラスタ・ヘアのオマーは、映画監督スパイク・リー、さらにタップ・ダンスのセヴィアン・グローヴァー直系のダンサー。新しいこと、クリエイティヴなこと、革新的なことに貪欲だ。第一部を終え、第二部の始まりもオマーだったが、この出方がまた渋い。真っ暗にしたステージで、タップの音だけが聴こえてくる。だが暗転したステージでは何も見えない。そして、パ〜ンとスポットが来ると、オマーがさっきとは違ったスーツで動いている。そして、「キャラヴァン」を終えた後、シューズを脱ぎ、はだしでタップを踊る。すると会場に響く音が違ってくる。
彼のタップからは、怒り、喜び、うれしさ、悲しみ、苦しみ、そして愛と言ったものがすべて表出する。それが体全体から湧き出てくるところがすごいと思う。たかがタップ、されどタップ。
3番目のシンガー、シンシアはヴェテランのジャズ風クラブ系シンガーだった。サラ・ヴォーンあたりの影響が強いなあ、と思って聴いていたら、「私は、サラ・ヴォーン、エラ・フィッツジェラルド、カーメン・マクレイ、ダイアン・ワシントン、リナ・ホーン、そして、ナンシー・ウィルソンなどの影響を受けています。そうしたシンガーたちへトリビュートする意味でこの曲を書きました」と言ってオリジナル曲「ザ・シンガー」という作品を歌った。また彼女は、かつてレイ・チャールズのバックコーラス、レイレッツのメンバーだったという。そこで、レイ作品を最後に3曲ほど歌った。
そして、ライヴ終了後は、出演者全員が会場出口付近でCD即売とサイン会。今まで見ていた老若男女が、その夜のスターを取り囲んだ。またライヴ終了後、係りの人が「本日のセットリストです〜〜」と言って希望者にそれを配っていた。大サーヴィス、至れり尽くせりのイヴェントだ。「夢はこの『ハーレム・ナイト』の地方公演です」と担当者が語った。この勢いだと、その可能性も見えてくる。
■ 横浜ランドマークタワー公式ページ内イヴェント詳細
ライヴは、7月23日(水)から27日(日)まで毎日。詳細は下記ランドマーク・タワー・ウェッブへ
問い合わせ先 ランドマークホール:TEL 045-222-5050 (月〜金 10:00〜17:00) ランドマークプラザ:TEL 045-222-5015 (月〜日 11:00〜20:00)
http://www.at-press.jp/event/hall/harlem08/index.html
チケット入手方法など。
■過去のハーレム・ナイツ関連記事
July 26, 2007
"Harlem Nights Vol.6" At Landmark Tower: "I Don’t Repeat" Says Omar
http://blog.soulsearchin.com/archives/001918.html
第6回ライヴ評
July 29, 2006
Alyson Talks, Omar Talks: Harlem Nights
http://blog.soulsearchin.com/archives/001164.html
July 28, 2006
Harlem Nights Vol.5: Alyson Williams Sings Wide Variety Of Music, Omar Edwards Taps With New Idea
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200607/2006_07_28.html
第5回ライヴ評
July 29, 2005
Harlem Nights: Omar Edwards, Barefoot Tap Dancer
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200507/2005_07_29.html
第4回ライヴ評
2004/07/31 (Sat)
Harlem Nights III: Bring Your Cake For Lonnie’s Birthday
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200407/diary20040731.html
第3回ライヴ評
■メンバー
Omar Edwards (Tap Dance)
John Di Martino (Keyboards, Piano)
Bill Easley (Sax)
Lonnie Plaxico (Bass)
Yoron Israel (Drums)
Kenton Rogers (Vocal)
Lady Laura (Vocal)
Cynthia Scott (Vocal)
■セットリスト
Setlist : Harlem Nights Vol.7 @ Landmark Hall, Yokohama, July 23, 2008
[ ] indicates the original acts, ( ) indicates singers tonight
(オマーの使用楽曲が若干不明)
First set
Show started 19:01
01. Invitation [Jaco Pastorius] (Band)
02. Supersitition [Stevie Wonder] (Kenton Rogers)
03. I Believe I Can Fly [R. Kelly] (Kenton Rogers)
04. I’ll Take You There [Staple Singers] (Kenton Rogers)
05. His Eye Is On The Sparrow [Traditional, Ethel Waters, others] (Kenton Rogers)
06. Proud Mary [Ike & Tina Turner] (Lady Laura)
07. Neither One Of Us (Wants To Be The First To Say Goodbye) [Gladys Knight & The Pips] (Lady Laura)
08. Real Sad Story [Denise LaSalle] (Lady Laura)
09. Simple Is The Best [Tina Turner] (Lady Laura)
~Omar on the stage
10. Intro
11. Do Your Thing (?)
12. So Ways (?)
13. Waltz [Alicia Keys]CD(?)
Performance ended 20:03
Second set
Performance started 20:27
Omar on the stage
01. Intro
02. Caravan [Duke Ellington](Band)
03. Jungle Song (barefoot performance) CD?
04. (put on shoes) Waiting In Vain [Bob Marley]CD
05. Slow Jam-Rain Song (Band)
06. African Song [Femi Kuti]??
Off Omar
07. Take The “A” Train (Band) [Duke Ellington]
Cyhthia on the stage
08. A Song For You [Leon Russell, Donny Hathaway]
09. Hello [Lionel Richie]
10. Come Back To Me [Peggy Lee]
11. Come Rain Or Come Shine [Standard, From Musical "St. Louis Woman"]
12. The Singer [Cynthia Scott]
13. For The Love Of You [Isley Brothers] (with Kenton)
14. Shades Of Ray Charles [Cynthia Scott]
15. Unchain My Heart [Ray Charles]
16. Georgia On My Mind [Ray Charles]
17. Hit The Road Jack [Ray Charles] (All)
Enc. Dream For One Bright World (For Children Of Japan) [Cynthia Scott](All)
Show ended 21:55
(2008年7月23日水曜、横浜ランドマーク・タワー・ランドマーク・ホール=ハーレム・ナイツVol.7)
ENT>MUSIC>LIVE>Harlem Nights Vol. 7
2008-123
【ハーレム・ナイツ第7回始まる】
ハーレム。
ニューヨーク・黒人ルネッサンスの地、ハーレム。そのハーレムの文化をそのまま横浜ランドマークに持ってこようという「ハーレム・ナイツ」も、1994年以来今年で7回目。(94年に第1回、第2回が2003年で以後毎年) 2003年以降は、毎回観客動員数を着実に増やし、横浜夏の定番イヴェントに見事に成長した。普段はあまりライヴなどに足を運ばないような客層がこのイヴェントということで、老若男女集まってくる。
昨年まで、ソウルフードやドリンクのテーブルがライヴ会場内にあったのが、今年はホワイエ(ライヴ会場の外)に移動、ライヴ会場はより観客席を多くしていた。400人近くが入っていて、週末になるにつれ予約はさらに増えている、という。オマー以外は、それほど有名なシンガー・アーティストが登場するわけではないので、まさにこの「ハーレム・ナイツ」という企画自体(広告宣伝も含めて)に観客が付いている、いわば「イヴェント企画の勝利」だ。
今回はメインのシンガーが3人、そして、フィーチャリングにタップ・ダンスのもはや巨匠オマー・エドワーズ。オマーだけは毎年必ずやってくるので言ってみれば彼はこの「ハーレム・ナイツ」の顔。
最初のシンガー、ケントン・ロジャースはちょっとどこか俳優のフォーレスト・ウイッテッカーを若くしたような、シンガーで言うとデイヴィッド・ピーストン、ルーベン・スタッダードを少しこぶりにしたようなルックスのシンガー。ゴスペルをルーツにしているだけに、ゴスペル定番曲「ヒズ・アイ・イズ・オン・ザ・スパロウ」(映画『天使にラヴソングを2(シスター・アクト2)』などでも有名)あたりはかなり観客の気をひきつける。
2番目のレディー・ローラは、最初、若いティナ・ターナーでもでてきたかと思ったほど、エネルギッシュなはちきれんばかりの動きで登場。だが、我らがブレンダ・ヴォーンのように背丈は小さい。ティナの曲を2曲歌うだけに、腰をフリフリのティナ・ダンスが思い切り炸裂する。元はダンサーか? 意外な選曲が「リアル・サッド・ストーリー」というブルージーな曲。知らなかったので、戻って調べてみると、なんとこれが南部のR&Bシンガー、デニース・ラサールの作品。デニースの歌でもヒットはしていないが、なぜこれが選ばれたのだろうか。実は隠れたヒットなのか。
その歌詞があった。↓
http://www.mississippiheat.net/lyrics2/glad/12.html
そして、いよいよオマーの登場。オマーはさすがに毎年来ているためか、彼目当てのファンもいるようだ。相変わらず切れのいいタップを見せる。第一部では、オープニングに日本語で「これは戦争の音」、「これは苦しみの音」そして、「これは愛の音」と説明して、タップを踏んだ。
ボブ・マーレーのTシャツを着て、跳ねる、飛ぶ、叩くラスタ・ヘアのオマーは、映画監督スパイク・リー、さらにタップ・ダンスのセヴィアン・グローヴァー直系のダンサー。新しいこと、クリエイティヴなこと、革新的なことに貪欲だ。第一部を終え、第二部の始まりもオマーだったが、この出方がまた渋い。真っ暗にしたステージで、タップの音だけが聴こえてくる。だが暗転したステージでは何も見えない。そして、パ〜ンとスポットが来ると、オマーがさっきとは違ったスーツで動いている。そして、「キャラヴァン」を終えた後、シューズを脱ぎ、はだしでタップを踊る。すると会場に響く音が違ってくる。
彼のタップからは、怒り、喜び、うれしさ、悲しみ、苦しみ、そして愛と言ったものがすべて表出する。それが体全体から湧き出てくるところがすごいと思う。たかがタップ、されどタップ。
3番目のシンガー、シンシアはヴェテランのジャズ風クラブ系シンガーだった。サラ・ヴォーンあたりの影響が強いなあ、と思って聴いていたら、「私は、サラ・ヴォーン、エラ・フィッツジェラルド、カーメン・マクレイ、ダイアン・ワシントン、リナ・ホーン、そして、ナンシー・ウィルソンなどの影響を受けています。そうしたシンガーたちへトリビュートする意味でこの曲を書きました」と言ってオリジナル曲「ザ・シンガー」という作品を歌った。また彼女は、かつてレイ・チャールズのバックコーラス、レイレッツのメンバーだったという。そこで、レイ作品を最後に3曲ほど歌った。
そして、ライヴ終了後は、出演者全員が会場出口付近でCD即売とサイン会。今まで見ていた老若男女が、その夜のスターを取り囲んだ。またライヴ終了後、係りの人が「本日のセットリストです〜〜」と言って希望者にそれを配っていた。大サーヴィス、至れり尽くせりのイヴェントだ。「夢はこの『ハーレム・ナイト』の地方公演です」と担当者が語った。この勢いだと、その可能性も見えてくる。
■ 横浜ランドマークタワー公式ページ内イヴェント詳細
ライヴは、7月23日(水)から27日(日)まで毎日。詳細は下記ランドマーク・タワー・ウェッブへ
問い合わせ先 ランドマークホール:TEL 045-222-5050 (月〜金 10:00〜17:00) ランドマークプラザ:TEL 045-222-5015 (月〜日 11:00〜20:00)
http://www.at-press.jp/event/hall/harlem08/index.html
チケット入手方法など。
■過去のハーレム・ナイツ関連記事
July 26, 2007
"Harlem Nights Vol.6" At Landmark Tower: "I Don’t Repeat" Says Omar
http://blog.soulsearchin.com/archives/001918.html
第6回ライヴ評
July 29, 2006
Alyson Talks, Omar Talks: Harlem Nights
http://blog.soulsearchin.com/archives/001164.html
July 28, 2006
Harlem Nights Vol.5: Alyson Williams Sings Wide Variety Of Music, Omar Edwards Taps With New Idea
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200607/2006_07_28.html
第5回ライヴ評
July 29, 2005
Harlem Nights: Omar Edwards, Barefoot Tap Dancer
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200507/2005_07_29.html
第4回ライヴ評
2004/07/31 (Sat)
Harlem Nights III: Bring Your Cake For Lonnie’s Birthday
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第3回ライヴ評
■メンバー
Omar Edwards (Tap Dance)
John Di Martino (Keyboards, Piano)
Bill Easley (Sax)
Lonnie Plaxico (Bass)
Yoron Israel (Drums)
Kenton Rogers (Vocal)
Lady Laura (Vocal)
Cynthia Scott (Vocal)
■セットリスト
Setlist : Harlem Nights Vol.7 @ Landmark Hall, Yokohama, July 23, 2008
[ ] indicates the original acts, ( ) indicates singers tonight
(オマーの使用楽曲が若干不明)
First set
Show started 19:01
01. Invitation [Jaco Pastorius] (Band)
02. Supersitition [Stevie Wonder] (Kenton Rogers)
03. I Believe I Can Fly [R. Kelly] (Kenton Rogers)
04. I’ll Take You There [Staple Singers] (Kenton Rogers)
05. His Eye Is On The Sparrow [Traditional, Ethel Waters, others] (Kenton Rogers)
06. Proud Mary [Ike & Tina Turner] (Lady Laura)
07. Neither One Of Us (Wants To Be The First To Say Goodbye) [Gladys Knight & The Pips] (Lady Laura)
08. Real Sad Story [Denise LaSalle] (Lady Laura)
09. Simple Is The Best [Tina Turner] (Lady Laura)
~Omar on the stage
10. Intro
11. Do Your Thing (?)
12. So Ways (?)
13. Waltz [Alicia Keys]CD(?)
Performance ended 20:03
Second set
Performance started 20:27
Omar on the stage
01. Intro
02. Caravan [Duke Ellington](Band)
03. Jungle Song (barefoot performance) CD?
04. (put on shoes) Waiting In Vain [Bob Marley]CD
05. Slow Jam-Rain Song (Band)
06. African Song [Femi Kuti]??
Off Omar
07. Take The “A” Train (Band) [Duke Ellington]
Cyhthia on the stage
08. A Song For You [Leon Russell, Donny Hathaway]
09. Hello [Lionel Richie]
10. Come Back To Me [Peggy Lee]
11. Come Rain Or Come Shine [Standard, From Musical "St. Louis Woman"]
12. The Singer [Cynthia Scott]
13. For The Love Of You [Isley Brothers] (with Kenton)
14. Shades Of Ray Charles [Cynthia Scott]
15. Unchain My Heart [Ray Charles]
16. Georgia On My Mind [Ray Charles]
17. Hit The Road Jack [Ray Charles] (All)
Enc. Dream For One Bright World (For Children Of Japan) [Cynthia Scott](All)
Show ended 21:55
(2008年7月23日水曜、横浜ランドマーク・タワー・ランドマーク・ホール=ハーレム・ナイツVol.7)
ENT>MUSIC>LIVE>Harlem Nights Vol. 7
2008-123
【オーティス・クレイ9月に来日】
代打満塁本塁打。
日本でも人気の高い、ブルーズ、R&B系シンガー、オーティス・クレイが9月に来日、ビルボード東京と大阪で各1日ずつライヴを行う。オーティスの来日は、2006年7月以来2年2ヶ月ぶり。1978年4月の初来日以来9度目。
1978年4月の初来日は、元々は同じくディープ・ソウル・シンガー、O.V.ライトの来日が急遽キャンセルになりそのピンチヒッターとして来日。ところが、そのライヴがあまりに素晴らしかったことから急遽ライヴ・レコーディングまで行われ、以来、オーティス・クレイは日本で人気のソウル・シンガーとなった。また、オーティス自身も自分のことを愛してくれる日本のファン、日本のことがことのほか気に入り、以後もコンスタントに来日を重ねるようになった。日本では、オーティス・クレイのレコードやライヴから、ソウル・ミュージックの素晴らしさを知ったという人も多かった。そのライヴ・アルバムは、当時のソウル・レコードとしては異例のセールスを記録した。
オーティスは、極東の地、日本などでまさか自分のレコードがリリースされ支持されているなどとは夢にも思わず、初来日のときの関係者の手厚いもてなしぶりと日本人観客の熱い反応に感激し、以後日本を「第二の故郷」と呼んだりする。大変義理人情に厚い人物で、それまでに受けた恩は決して忘れないそうだ。
オーティスは1983年の来日時、再度ライヴ・アルバムをレコーディング。ここにサザンオールスターズの「いとしのエリー」の英語ヴァージョンが録音された。レイ・チャールズが録音するよりも、先にレコーディングしていた。
思い返せば、このピンチヒッター(代打)は、日本のソウル・シーンに満塁ホームランを放ったことになる。
+++++
義理人情。
最近、ソウル・イラストレーター江守藹氏と彼の単行本『黒く踊れ!(ストリート・ダンサー列伝)』(発行・銀河出版=2008年秋発売予定)をめぐっていろいろな話をしているときにも、オーティス・クレイについての話題が出た。
江守さんは1978年、赤坂に「ブーツィー」というレストラン・ディスコをオープンする。ちょうど『サタデイ・ナイト・フィーヴァー』の影響でディスコが大ブームになり始めたころで、江守さんは他店と差別化するために「レストラン・ディスコ」というコンセプトを打ち出す。ちゃんとしたイタリアンを食べられて、いいソウルで踊れる、で、時には食事をしながらライヴを見て楽しめる大人のスペース、という店だ。いまなら、ブルーノートだ、ビルボードだといくらでも食事をしながらライヴを見せる店があるが、当時はほとんどなかった。
そこで、江守さんはこの「ブーツィー」のこけら落としとして、オーティス・クレイのライヴをプロモーターから一日買い上げてやることにしたのだ。もちろん、キャパ(収容人数)と値段から考えて満員になっても赤字。だが、店を広める最初の宣伝費と割り切ってオーティス・クレイのディナー・ショウを行い、大成功を収めた。
この日は、オーティスを最初から熱心に支持しサポートしてきた桜井ユタカ氏も一番前の席を買い求め応援した。そんなわけで、オーティスは自分のレコードが出たか出ないかもわからない日本で、こんなディナー・ショウが開かれたこと自体に驚き、感動した、という。これ以来、江守さんはオーティス・クレイと親しくなっていく。
それから24年の月日が流れた2002年。江守さんが渋谷で行われたオーティス・クレイのライヴに足を運んだ。ステージで、オーティスは「今、自分がこうして日本の地に来られるのは2人の男のおかげだ。それは桜井ユタカと江守藹だ」と静かに語った。そんなところで、そんな風に名前を言われるとは思ってもみなかった江守さんが大いに感激したのは言うまでもない。
オーティスは義理人情に厚いのだ。
■ オーティス・クレイ来日
2008年9月20日(土曜)ビルボード・ライヴ東京19時、21時半
2008年9月22日(月曜)ビルボード・ライヴ大阪19時、21時半
詳細はビルボード・ライヴへ
http://www.billboard-live.com/index_h.html
■ オーティス・クレイ来日履歴 (他にありましたら・ebs@st.rim.or.jpまで
お知らせください)
初来日 1978年4月11日、13日他、虎ノ門久保講堂
2回目 1979年3月9日他 虎ノ門久保講堂
3回目?
4回目 1983年10月、11月5日など
5回目 1991年4月15日他 川崎クラブチッタなど
6回目 1999年7月23日他 渋谷オンエアーなど (ジミー・ジョンソンらと)
7回目 2002年7月14日他 渋谷アックスなど (ビリー・ブランチ、デボラ・コールマンらと)
8回目 2006年7月23日他 ジャパン・ブルーズ&ソウル・カーニヴァル (複数アーティストとのライヴ)
9回目 2008年9月20日(土) ビルボード東京
2008年9月22日(月) ビルボード大阪
■ オーティス・クレイ過去記事
July 24, 2006
Otis Clay Live: Here Comes The Deep Soul Singer
http://blog.soulsearchin.com/archives/001159.html
前回来日ライヴ評。これがちょうど70分程度のライヴだったので、ビルボードでもこのサイズになる可能性が高い。
2002/12/18 (Wed)
Otis Clay: Soul Hero In Japan
http://www.soulsearchin.com//soul-diary/archive/200212/diary20021218.html
ENT>MUSIC>ANNOUNCEMENT>Clay, Otis
ENT>MUSIC>ARSTIS>Clay, Otis
代打満塁本塁打。
日本でも人気の高い、ブルーズ、R&B系シンガー、オーティス・クレイが9月に来日、ビルボード東京と大阪で各1日ずつライヴを行う。オーティスの来日は、2006年7月以来2年2ヶ月ぶり。1978年4月の初来日以来9度目。
1978年4月の初来日は、元々は同じくディープ・ソウル・シンガー、O.V.ライトの来日が急遽キャンセルになりそのピンチヒッターとして来日。ところが、そのライヴがあまりに素晴らしかったことから急遽ライヴ・レコーディングまで行われ、以来、オーティス・クレイは日本で人気のソウル・シンガーとなった。また、オーティス自身も自分のことを愛してくれる日本のファン、日本のことがことのほか気に入り、以後もコンスタントに来日を重ねるようになった。日本では、オーティス・クレイのレコードやライヴから、ソウル・ミュージックの素晴らしさを知ったという人も多かった。そのライヴ・アルバムは、当時のソウル・レコードとしては異例のセールスを記録した。
オーティスは、極東の地、日本などでまさか自分のレコードがリリースされ支持されているなどとは夢にも思わず、初来日のときの関係者の手厚いもてなしぶりと日本人観客の熱い反応に感激し、以後日本を「第二の故郷」と呼んだりする。大変義理人情に厚い人物で、それまでに受けた恩は決して忘れないそうだ。
オーティスは1983年の来日時、再度ライヴ・アルバムをレコーディング。ここにサザンオールスターズの「いとしのエリー」の英語ヴァージョンが録音された。レイ・チャールズが録音するよりも、先にレコーディングしていた。
思い返せば、このピンチヒッター(代打)は、日本のソウル・シーンに満塁ホームランを放ったことになる。
+++++
義理人情。
最近、ソウル・イラストレーター江守藹氏と彼の単行本『黒く踊れ!(ストリート・ダンサー列伝)』(発行・銀河出版=2008年秋発売予定)をめぐっていろいろな話をしているときにも、オーティス・クレイについての話題が出た。
江守さんは1978年、赤坂に「ブーツィー」というレストラン・ディスコをオープンする。ちょうど『サタデイ・ナイト・フィーヴァー』の影響でディスコが大ブームになり始めたころで、江守さんは他店と差別化するために「レストラン・ディスコ」というコンセプトを打ち出す。ちゃんとしたイタリアンを食べられて、いいソウルで踊れる、で、時には食事をしながらライヴを見て楽しめる大人のスペース、という店だ。いまなら、ブルーノートだ、ビルボードだといくらでも食事をしながらライヴを見せる店があるが、当時はほとんどなかった。
そこで、江守さんはこの「ブーツィー」のこけら落としとして、オーティス・クレイのライヴをプロモーターから一日買い上げてやることにしたのだ。もちろん、キャパ(収容人数)と値段から考えて満員になっても赤字。だが、店を広める最初の宣伝費と割り切ってオーティス・クレイのディナー・ショウを行い、大成功を収めた。
この日は、オーティスを最初から熱心に支持しサポートしてきた桜井ユタカ氏も一番前の席を買い求め応援した。そんなわけで、オーティスは自分のレコードが出たか出ないかもわからない日本で、こんなディナー・ショウが開かれたこと自体に驚き、感動した、という。これ以来、江守さんはオーティス・クレイと親しくなっていく。
それから24年の月日が流れた2002年。江守さんが渋谷で行われたオーティス・クレイのライヴに足を運んだ。ステージで、オーティスは「今、自分がこうして日本の地に来られるのは2人の男のおかげだ。それは桜井ユタカと江守藹だ」と静かに語った。そんなところで、そんな風に名前を言われるとは思ってもみなかった江守さんが大いに感激したのは言うまでもない。
オーティスは義理人情に厚いのだ。
■ オーティス・クレイ来日
2008年9月20日(土曜)ビルボード・ライヴ東京19時、21時半
2008年9月22日(月曜)ビルボード・ライヴ大阪19時、21時半
詳細はビルボード・ライヴへ
http://www.billboard-live.com/index_h.html
■ オーティス・クレイ来日履歴 (他にありましたら・ebs@st.rim.or.jpまで
お知らせください)
初来日 1978年4月11日、13日他、虎ノ門久保講堂
2回目 1979年3月9日他 虎ノ門久保講堂
3回目?
4回目 1983年10月、11月5日など
5回目 1991年4月15日他 川崎クラブチッタなど
6回目 1999年7月23日他 渋谷オンエアーなど (ジミー・ジョンソンらと)
7回目 2002年7月14日他 渋谷アックスなど (ビリー・ブランチ、デボラ・コールマンらと)
8回目 2006年7月23日他 ジャパン・ブルーズ&ソウル・カーニヴァル (複数アーティストとのライヴ)
9回目 2008年9月20日(土) ビルボード東京
2008年9月22日(月) ビルボード大阪
■ オーティス・クレイ過去記事
July 24, 2006
Otis Clay Live: Here Comes The Deep Soul Singer
http://blog.soulsearchin.com/archives/001159.html
前回来日ライヴ評。これがちょうど70分程度のライヴだったので、ビルボードでもこのサイズになる可能性が高い。
2002/12/18 (Wed)
Otis Clay: Soul Hero In Japan
http://www.soulsearchin.com//soul-diary/archive/200212/diary20021218.html
ENT>MUSIC>ANNOUNCEMENT>Clay, Otis
ENT>MUSIC>ARSTIS>Clay, Otis
◆Soulive Are Sofunky
2008年7月26日【ソウライヴ〜ソウファンキー】
炸裂。
「イクゼ〜〜、ブルーノート!!」の掛け声で、ステージに3人の勇者たちが上がる。彼らはジャム・ファンクの勇者、その名はソウライヴ。まずは3人(キーボード、ドラムス、ギター)だけのソウライヴ本体だけで演奏。そして、MCが入り、トランペット、サックス2人がステージに登場。以後6人で、のりのりのファンク・グルーヴを炸裂させる。(ジャム・ファンクは筆者が思いついた言葉) さすがにクラブ系で人気だけのことはある。観客層がこの日はいつもより圧倒的に若い。
さて、リズムは3人なのだが、キーボードのニール・エヴァンスが左手でベース・パートをキーボードで弾くために、実際は4人いるのと同じくらいの音圧になる。そして、2曲目「キャノンボール」以降はホーンが3人入るだけで、いきなり、メイシオ・パーカーあたりのファンク・ジャズへファンク・アップ〜。アップテンポでこれでもかこれでもかとエネルギーが昇華。サックスの音がどこを聴いてもメイシオ・パーカーに聴こえてしまうのは、こちらの耳が偏りすぎか。(笑) このホーン・セクション、シェーディー・ホーンズというそうだ。3人のホーン・セクションはステージ向かって左から、ライアン、サム(帽子)、クリスチャン。
ドラムスのアラン、ギターのエリック、キーボード(とべース)のニールのリズム隊はアップテンポ作品で圧倒的。ハモンドのオルガンが流れてくると、一時代昔のファンク・ジャズが思い起こされる。
一番の圧巻はアンコール。「ジーザス…」からメドレーでアーチー・ベル&ザ・ドレルスの「タイトゥン・アップ」へ。歌というかナレーションというか、そんなMCをドラムスのアランが担う。ギター、ベース、オルガンとソロを回して、盛り上げる。このイントロから、客席は総立ち状態。
ずっと聴いていて、彼らの音楽を映画に使いたいなあ、と思った。それも思い切りB級のブラック・ムーヴィーだ。「コフィー」みたいなのの、現代版風のもの。
この日は、テレビの収録が入っていた。BSで放送しているブルーノートの番組『スピーク・イン・ミュージック』のようだ。確かに、これだけノリのいいライヴ・バンドだとアリーナの席を取っ払い、ブルーノートで単発のパーティーでかつてやったスタンディングのスタイルでもいいかもしれない。
ライヴが終わると、サックス奏者の太田剣さん、プロデューサーの松永さん、さらにシンガー、ユリさんと有坂美香さんらがいた。なんと、ユリ美香さんらは、サムかライアンだったかとアメリカのバークリーで同級生だったそうだ。
2004/04/03 (Sat)
Soulive Has New Vocal, So Has New Dimension
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200404/diary20040403.html
July 30, 2005
Soulive Live At Blitz Yokohama
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200507/2005_07_30.html
■メンバー
SOULIVE with special guest CHRISTIAN SCOTT & SAM KININGER
アラン・エヴァンス(ドラムス) Alan Evans(ds)
エリック・クラズノー(ギター)Eric Krasno(g)
ニール・エヴァンス(B3オルガン、キーボード)Neal Evans(B3 org, key)
サム・キニンジャー(サックス)Sam Kininger(sax)
ライアン・ゾィディス(サックス)Ryan Zoidis(sax)
クリスチャン・スコット(トランペット)Christian Scott(tp)
■セットリスト
Setlist : Soulive @ Blue Note Tokyo, July 25, 2008
Show started 19:02
01. Outrage
02. Cannonball
03. Liquid
04. El Ron
05. Tuesday Night Squad
06. Vapor
07. Flurries ~ A Riff Of “Can’t Hide Love”
08. Lenny (slow)
09. Bubble (rock-ish, reggae flavor)
Enc. Jesus Children Of America
Enc. Tighten Up (2 songs Medley)
Show ended 20:43
(2008年7月25日金曜、ブルーノート東京=ソウライヴ・ライヴ)
ENT>MUSIC>LIVE>Soulive
2008-125
炸裂。
「イクゼ〜〜、ブルーノート!!」の掛け声で、ステージに3人の勇者たちが上がる。彼らはジャム・ファンクの勇者、その名はソウライヴ。まずは3人(キーボード、ドラムス、ギター)だけのソウライヴ本体だけで演奏。そして、MCが入り、トランペット、サックス2人がステージに登場。以後6人で、のりのりのファンク・グルーヴを炸裂させる。(ジャム・ファンクは筆者が思いついた言葉) さすがにクラブ系で人気だけのことはある。観客層がこの日はいつもより圧倒的に若い。
さて、リズムは3人なのだが、キーボードのニール・エヴァンスが左手でベース・パートをキーボードで弾くために、実際は4人いるのと同じくらいの音圧になる。そして、2曲目「キャノンボール」以降はホーンが3人入るだけで、いきなり、メイシオ・パーカーあたりのファンク・ジャズへファンク・アップ〜。アップテンポでこれでもかこれでもかとエネルギーが昇華。サックスの音がどこを聴いてもメイシオ・パーカーに聴こえてしまうのは、こちらの耳が偏りすぎか。(笑) このホーン・セクション、シェーディー・ホーンズというそうだ。3人のホーン・セクションはステージ向かって左から、ライアン、サム(帽子)、クリスチャン。
ドラムスのアラン、ギターのエリック、キーボード(とべース)のニールのリズム隊はアップテンポ作品で圧倒的。ハモンドのオルガンが流れてくると、一時代昔のファンク・ジャズが思い起こされる。
一番の圧巻はアンコール。「ジーザス…」からメドレーでアーチー・ベル&ザ・ドレルスの「タイトゥン・アップ」へ。歌というかナレーションというか、そんなMCをドラムスのアランが担う。ギター、ベース、オルガンとソロを回して、盛り上げる。このイントロから、客席は総立ち状態。
ずっと聴いていて、彼らの音楽を映画に使いたいなあ、と思った。それも思い切りB級のブラック・ムーヴィーだ。「コフィー」みたいなのの、現代版風のもの。
この日は、テレビの収録が入っていた。BSで放送しているブルーノートの番組『スピーク・イン・ミュージック』のようだ。確かに、これだけノリのいいライヴ・バンドだとアリーナの席を取っ払い、ブルーノートで単発のパーティーでかつてやったスタンディングのスタイルでもいいかもしれない。
ライヴが終わると、サックス奏者の太田剣さん、プロデューサーの松永さん、さらにシンガー、ユリさんと有坂美香さんらがいた。なんと、ユリ美香さんらは、サムかライアンだったかとアメリカのバークリーで同級生だったそうだ。
2004/04/03 (Sat)
Soulive Has New Vocal, So Has New Dimension
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200404/diary20040403.html
July 30, 2005
Soulive Live At Blitz Yokohama
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200507/2005_07_30.html
■メンバー
SOULIVE with special guest CHRISTIAN SCOTT & SAM KININGER
アラン・エヴァンス(ドラムス) Alan Evans(ds)
エリック・クラズノー(ギター)Eric Krasno(g)
ニール・エヴァンス(B3オルガン、キーボード)Neal Evans(B3 org, key)
サム・キニンジャー(サックス)Sam Kininger(sax)
ライアン・ゾィディス(サックス)Ryan Zoidis(sax)
クリスチャン・スコット(トランペット)Christian Scott(tp)
■セットリスト
Setlist : Soulive @ Blue Note Tokyo, July 25, 2008
Show started 19:02
01. Outrage
02. Cannonball
03. Liquid
04. El Ron
05. Tuesday Night Squad
06. Vapor
07. Flurries ~ A Riff Of “Can’t Hide Love”
08. Lenny (slow)
09. Bubble (rock-ish, reggae flavor)
Enc. Jesus Children Of America
Enc. Tighten Up (2 songs Medley)
Show ended 20:43
(2008年7月25日金曜、ブルーノート東京=ソウライヴ・ライヴ)
ENT>MUSIC>LIVE>Soulive
2008-125
◎(Bulletin) Hiram Bullock Dies At 52??
2008年7月27日【(速報)ハイラム・ブロック死去か?】
訃報。
ジャズ、フュージョン、ソウルなどでおなじみのニューヨークのギタリスト、ハイラム・ブロックが去る2008年7月25日頃、死去した模様。まだ、オフィシャルな確認が取れていないが、親友でもあるウィル・リーのサイトにもその旨が書き込まれているので、信憑性は高いと思われる。死去が事実であれば、1955年9月11日生まれだったので、52歳だった。3月に自身のブログで食道がんになり、治療中であることを告白していた。(詳細は確認取れ次第再度お送りします)
http://www.hirambullock.com/blog.html
http://www.willlee.com/home.php
昨日(26日)午後から、ハイラム死去のニュースがかけめぐっているのだが、まだ確認が取れない。なお、ウィキペディアの英語版には、2008年7月25日死去と書かれている。詳細情報が確認でき次第、改めてご紹介します。
ENT>OBITUARY
訃報。
ジャズ、フュージョン、ソウルなどでおなじみのニューヨークのギタリスト、ハイラム・ブロックが去る2008年7月25日頃、死去した模様。まだ、オフィシャルな確認が取れていないが、親友でもあるウィル・リーのサイトにもその旨が書き込まれているので、信憑性は高いと思われる。死去が事実であれば、1955年9月11日生まれだったので、52歳だった。3月に自身のブログで食道がんになり、治療中であることを告白していた。(詳細は確認取れ次第再度お送りします)
http://www.hirambullock.com/blog.html
http://www.willlee.com/home.php
昨日(26日)午後から、ハイラム死去のニュースがかけめぐっているのだが、まだ確認が取れない。なお、ウィキペディアの英語版には、2008年7月25日死去と書かれている。詳細情報が確認でき次第、改めてご紹介します。
ENT>OBITUARY
○Mint Condition Live At Billboard
2008年7月27日【ミント・コンディション・ライヴ】
爆発。
「さあ、ステージにお迎えください、ミネアポリスズ・オウン〜〜、ミント・コンディッション!!」 シャウトするのはマネージャー氏。さっそうとバンドメンバーがステージにあがり、少し遅れてリード・シンガー、ストークリー・ウィリアムスがジャンプしながら駆け上がった。
ミネアポリス=ジャム&ルイス・コネクションのミント・コンディションの2006年6月以来、約2年1ヶ月ぶりの来日公演。ミント・コンディションは、いわゆるセルフ・コンテインド・グループ(自給自足グループ。すべて自分たちで曲も書き、演奏もして、歌も歌うグループのこと)だ。彼らはかつてジャム&ルイスのプロデュースで華々しくデビューしたが、その後インディ・レーベルに移ったが、なんとインディでもアルバムを2-30万枚近く売るらしい。実際アルバム・チャートでも1位になっている。
それにしても、ブラック・エンタテインメント、ブラック・ミュージックの「核」となるグルーヴ感とは何か、それをそのまま如実にあらわすライヴだ。体のDNAからほとばしり出る黒いファンクネスを、彼らは当たり前のように、普通に醸し出す。ストークリーのバネのなんたる強さよ。そして、喉の強さ。うまいという以前に強い、強力、迫力に圧倒される。ソウル大爆発だ。
リードのストークリーは、前回も見せたが、ドラムスを上手に叩く。「いいドラマーはいいシンガー」の模範のような人物だ。途中でドラム・ソロを披露。「ドラムス出身のシンガーというと、ジェフリー・オズボーン、マーヴィン・ゲイなんかもいますよね」と同行松尾氏。「テディ・ペンダーグラスもドラマー出身ね」と僕。そういえば、あとで思い出したが、モーリス・ホワイトもそうだった。アンコールの「ブレイキン…」は最高に盛り上がる。途中のブレイクもやんやの喝采だ。松尾氏解説続く。「あのストークリーのストールね、あれね、アレクサンダー・マックイーンっていうブランドのものなんですよ。けっこうおしゃれさんですね」 ほおおっ。僕のまったく知らない豆知識豊富な松尾さん。
なお、前回パスポート切れが来日直前に判明して来日できなかった、ホーマーは今回はパスポートを用意していて、ちゃんと来日できた。
ライヴ後、ソウル、R&B系ライターとして大活躍の川口真紀さんを松尾さんにご紹介いただいた。川口さんはあちこちでR&B系の記事を書いておられるが、なんと学生時代にシンコー出版の今はなくなってしまった音楽誌のライター募集に、ミント・コンディション3枚目のアルバム評論を書いて応募し、それが認められ、この道に入ったという。だから、ミントにもかなり思い入れがあるそうだ。われわれのテーブルの手前に、広尾のレストラン・オウナー、シルヴァーノ氏と奥さんでシンガーのアンドレアさん、そしてその友達らがいて、ライヴ中大いに盛り上がっていた。その友達の中に、『フィリー・ソウル・イン・ギンザ』(2007年10月)で歌ってもらったポーラ・ジョンソンがいて、それ以来の再会。それから、ブレンダも来ていた。そしてもうひとり、ミント大好きというDJデイヴ・フロム氏も来ていた。久しぶりに会った。デイヴさんはいつものようにかなりよっぱらっていた。ごきげん。だが、何か(「フォーエヴァー・イン・ユア・アイズ」だったか)をなんでやらないんだ、と少しふきげん。前回来日時に会っていたマネージャー氏が僕のことを覚えていてくれ「ライヴ・レヴュー書いてくれたよね、ありがとう」といわれて、驚いた。
ミントのメンバーは終わった後、しっかりサイン会。
■ 最新作 『Eライフ』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0013E13SU/soulsearchiho-22/ref=nosim/
■ 過去関連記事
June 24, 2006
Mint Condition Live: Gold Dust Pouring On Them
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200606/2006_06_24.html
ミント・コンディション前回来日ライヴ評。
■ メンバー
ストークリー・ウィリアムス / Stokley Williams (Vocals)
リッキー・キンチェン / Ricky Kinchen (Bass)
ロバート・コモドア / Robert Commodore(Drums)
ジェフリー・アレン / Jeffrey Allen (Keyboards/Saxophone)
ローレンス・EL / Lawrence El (Keyboards)
ホーマー・オーデル / Homer O’dell (Guitar)
■セットリスト ミント・コンディション
Setlist: Mint Condition @ Billboard Live, July 25, 2008
Show started 21:30
01. Intro
02. Gratitude (From New CD “E-Life”)
03. You Don’t Have To Hurt No More
04. Whoaa
05. So Fine
06. It’s Hard
07. Nothing Left To Say (From New CD “E-Life”)
08. Drum Solo: By Robert Commodore : Runnin’
09. Drum Solo: By Stokley Williams
10. Sax Solo: By Jeffrey Allen
11. (11-12 Medley) Someone To Love
12. U Send Me Swingin’
13. Baby Boy Baby Girl (New song) (From New CD “E-Life”)
14. What You Bring To The Party (A Riff of Soul Power)
Enc. Breakin’ My Heart (Pretty Brown Eyes)
Show ended 22:56
(2008年7月25日金曜、ビルボード・ライヴ=ミント・コンディション・ライヴ)
ENT>MUSIC>LIVE>Mint Condition
2008-126
爆発。
「さあ、ステージにお迎えください、ミネアポリスズ・オウン〜〜、ミント・コンディッション!!」 シャウトするのはマネージャー氏。さっそうとバンドメンバーがステージにあがり、少し遅れてリード・シンガー、ストークリー・ウィリアムスがジャンプしながら駆け上がった。
ミネアポリス=ジャム&ルイス・コネクションのミント・コンディションの2006年6月以来、約2年1ヶ月ぶりの来日公演。ミント・コンディションは、いわゆるセルフ・コンテインド・グループ(自給自足グループ。すべて自分たちで曲も書き、演奏もして、歌も歌うグループのこと)だ。彼らはかつてジャム&ルイスのプロデュースで華々しくデビューしたが、その後インディ・レーベルに移ったが、なんとインディでもアルバムを2-30万枚近く売るらしい。実際アルバム・チャートでも1位になっている。
それにしても、ブラック・エンタテインメント、ブラック・ミュージックの「核」となるグルーヴ感とは何か、それをそのまま如実にあらわすライヴだ。体のDNAからほとばしり出る黒いファンクネスを、彼らは当たり前のように、普通に醸し出す。ストークリーのバネのなんたる強さよ。そして、喉の強さ。うまいという以前に強い、強力、迫力に圧倒される。ソウル大爆発だ。
リードのストークリーは、前回も見せたが、ドラムスを上手に叩く。「いいドラマーはいいシンガー」の模範のような人物だ。途中でドラム・ソロを披露。「ドラムス出身のシンガーというと、ジェフリー・オズボーン、マーヴィン・ゲイなんかもいますよね」と同行松尾氏。「テディ・ペンダーグラスもドラマー出身ね」と僕。そういえば、あとで思い出したが、モーリス・ホワイトもそうだった。アンコールの「ブレイキン…」は最高に盛り上がる。途中のブレイクもやんやの喝采だ。松尾氏解説続く。「あのストークリーのストールね、あれね、アレクサンダー・マックイーンっていうブランドのものなんですよ。けっこうおしゃれさんですね」 ほおおっ。僕のまったく知らない豆知識豊富な松尾さん。
なお、前回パスポート切れが来日直前に判明して来日できなかった、ホーマーは今回はパスポートを用意していて、ちゃんと来日できた。
ライヴ後、ソウル、R&B系ライターとして大活躍の川口真紀さんを松尾さんにご紹介いただいた。川口さんはあちこちでR&B系の記事を書いておられるが、なんと学生時代にシンコー出版の今はなくなってしまった音楽誌のライター募集に、ミント・コンディション3枚目のアルバム評論を書いて応募し、それが認められ、この道に入ったという。だから、ミントにもかなり思い入れがあるそうだ。われわれのテーブルの手前に、広尾のレストラン・オウナー、シルヴァーノ氏と奥さんでシンガーのアンドレアさん、そしてその友達らがいて、ライヴ中大いに盛り上がっていた。その友達の中に、『フィリー・ソウル・イン・ギンザ』(2007年10月)で歌ってもらったポーラ・ジョンソンがいて、それ以来の再会。それから、ブレンダも来ていた。そしてもうひとり、ミント大好きというDJデイヴ・フロム氏も来ていた。久しぶりに会った。デイヴさんはいつものようにかなりよっぱらっていた。ごきげん。だが、何か(「フォーエヴァー・イン・ユア・アイズ」だったか)をなんでやらないんだ、と少しふきげん。前回来日時に会っていたマネージャー氏が僕のことを覚えていてくれ「ライヴ・レヴュー書いてくれたよね、ありがとう」といわれて、驚いた。
ミントのメンバーは終わった後、しっかりサイン会。
■ 最新作 『Eライフ』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0013E13SU/soulsearchiho-22/ref=nosim/
■ 過去関連記事
June 24, 2006
Mint Condition Live: Gold Dust Pouring On Them
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200606/2006_06_24.html
ミント・コンディション前回来日ライヴ評。
■ メンバー
ストークリー・ウィリアムス / Stokley Williams (Vocals)
リッキー・キンチェン / Ricky Kinchen (Bass)
ロバート・コモドア / Robert Commodore(Drums)
ジェフリー・アレン / Jeffrey Allen (Keyboards/Saxophone)
ローレンス・EL / Lawrence El (Keyboards)
ホーマー・オーデル / Homer O’dell (Guitar)
■セットリスト ミント・コンディション
Setlist: Mint Condition @ Billboard Live, July 25, 2008
Show started 21:30
01. Intro
02. Gratitude (From New CD “E-Life”)
03. You Don’t Have To Hurt No More
04. Whoaa
05. So Fine
06. It’s Hard
07. Nothing Left To Say (From New CD “E-Life”)
08. Drum Solo: By Robert Commodore : Runnin’
09. Drum Solo: By Stokley Williams
10. Sax Solo: By Jeffrey Allen
11. (11-12 Medley) Someone To Love
12. U Send Me Swingin’
13. Baby Boy Baby Girl (New song) (From New CD “E-Life”)
14. What You Bring To The Party (A Riff of Soul Power)
Enc. Breakin’ My Heart (Pretty Brown Eyes)
Show ended 22:56
(2008年7月25日金曜、ビルボード・ライヴ=ミント・コンディション・ライヴ)
ENT>MUSIC>LIVE>Mint Condition
2008-126
☆Fukamachi Jun #91: Dream And Memento
2008年7月28日夢。
ピアノ即興演奏月例定例会、その91。100回まであと9回。今日は、「夢」と「想い出」の話と曲。
トーク小ネタ、回文。「しょきロココの心潔」「トマト」「旅からすは、すらかびた」
「そんな回文という遊びもありますが、音楽にも実はあります。頭から普通にその楽譜を弾く人(左の上から右へ、下へ)と、別の人が、その楽譜を上下ひっくり返して逆から同時に弾く、それでも曲としてちゃんと成り立つ、そんなのを昔の人は作っていたりしました。音楽の回文みたいなものですよね。昔はそういう遊びがあったんですね。お題拝借も、そんな遊びのひとつです」
「よくタクシーなんかに乗って、『お客さん、お仕事は?』なんて訊かれると『ミュージシャンです』って答えるんですね。そうすると、『うちの息子がミュージシャンになりたいって言ってるんですが、どうやったらミュージシャンになれるんでしょう』と訊かれる。でも、そんな道はない。(タクシーの)運転手ならまず免許を取ればいい。子供がミュージシャンになりたいと言うと、親は100パーセント心配する。たくさんの若者が僕のところにもミュージシャンになりたいと言ってやってきます。だが、僕にはそうした彼らに正しい助言を与えることもできない。言えるのは、『ラッキーなら、ミュージシャンになって巨万の富を得られるでしょう』、『ラッキーなら、世界のヒーローになれるかもしれない』 (誰もそうは)なれない、とは誰も言えない。なれるとも誰も言えない」
「それは夢というものに似ているかもしれない。夢というのは、叶うかどうかはどうでもいい。(夢は)見ることが大切だと僕は思います。それは人生の目標と同じだと思うんです。(客席に向かって) みんなはどういう人生が素晴らしい人生だと思う? 僕が信じていることはひとつです。死ぬ間際に、『僕の人生は素晴らしい人生だった』と思えれば、それが『素晴らしい人生だ』と思う。で、そのためにどうすればいいかというと、これがわからないんですけど、でも、ひとつ、そういう人生を歩むために何が必要か、というと僕にとってもっとも大切なことは、『夢をみること』です。(夢が)叶うこと、叶えることじゃない。(客席から拍手) 夢なんて叶わないんですよ。でも、ある目標、目的を持って生きることはとても大切です」
「で、そういう夢をみている若者のひとりなんでしょう。その彼がやってきて、『深町さん、1曲歌わせてください』と言ってきたので、『いいよ』と言った。彼はまだプロではなく、将来プロになりたいと思っている人なんだと思う。深町君のピアノで歌えるなんてめったにできないことだけど、彼が素晴らしいのは、『深町さんとやりたい』、そう言ってきたことです。僕はそういう人は受け入れることにしている。年寄の務めは、若い人が何かやりたいと言ってきたら、それをバックアップしてあげることだと思うので…。正哉くんです」
と言って、深町さんはアメリカ帰りの歌手志望の若者を紹介した。岡野正哉くんといい、父親の友人の知り合いが深町さんと知り合いで、先月ここに見に来て、深町さんに1曲歌わせてください、と直談判し、今月、楽譜を持ってやってきて歌うことになった。彼が歌ったのは、ビリー・ジョエルの「オネスティー」とイーグルスの「デスペラード」。なかなかはっきり聞き取れる大きな声の歌い手だ。ここでは2曲ポップスを歌ったが、後で話をしたら、一番好きなのはR&Bだそうで、後で自作自演のデモCDを聴いたら、今風R&Bだった。なかなかいい感じ。
想い出。
セカンドの最後で、楽譜を取り出しながら彼は話し始めた。「あんまりふだんは(この会では)歌わないんですが、今日はふと歌ってもいいかな、と思って(楽譜を)もって来ました。僕はその昔、10年くらい一緒に住んで付き合ってた彼女に、ある事件があって、振られたんですよ。で、その彼女になんとか戻ってきて欲しいと思って、どうすればいいか考えたんですが、歌を書いたら戻ってきてくれるかもしれないと思って、書いたんです。それがこれなんですが、でも、彼女は全然戻ってきてくれませんでした。残念ながら。(笑) でも、僕はこの曲は気に入っていて…。そんな想い出の曲です」
そう言って歌い始めた彼の名曲「誕生日」。今まで数回聴いた。直近ではこの会に毎回来ていたジェームスさんが亡くなったあとの回(2007年4月、その前は2006年5月にも)で、ジェームスさんへ捧げて歌ったのが記憶に新しい。今回は、せっかくなので、歌詞をご紹介したい。いい曲、いい詞です。
『誕生日』(作詞作曲・歌・深町純)
今日は誕生日 君の生まれた日
蒼い春風 吹くころ
君は目を覚ました
長い年月(としつき)が 僕たちを包む
初めて出会ったときから
いつも君がいた
さまざまな出来事が 過ぎ行くときに流れ
銀河を抱(だ)く 夜空の中で
すべてがいとおしい
笑いあえる日を 僕は信じてる
大切な想い出を今 君にありがとう
(間奏)
今日は誕生日 夢が生まれた日
愛をいっぱい 差し込む
君は手を伸ばした
雨が降る朝も 星光る夜も
変わらぬ想いは君へと
いつもあふれてく
喜びや悲しみが 待ち伏せるだろう 明日も
優しさだけ 贈りたいけど
言葉じゃ足りないよ
周り道しても 幸せにしたい
せつなさも抱きしめさせて
君を愛してる
さまざまな出来事が 過ぎ行くときに流れ
銀河を抱(だ)く 夜空の中で
すべてがいとおしい
笑いあえる日を 僕は信じてる
大切な想い出を今 君にありがとう
+++++
というわけで、今回は歌ものが珍しく3曲。2001年1月から始まったこの会、数えて91回目。「最低、100回目までは続ける」という深町さん、100回目は2009年4月25日の予定だ。
■ 過去記事
June 29, 2008
Fukamachi Jun #90 : I Will Play Piano For Your Funeral
http://blog.soulsearchin.com/archives/2008_06_29.html
June 01, 2008
Fukamachi Jun #89: Keyboard Party
http://blog.soulsearchin.com/archives/002550.html
April 27, 2008
Fukamachi Jun #88: Jun Lose To Young Energy
http://blog.soulsearchin.com/archives/002483.html
March 30, 2008
Fukamachi Jun #87
http://blog.soulsearchin.com/archives/2008_03_30.html
■セットリスト深町純 91回
Setlist : Fukamachi Jun #91 @FJ’s, July 26, 2008
Fukamachi Jun (Keyboard, Yamaha CP80)
Okano Masaya (Walk-in Singer)
1st set
show started 20:04
01. 2008年7月26日20時04分の作品(14:30)
02. 2008年7月26日20時24分の作品(23:10)
03. Honesty (Sung by Okano Masaya) (3:39)
04. Desperado (Sung by Okano Masaya)(3:34)
Show ended 21:06
2 nd set
show started 21:32
01. 2008年7月26日お題拝借作品1(小泉さんのメロディーから)(2:01)
02. 2008年7月26日お題拝借作品2(藤井さんのメロディーから)(2:31)
02. 2008年7月26日お題拝借作品3 (2:06)
03. 2008年7月26日21時47分の作品 (13:56)
04. 2008年7月26日22時01分の作品 (15:58)
05. 誕生日 (歌・深町純)(6:26)
show ended 22:33
■過去の音楽比率(ライヴ全体の中での音楽の割合を表します。音楽60%は40%がトークということです)(単位は%)
2008年01月26日 第一部 71.90 第二部 59.06 (第85回)
2008年02月24日 第一部 64.80 第二部 48.43 (第86回)
2008年03月29日 第一部 67.78 第二部 73.29(第87回)
2008年04月26日 第一部 54.13 第二部 74.46(第88回)
2008年05月31日 第一部 54.06 第二部 83.84(第89回)
2008年06月28日 第一部 58.38 第二部 74.94(第90回)
2008年07月26日 第一部 72.38 第二部 70.49 (第91回)
(2008年07月26日土曜、祐天寺FJズ=深町純ライヴ)
ENT>MUSIC>LIVE>Fukamachi, Jun
2008-127
ピアノ即興演奏月例定例会、その91。100回まであと9回。今日は、「夢」と「想い出」の話と曲。
トーク小ネタ、回文。「しょきロココの心潔」「トマト」「旅からすは、すらかびた」
「そんな回文という遊びもありますが、音楽にも実はあります。頭から普通にその楽譜を弾く人(左の上から右へ、下へ)と、別の人が、その楽譜を上下ひっくり返して逆から同時に弾く、それでも曲としてちゃんと成り立つ、そんなのを昔の人は作っていたりしました。音楽の回文みたいなものですよね。昔はそういう遊びがあったんですね。お題拝借も、そんな遊びのひとつです」
「よくタクシーなんかに乗って、『お客さん、お仕事は?』なんて訊かれると『ミュージシャンです』って答えるんですね。そうすると、『うちの息子がミュージシャンになりたいって言ってるんですが、どうやったらミュージシャンになれるんでしょう』と訊かれる。でも、そんな道はない。(タクシーの)運転手ならまず免許を取ればいい。子供がミュージシャンになりたいと言うと、親は100パーセント心配する。たくさんの若者が僕のところにもミュージシャンになりたいと言ってやってきます。だが、僕にはそうした彼らに正しい助言を与えることもできない。言えるのは、『ラッキーなら、ミュージシャンになって巨万の富を得られるでしょう』、『ラッキーなら、世界のヒーローになれるかもしれない』 (誰もそうは)なれない、とは誰も言えない。なれるとも誰も言えない」
「それは夢というものに似ているかもしれない。夢というのは、叶うかどうかはどうでもいい。(夢は)見ることが大切だと僕は思います。それは人生の目標と同じだと思うんです。(客席に向かって) みんなはどういう人生が素晴らしい人生だと思う? 僕が信じていることはひとつです。死ぬ間際に、『僕の人生は素晴らしい人生だった』と思えれば、それが『素晴らしい人生だ』と思う。で、そのためにどうすればいいかというと、これがわからないんですけど、でも、ひとつ、そういう人生を歩むために何が必要か、というと僕にとってもっとも大切なことは、『夢をみること』です。(夢が)叶うこと、叶えることじゃない。(客席から拍手) 夢なんて叶わないんですよ。でも、ある目標、目的を持って生きることはとても大切です」
「で、そういう夢をみている若者のひとりなんでしょう。その彼がやってきて、『深町さん、1曲歌わせてください』と言ってきたので、『いいよ』と言った。彼はまだプロではなく、将来プロになりたいと思っている人なんだと思う。深町君のピアノで歌えるなんてめったにできないことだけど、彼が素晴らしいのは、『深町さんとやりたい』、そう言ってきたことです。僕はそういう人は受け入れることにしている。年寄の務めは、若い人が何かやりたいと言ってきたら、それをバックアップしてあげることだと思うので…。正哉くんです」
と言って、深町さんはアメリカ帰りの歌手志望の若者を紹介した。岡野正哉くんといい、父親の友人の知り合いが深町さんと知り合いで、先月ここに見に来て、深町さんに1曲歌わせてください、と直談判し、今月、楽譜を持ってやってきて歌うことになった。彼が歌ったのは、ビリー・ジョエルの「オネスティー」とイーグルスの「デスペラード」。なかなかはっきり聞き取れる大きな声の歌い手だ。ここでは2曲ポップスを歌ったが、後で話をしたら、一番好きなのはR&Bだそうで、後で自作自演のデモCDを聴いたら、今風R&Bだった。なかなかいい感じ。
想い出。
セカンドの最後で、楽譜を取り出しながら彼は話し始めた。「あんまりふだんは(この会では)歌わないんですが、今日はふと歌ってもいいかな、と思って(楽譜を)もって来ました。僕はその昔、10年くらい一緒に住んで付き合ってた彼女に、ある事件があって、振られたんですよ。で、その彼女になんとか戻ってきて欲しいと思って、どうすればいいか考えたんですが、歌を書いたら戻ってきてくれるかもしれないと思って、書いたんです。それがこれなんですが、でも、彼女は全然戻ってきてくれませんでした。残念ながら。(笑) でも、僕はこの曲は気に入っていて…。そんな想い出の曲です」
そう言って歌い始めた彼の名曲「誕生日」。今まで数回聴いた。直近ではこの会に毎回来ていたジェームスさんが亡くなったあとの回(2007年4月、その前は2006年5月にも)で、ジェームスさんへ捧げて歌ったのが記憶に新しい。今回は、せっかくなので、歌詞をご紹介したい。いい曲、いい詞です。
『誕生日』(作詞作曲・歌・深町純)
今日は誕生日 君の生まれた日
蒼い春風 吹くころ
君は目を覚ました
長い年月(としつき)が 僕たちを包む
初めて出会ったときから
いつも君がいた
さまざまな出来事が 過ぎ行くときに流れ
銀河を抱(だ)く 夜空の中で
すべてがいとおしい
笑いあえる日を 僕は信じてる
大切な想い出を今 君にありがとう
(間奏)
今日は誕生日 夢が生まれた日
愛をいっぱい 差し込む
君は手を伸ばした
雨が降る朝も 星光る夜も
変わらぬ想いは君へと
いつもあふれてく
喜びや悲しみが 待ち伏せるだろう 明日も
優しさだけ 贈りたいけど
言葉じゃ足りないよ
周り道しても 幸せにしたい
せつなさも抱きしめさせて
君を愛してる
さまざまな出来事が 過ぎ行くときに流れ
銀河を抱(だ)く 夜空の中で
すべてがいとおしい
笑いあえる日を 僕は信じてる
大切な想い出を今 君にありがとう
+++++
というわけで、今回は歌ものが珍しく3曲。2001年1月から始まったこの会、数えて91回目。「最低、100回目までは続ける」という深町さん、100回目は2009年4月25日の予定だ。
■ 過去記事
June 29, 2008
Fukamachi Jun #90 : I Will Play Piano For Your Funeral
http://blog.soulsearchin.com/archives/2008_06_29.html
June 01, 2008
Fukamachi Jun #89: Keyboard Party
http://blog.soulsearchin.com/archives/002550.html
April 27, 2008
Fukamachi Jun #88: Jun Lose To Young Energy
http://blog.soulsearchin.com/archives/002483.html
March 30, 2008
Fukamachi Jun #87
http://blog.soulsearchin.com/archives/2008_03_30.html
■セットリスト深町純 91回
Setlist : Fukamachi Jun #91 @FJ’s, July 26, 2008
Fukamachi Jun (Keyboard, Yamaha CP80)
Okano Masaya (Walk-in Singer)
1st set
show started 20:04
01. 2008年7月26日20時04分の作品(14:30)
02. 2008年7月26日20時24分の作品(23:10)
03. Honesty (Sung by Okano Masaya) (3:39)
04. Desperado (Sung by Okano Masaya)(3:34)
Show ended 21:06
2 nd set
show started 21:32
01. 2008年7月26日お題拝借作品1(小泉さんのメロディーから)(2:01)
02. 2008年7月26日お題拝借作品2(藤井さんのメロディーから)(2:31)
02. 2008年7月26日お題拝借作品3 (2:06)
03. 2008年7月26日21時47分の作品 (13:56)
04. 2008年7月26日22時01分の作品 (15:58)
05. 誕生日 (歌・深町純)(6:26)
show ended 22:33
■過去の音楽比率(ライヴ全体の中での音楽の割合を表します。音楽60%は40%がトークということです)(単位は%)
2008年01月26日 第一部 71.90 第二部 59.06 (第85回)
2008年02月24日 第一部 64.80 第二部 48.43 (第86回)
2008年03月29日 第一部 67.78 第二部 73.29(第87回)
2008年04月26日 第一部 54.13 第二部 74.46(第88回)
2008年05月31日 第一部 54.06 第二部 83.84(第89回)
2008年06月28日 第一部 58.38 第二部 74.94(第90回)
2008年07月26日 第一部 72.38 第二部 70.49 (第91回)
(2008年07月26日土曜、祐天寺FJズ=深町純ライヴ)
ENT>MUSIC>LIVE>Fukamachi, Jun
2008-127
【ミネアポリス最強ファンク軍団=ザ・トゥルース】
強力。
先日のミント・コンディションのライヴで、彼らのマネージャーであるジェフさんから今自分がてがけているもうひとつのグループだといって、ザ・トゥルースというグループのCDを手渡された。
そういえば、うわさには聞いていたが、これが実に強力なメンバーが集まったグループだ。メンバーは次の通り。( )内にこれまでにいたグループ。
St. Paul Peterson (Lead Vocal, Keyboards) (The Time, The Family)
Jellybean Johnson(Guitar, Vocal) (The Time, The Family)
O’Dell(Guitar, Vocal) (Mint Condition)
Donnie LaMarca (Keyboards) (St. Paul, Giorgia, Ann Nesby, Jonny Lang)
Jerry Hubbard(Lead Vocal, Bass, Guitar) (The Time, Jesse Johnson)
Chance Howard (Lead Vocal, Bass, Keyboards) (Prince, The Time)
Kirk Johnson (Lead Vocals, Drums)(Prince)
Eric Leeds (Sax, Keyboards, Vocal) (Prince)
グループのコンセプトは、オハイオ・プレイヤーズやキャメオのようなグループ・サウンドに、ミネアポリスのファンク・サウンドを足したようなファンクを目指す、というもの。そして、2007年5月31日ミネアポリスの「ファイン・ライン」というライヴ・ハウスでライヴが行われ、その模様がレコーディングされ、CDとなってリリースされた。そして、このメンバーが作り出すファンクは、まさにリアル・ミュージシャンのリアル・ファンク。
その曲目リストを見れば、彼らが何を目指しているか、よくわかる。
Track Listing:
The Truth ; Live (MidAmerica Records MAR1001)
1. One Nation Under A Groove
2. Fire
3. Soul Power
4. River Run Dry
5. Screams Of Passion
6. Nothing Compares 2 U
7. High Fashion
8. Mutiny
9. Jungle Love
10. Ten
11. She’s Strange
12. DMSR
13. Erotic City
14. America
CDを聴くと、実に強力なファンク・サウンドが展開される。いやあ、ごきげんだ。おそらく、これはCDよりも、ライヴのほうがより大きな魅力を見せるだろうと思わせられる。このメンバーで日本に来たら、かなりライヴは盛り上がりそう。ただ現状、CDも日本発売されていないので知名度が低いのがネックになるか。
ENT>ARTIST>The Truth
強力。
先日のミント・コンディションのライヴで、彼らのマネージャーであるジェフさんから今自分がてがけているもうひとつのグループだといって、ザ・トゥルースというグループのCDを手渡された。
そういえば、うわさには聞いていたが、これが実に強力なメンバーが集まったグループだ。メンバーは次の通り。( )内にこれまでにいたグループ。
St. Paul Peterson (Lead Vocal, Keyboards) (The Time, The Family)
Jellybean Johnson(Guitar, Vocal) (The Time, The Family)
O’Dell(Guitar, Vocal) (Mint Condition)
Donnie LaMarca (Keyboards) (St. Paul, Giorgia, Ann Nesby, Jonny Lang)
Jerry Hubbard(Lead Vocal, Bass, Guitar) (The Time, Jesse Johnson)
Chance Howard (Lead Vocal, Bass, Keyboards) (Prince, The Time)
Kirk Johnson (Lead Vocals, Drums)(Prince)
Eric Leeds (Sax, Keyboards, Vocal) (Prince)
グループのコンセプトは、オハイオ・プレイヤーズやキャメオのようなグループ・サウンドに、ミネアポリスのファンク・サウンドを足したようなファンクを目指す、というもの。そして、2007年5月31日ミネアポリスの「ファイン・ライン」というライヴ・ハウスでライヴが行われ、その模様がレコーディングされ、CDとなってリリースされた。そして、このメンバーが作り出すファンクは、まさにリアル・ミュージシャンのリアル・ファンク。
その曲目リストを見れば、彼らが何を目指しているか、よくわかる。
Track Listing:
The Truth ; Live (MidAmerica Records MAR1001)
1. One Nation Under A Groove
2. Fire
3. Soul Power
4. River Run Dry
5. Screams Of Passion
6. Nothing Compares 2 U
7. High Fashion
8. Mutiny
9. Jungle Love
10. Ten
11. She’s Strange
12. DMSR
13. Erotic City
14. America
CDを聴くと、実に強力なファンク・サウンドが展開される。いやあ、ごきげんだ。おそらく、これはCDよりも、ライヴのほうがより大きな魅力を見せるだろうと思わせられる。このメンバーで日本に来たら、かなりライヴは盛り上がりそう。ただ現状、CDも日本発売されていないので知名度が低いのがネックになるか。
ENT>ARTIST>The Truth
▼Hiram Bullock Dies At 52
2008年7月30日【ハイラム・ブロック死去】
訃報。
ジャズ、フュージョン、ソウルなどでおなじみのニューヨークのギタリスト、ハイラム・ブロックが去る2008年7月25日、ニューヨークで死去した。52歳だった。正確な死因、死亡時刻、場所などは、依然発表されていないが、死去自体は7月28日月曜日のテレビ番組『レイト・ナイト・ウィズ・デイヴィッド・レターマン』の番組内で発表された。ハイラムは、同番組のハウス・バンドの一員としても活動していた。また親友でもあるミュージシャンのウィル・リーが彼のウェッブページで死去したことを7月26日に書き込んでいた。
死因に関しては、2008年3月の自身のブログの中で咽喉癌(いんこう がん)または食道癌にかかり、治療中であることを明かしている。また複数の情報源は、ハイラムにはドラッグに関するトラブルがあり、そのドラッグ関係のものではないかと推測しているものもある。
葬儀は来る8月5日(火曜日)午後6時からニューヨーク・マンハッタン15丁目のブディスト・センターで行われる。
Tuesday, August 5th, 2008 at 6:00 PM at:
The Buddhist Center
7 East 15th St, New York
ハイラム自身のブログ
http://www.hirambullock.com/blog.html
3月29日付のブログでは、こう書き綴っている。「1月に口内に腫瘍があると診断されたが、心配はいらない。対処できるものだ。だがその処置はけっこうやっかいだ。癌を殺すために、僕に毒を盛り、そして(癌細胞を殺してから)僕を健康状態に戻すというわけだ。(もっとも最後に健康になるかならないかは僕自身にかかっているのだが) なにはともあれ、少し体重を落とさなくてはならない。病院で一番つらいことは、なによりも、本当に重い病気にかかり落ち込んでいる人々を見ることだ。(中略) 今後も状況を報告するが、現在最悪なことは、味覚がなくなっていること。(大好物の)ビーン・ブリトーさえ食べたいと思わないんだ。医者はすぐに(味覚は)戻ると言ってるが、それが待ちきれないよ」
ウィル・リーの書き込み
http://www.willlee.com/home.php
+++++
大阪。
ハイラムは1955年9月11日、日本の大阪生まれ。両親が米軍に所属、日本に駐在していたため、日本生まれとなった。2歳でニューヨークに移り、後にバルティモアで育つ。最初はピアノを学び、6歳で初めて人前でリサイタルを開いた。その後、11歳でサックスを練習し始め、中学時代にベースをプレイするようになったが、その後「女の子にもてるために」16歳でギターに転向した。マイアミ・ミュージック・スクールで音楽を学び、同地を本拠に活動を開始。この時期に、後にセッションなどで共演するようになるパット・メセニー、ジャコ・パストリアスらと知り合う。
一時期マイアミを本拠としていたソウル・シンガー、フィリス・ハイマンのバックバンドになったことで、後にフィリスとともにニューヨークへ移り、その後、ニューヨークでライヴ・ミュージシャンとして頭角を現し、多くのセッション、ライヴ、レコーディングに参加した。
特に1980年代に入ってからの活躍は目覚しく、デイヴィッド・サンボーンと知り合い、さらにプロデューサーのフィル・ラモーンなどにも気に入られ、多くのアーティストのサポートを勤めた。また、マーカス・ミラー、デイヴィッド・サンボーンらもいたテレビ番組『デイヴィッド・レターマン・ショウ』のハウス・バンドの一員に、さらに同じくテレビ番組『サタデイ・ナイト・ライヴ』のハウス・バンドにもなり、サンボーンが中心となった音楽番組『ナイト・ミュージック』の音楽監督にも抜擢されている。1983年からソロ活動に重点を置き始め1986年、アトランティックから初の自己名義アルバム『フロム・オール・サイズ』をさらに、『ギヴ・イット・ホワット・ユー・ガット』をリリース、シーンに大きなインパクトを与えた。
また、盟友ウィル・リーらと組んだ24丁目バンドは、特に日本で人気が高くライヴも好評だった。さらに、日本独自のスマップのヒット曲をニューヨークのスタジオ・ミュージシャンがレコーディングしたスマッピーズのアルバムにも参加している。
日本にも何度も自身のバンド、他のアーティストのサポートメンバーとして来日している。最近では、2007年5月のブルーノートでのライヴ、さらに同年9月の東京ジャズで元気なところを見せていた。
■ 2000年の作品『ギターマン』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005GWQE/soulsearchiho-22/ref=nosim/
+++++
巨漢。
僕が最後にハイラムを見たのは、昨年(2007年)9月の東京ジャズ、さらにその少し前、同年5月のブルーノートのライヴ。ライヴ評にも書かれているが、いつものことながら、彼はパフォーマンスの途中で、ワイアレスのギターゆえにどんどん会場内を歩き回り、あの巨漢で小さなブルーノートのテーブルの上に乗ってプレイする。当然、小さなテーブルだから、スタッフが3人がかりで、テーブルをがっちり抑える。あれ、よく足とか折れないもんだ、と思って見ていた。とにかくサーヴィス精神旺盛なギターマンだ。彼の音楽性はロック、ファンク、ジャズなどなんでも貪欲に取り入れるところに特徴があった。体が大きいから、本当にギターが小さく見えた。日本では渡辺貞夫さん、ジーノなどとも共演している。
■過去記事 ハイラム・ブロック
May 26, 2007
Hiram Bullock : Plays Stevie Songs
http://www.soulsearchin.com//soul-diary/archive/200705/2007_05_26.html
昨年ブルーノートでのライヴ。
September 22, 2007
Tokyo Jazz 2007: Joe Sample & Randy Crawford, Candy, Etc.
http://www.soulsearchin.com//soul-diary/archive/200709/2007_09_22.html
東京ジャズに出演。ただしこの記事ではあまりふれていません。
とにかく観客を楽しませることを徹底してやったギタリストだった。そして、もちろん自分も楽しんでいた。去年見たときは、元気いっぱいだったので、まさかこんなに早く死去するなんて、夢にも思わなかった。
しかし、ハイラム死去のニュースはまったく一般メディアにでてこない。個人のブログにはけっこうでてきているのに、ニューヨークの新聞、ビルボード誌などでさえも、でてこない。なぜなのだろう。僕もマネージメントに確認の問い合わせをしているのだが、まったく返事がない。不思議だ。
ご冥福をお祈りする。
ENT>OBITUARY>Bullock, Hiram (September 11, 1955 - July 25, 2008 = 52)
訃報。
ジャズ、フュージョン、ソウルなどでおなじみのニューヨークのギタリスト、ハイラム・ブロックが去る2008年7月25日、ニューヨークで死去した。52歳だった。正確な死因、死亡時刻、場所などは、依然発表されていないが、死去自体は7月28日月曜日のテレビ番組『レイト・ナイト・ウィズ・デイヴィッド・レターマン』の番組内で発表された。ハイラムは、同番組のハウス・バンドの一員としても活動していた。また親友でもあるミュージシャンのウィル・リーが彼のウェッブページで死去したことを7月26日に書き込んでいた。
死因に関しては、2008年3月の自身のブログの中で咽喉癌(いんこう がん)または食道癌にかかり、治療中であることを明かしている。また複数の情報源は、ハイラムにはドラッグに関するトラブルがあり、そのドラッグ関係のものではないかと推測しているものもある。
葬儀は来る8月5日(火曜日)午後6時からニューヨーク・マンハッタン15丁目のブディスト・センターで行われる。
Tuesday, August 5th, 2008 at 6:00 PM at:
The Buddhist Center
7 East 15th St, New York
ハイラム自身のブログ
http://www.hirambullock.com/blog.html
3月29日付のブログでは、こう書き綴っている。「1月に口内に腫瘍があると診断されたが、心配はいらない。対処できるものだ。だがその処置はけっこうやっかいだ。癌を殺すために、僕に毒を盛り、そして(癌細胞を殺してから)僕を健康状態に戻すというわけだ。(もっとも最後に健康になるかならないかは僕自身にかかっているのだが) なにはともあれ、少し体重を落とさなくてはならない。病院で一番つらいことは、なによりも、本当に重い病気にかかり落ち込んでいる人々を見ることだ。(中略) 今後も状況を報告するが、現在最悪なことは、味覚がなくなっていること。(大好物の)ビーン・ブリトーさえ食べたいと思わないんだ。医者はすぐに(味覚は)戻ると言ってるが、それが待ちきれないよ」
ウィル・リーの書き込み
http://www.willlee.com/home.php
+++++
大阪。
ハイラムは1955年9月11日、日本の大阪生まれ。両親が米軍に所属、日本に駐在していたため、日本生まれとなった。2歳でニューヨークに移り、後にバルティモアで育つ。最初はピアノを学び、6歳で初めて人前でリサイタルを開いた。その後、11歳でサックスを練習し始め、中学時代にベースをプレイするようになったが、その後「女の子にもてるために」16歳でギターに転向した。マイアミ・ミュージック・スクールで音楽を学び、同地を本拠に活動を開始。この時期に、後にセッションなどで共演するようになるパット・メセニー、ジャコ・パストリアスらと知り合う。
一時期マイアミを本拠としていたソウル・シンガー、フィリス・ハイマンのバックバンドになったことで、後にフィリスとともにニューヨークへ移り、その後、ニューヨークでライヴ・ミュージシャンとして頭角を現し、多くのセッション、ライヴ、レコーディングに参加した。
特に1980年代に入ってからの活躍は目覚しく、デイヴィッド・サンボーンと知り合い、さらにプロデューサーのフィル・ラモーンなどにも気に入られ、多くのアーティストのサポートを勤めた。また、マーカス・ミラー、デイヴィッド・サンボーンらもいたテレビ番組『デイヴィッド・レターマン・ショウ』のハウス・バンドの一員に、さらに同じくテレビ番組『サタデイ・ナイト・ライヴ』のハウス・バンドにもなり、サンボーンが中心となった音楽番組『ナイト・ミュージック』の音楽監督にも抜擢されている。1983年からソロ活動に重点を置き始め1986年、アトランティックから初の自己名義アルバム『フロム・オール・サイズ』をさらに、『ギヴ・イット・ホワット・ユー・ガット』をリリース、シーンに大きなインパクトを与えた。
また、盟友ウィル・リーらと組んだ24丁目バンドは、特に日本で人気が高くライヴも好評だった。さらに、日本独自のスマップのヒット曲をニューヨークのスタジオ・ミュージシャンがレコーディングしたスマッピーズのアルバムにも参加している。
日本にも何度も自身のバンド、他のアーティストのサポートメンバーとして来日している。最近では、2007年5月のブルーノートでのライヴ、さらに同年9月の東京ジャズで元気なところを見せていた。
■ 2000年の作品『ギターマン』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005GWQE/soulsearchiho-22/ref=nosim/
+++++
巨漢。
僕が最後にハイラムを見たのは、昨年(2007年)9月の東京ジャズ、さらにその少し前、同年5月のブルーノートのライヴ。ライヴ評にも書かれているが、いつものことながら、彼はパフォーマンスの途中で、ワイアレスのギターゆえにどんどん会場内を歩き回り、あの巨漢で小さなブルーノートのテーブルの上に乗ってプレイする。当然、小さなテーブルだから、スタッフが3人がかりで、テーブルをがっちり抑える。あれ、よく足とか折れないもんだ、と思って見ていた。とにかくサーヴィス精神旺盛なギターマンだ。彼の音楽性はロック、ファンク、ジャズなどなんでも貪欲に取り入れるところに特徴があった。体が大きいから、本当にギターが小さく見えた。日本では渡辺貞夫さん、ジーノなどとも共演している。
■過去記事 ハイラム・ブロック
May 26, 2007
Hiram Bullock : Plays Stevie Songs
http://www.soulsearchin.com//soul-diary/archive/200705/2007_05_26.html
昨年ブルーノートでのライヴ。
September 22, 2007
Tokyo Jazz 2007: Joe Sample & Randy Crawford, Candy, Etc.
http://www.soulsearchin.com//soul-diary/archive/200709/2007_09_22.html
東京ジャズに出演。ただしこの記事ではあまりふれていません。
とにかく観客を楽しませることを徹底してやったギタリストだった。そして、もちろん自分も楽しんでいた。去年見たときは、元気いっぱいだったので、まさかこんなに早く死去するなんて、夢にも思わなかった。
しかし、ハイラム死去のニュースはまったく一般メディアにでてこない。個人のブログにはけっこうでてきているのに、ニューヨークの新聞、ビルボード誌などでさえも、でてこない。なぜなのだろう。僕もマネージメントに確認の問い合わせをしているのだが、まったく返事がない。不思議だ。
ご冥福をお祈りする。
ENT>OBITUARY>Bullock, Hiram (September 11, 1955 - July 25, 2008 = 52)
【バーケイズ・ライヴ(パート1)〜ファンク大爆発の夜】
大増量。
暑すぎて、熱すぎてもう止まらない。メンフィス・ファンクの雄、ヴェテラン・ファンク・グループ、バーケイズの2006年10月以来、1年9ヶ月ぶりのライヴ。火曜セカンドは、最後ということもあってか、超大盛り上がりで、それまでの4日の中でもっともエネルギーが爆発したパフォーマンスになった。今回何回も見ているソウルメイト(複数)によると、この火曜セカンドが一番曲数も多く、時間を長くやったようだ。実際、僕が前回来日時に見たときよりも、かなり長くなっていた。(前回セットリストがアンコール含めて16曲だったのに比べ、今回はなんと27曲!)久々に「どファンク」のライヴをエンジョイした。
9時半になるかならないかで、バンドの6人がステージに立つ。(前回も1分前にはステージ入りしていたその律儀ぶりを書いていた) そして煽りのMCが「バーケイズ!!」とシャウトすると、オリジナル・ベース・メンバー、飛行機事故からのサヴァイヴァー(正確には事故機に乗らなかった唯一のバーケイズ・メンバー)ことジェームス・アレキサンダーと、1971年以降リード・シンガーとして、現在のバーケイズの顔となっているラリー・ドドソンがステージにかけあがる。こうして8人になったバーケイズはイントロから、そのファンク・エネルギーを大爆発。1曲目からもはや観客はほぼ総立ちだ。アップテンポで、怒涛のファンクに観客もひれ伏し狂態。いやあ、あいかわらずすごい。今回はギターとドラムスが前回メンバーと変わっていたが、そのファンク度合いは、まったく変わらず最高のままだ。しかもこの火曜セカンドは見所たくさんで、書ききれないほどだ。(でも、全部書く。のでパート2までいくと思います)
イントロから7曲目までのノンストップ・メドレーで完全に観客を掌握。客は彼らのファンクの手玉にとられる。バーケイズはファンクのコントロール・タワーになった。そしてノンストップで、初のスロー・ジャム「アンティシペーション」。ちょっと箸休めでほっとするのもつかの間、今度はバック・ヴォーカルのひとりダレル・スタンリーが前に出て1曲披露。これがまた実にいい声の持ち主で、リヴァート(父・息子)を彷彿とさせるシンガー。なんと、彼は今回のドラマー、エマニュエル・コールの実兄だそう。歌うはオージェイズの大ヒット「レット・ミー・メイク・ラヴ・トゥ・ユー」。
さらにマイクを次のコーラス担当アーチー・ラヴに手渡し、彼がレニー・ウィリアムスの「コーズ・アイ・ラヴ・ユー」を熱唱。まさにサザン・フィールたっぷりのディープ・ソウルの喉を聴かせた。このアーチーは、メンフィスのソウル・ヴォーカル・グループ、ソウル・チルドレンらと親交が深く、同グループのリード・シンガー、Jブラックフットのバック・コーラスとしても来日したことがあるという。
今回このレニー・ウィリアムスの楽曲を選んだのは、アーチー自身がレニーとJブラックフットのデュエット作品をプロデュースし、その2人でこの曲をレコーディングしたからだという。彼はその昔、ライト・チョイス、さらにメイン・アトラクションに在籍していたヴェテランだった。1990年ごろ、ライト・チョイスのメンバーとして、六本木の「ペペルモコ」という店の箱バンドとして3-4ヶ月来日していたこともある、という。
2曲の客演を終えて、再びバーケイズ・ファンクへ。「トラフィック・ジャマー」から、なんと今度来日する予定のスライの曲をメドレーで。そして、おなじみの「セックス・オー・マティック」さらに「ムーヴ・ユア・ボディ」。観客は休むことなく、腕を宙に上げ、振る。フロアは狂乱のダンス・フロアに。
そして、ギターのトニーGが、前にでて話始めた。「今日、僕の素晴らしい友達がここにきています。こんなドラマーは見たことがありません。たまたま彼とは同じ誕生日でね、9月9日」といってドラマーを招き入れた。彼はそのまま、ドラムスに。流れてきたイントロはおなじみの、いや、プリンスでおなじみの「パープル・レイン」だった。なぜ?
(この項明日につづく)
■ 過去関連記事 バーケイズ
October 19, 2006
Bar Kays: Funk Explosion!! Sooooo Dynamite!!
http://blog.soulsearchin.com/archives/001339.html
October 23, 2006
Bar Kays: Integrity Of The Soul
http://blog.soulsearchin.com/archives/001343.html
前回来日ライヴ評。
■メンバー
ザ・バーケイズ
Larry Dodson(vo), James Alexander(b), Darrell Stanley(vo), Archie Love(vo), Ezra Williams(key), Kurt Clayton(key), Anthony Gentry(g), Emanuel Cole(ds)
■セットリスト バーケイズ
Setlist Bar Kays @ Cotton Club, July 29, 2008
[ ] indicates original artist ( ) indicate singer, otherwise Larry take all the lead
show started 21:30
01. Intro
02. Boogie Body Land (1980)
03. Shake Your Ramp To The Funk (1976)
04. Too Hot To Stop (1976)
05. Do It (Let Me See You Shake) (1982)
06. She Talks To Me With Her Body (1983)
07. Hit & Run (1981)
08. Anticipation (1982)
09. Let Me Make Love To You [O’Jays] (Darrell Stanley)
10. Cause I Love You (I’m Just A Fool) [Lenny Williams] (Archie Love)
11. Traffic Jammer (1981)
12. Thank You [Sly & The Family Stone]
13. I Want To Take You Higher [Sly & The Family Stone]
14. Sex-O-Matic (1984)
15. Move Your Boogie Body (1979)
16. Do What U Want 2
17. Drum Solo Purple Rain (Drums by John Blackwell) [Prince](Sung by Anthony G)
18. Otis Medley(18-21) : I Can’t Turn You Loose (James Alexander)
19.Try A Little Tenderness (Larry)
20. (I Can’t Get No) Satisfaction (Larry)
21. (Sitting On The) Dock Of The Bay (Larry)
22. True Love (Archie Love)
23. What’s Going On [Marvin Gaye] (Darrell)
24. Holy Ghost (1978) (Jaye Kouyama sung)
25. Freakshow On The Dance Floor (1984)
26. Outro
Enc. Your Place Or Mine (1985) (Drums by John Blackwell)
show ended 23:15
(2008年07月29日火曜、丸の内コットンクラブ=バーケイズ・ライヴ)
ENT>MUSIC>LIVE>Bar Kays
2008-129
大増量。
暑すぎて、熱すぎてもう止まらない。メンフィス・ファンクの雄、ヴェテラン・ファンク・グループ、バーケイズの2006年10月以来、1年9ヶ月ぶりのライヴ。火曜セカンドは、最後ということもあってか、超大盛り上がりで、それまでの4日の中でもっともエネルギーが爆発したパフォーマンスになった。今回何回も見ているソウルメイト(複数)によると、この火曜セカンドが一番曲数も多く、時間を長くやったようだ。実際、僕が前回来日時に見たときよりも、かなり長くなっていた。(前回セットリストがアンコール含めて16曲だったのに比べ、今回はなんと27曲!)久々に「どファンク」のライヴをエンジョイした。
9時半になるかならないかで、バンドの6人がステージに立つ。(前回も1分前にはステージ入りしていたその律儀ぶりを書いていた) そして煽りのMCが「バーケイズ!!」とシャウトすると、オリジナル・ベース・メンバー、飛行機事故からのサヴァイヴァー(正確には事故機に乗らなかった唯一のバーケイズ・メンバー)ことジェームス・アレキサンダーと、1971年以降リード・シンガーとして、現在のバーケイズの顔となっているラリー・ドドソンがステージにかけあがる。こうして8人になったバーケイズはイントロから、そのファンク・エネルギーを大爆発。1曲目からもはや観客はほぼ総立ちだ。アップテンポで、怒涛のファンクに観客もひれ伏し狂態。いやあ、あいかわらずすごい。今回はギターとドラムスが前回メンバーと変わっていたが、そのファンク度合いは、まったく変わらず最高のままだ。しかもこの火曜セカンドは見所たくさんで、書ききれないほどだ。(でも、全部書く。のでパート2までいくと思います)
イントロから7曲目までのノンストップ・メドレーで完全に観客を掌握。客は彼らのファンクの手玉にとられる。バーケイズはファンクのコントロール・タワーになった。そしてノンストップで、初のスロー・ジャム「アンティシペーション」。ちょっと箸休めでほっとするのもつかの間、今度はバック・ヴォーカルのひとりダレル・スタンリーが前に出て1曲披露。これがまた実にいい声の持ち主で、リヴァート(父・息子)を彷彿とさせるシンガー。なんと、彼は今回のドラマー、エマニュエル・コールの実兄だそう。歌うはオージェイズの大ヒット「レット・ミー・メイク・ラヴ・トゥ・ユー」。
さらにマイクを次のコーラス担当アーチー・ラヴに手渡し、彼がレニー・ウィリアムスの「コーズ・アイ・ラヴ・ユー」を熱唱。まさにサザン・フィールたっぷりのディープ・ソウルの喉を聴かせた。このアーチーは、メンフィスのソウル・ヴォーカル・グループ、ソウル・チルドレンらと親交が深く、同グループのリード・シンガー、Jブラックフットのバック・コーラスとしても来日したことがあるという。
今回このレニー・ウィリアムスの楽曲を選んだのは、アーチー自身がレニーとJブラックフットのデュエット作品をプロデュースし、その2人でこの曲をレコーディングしたからだという。彼はその昔、ライト・チョイス、さらにメイン・アトラクションに在籍していたヴェテランだった。1990年ごろ、ライト・チョイスのメンバーとして、六本木の「ペペルモコ」という店の箱バンドとして3-4ヶ月来日していたこともある、という。
2曲の客演を終えて、再びバーケイズ・ファンクへ。「トラフィック・ジャマー」から、なんと今度来日する予定のスライの曲をメドレーで。そして、おなじみの「セックス・オー・マティック」さらに「ムーヴ・ユア・ボディ」。観客は休むことなく、腕を宙に上げ、振る。フロアは狂乱のダンス・フロアに。
そして、ギターのトニーGが、前にでて話始めた。「今日、僕の素晴らしい友達がここにきています。こんなドラマーは見たことがありません。たまたま彼とは同じ誕生日でね、9月9日」といってドラマーを招き入れた。彼はそのまま、ドラムスに。流れてきたイントロはおなじみの、いや、プリンスでおなじみの「パープル・レイン」だった。なぜ?
(この項明日につづく)
■ 過去関連記事 バーケイズ
October 19, 2006
Bar Kays: Funk Explosion!! Sooooo Dynamite!!
http://blog.soulsearchin.com/archives/001339.html
October 23, 2006
Bar Kays: Integrity Of The Soul
http://blog.soulsearchin.com/archives/001343.html
前回来日ライヴ評。
■メンバー
ザ・バーケイズ
Larry Dodson(vo), James Alexander(b), Darrell Stanley(vo), Archie Love(vo), Ezra Williams(key), Kurt Clayton(key), Anthony Gentry(g), Emanuel Cole(ds)
■セットリスト バーケイズ
Setlist Bar Kays @ Cotton Club, July 29, 2008
[ ] indicates original artist ( ) indicate singer, otherwise Larry take all the lead
show started 21:30
01. Intro
02. Boogie Body Land (1980)
03. Shake Your Ramp To The Funk (1976)
04. Too Hot To Stop (1976)
05. Do It (Let Me See You Shake) (1982)
06. She Talks To Me With Her Body (1983)
07. Hit & Run (1981)
08. Anticipation (1982)
09. Let Me Make Love To You [O’Jays] (Darrell Stanley)
10. Cause I Love You (I’m Just A Fool) [Lenny Williams] (Archie Love)
11. Traffic Jammer (1981)
12. Thank You [Sly & The Family Stone]
13. I Want To Take You Higher [Sly & The Family Stone]
14. Sex-O-Matic (1984)
15. Move Your Boogie Body (1979)
16. Do What U Want 2
17. Drum Solo Purple Rain (Drums by John Blackwell) [Prince](Sung by Anthony G)
18. Otis Medley(18-21) : I Can’t Turn You Loose (James Alexander)
19.Try A Little Tenderness (Larry)
20. (I Can’t Get No) Satisfaction (Larry)
21. (Sitting On The) Dock Of The Bay (Larry)
22. True Love (Archie Love)
23. What’s Going On [Marvin Gaye] (Darrell)
24. Holy Ghost (1978) (Jaye Kouyama sung)
25. Freakshow On The Dance Floor (1984)
26. Outro
Enc. Your Place Or Mine (1985) (Drums by John Blackwell)
show ended 23:15
(2008年07月29日火曜、丸の内コットンクラブ=バーケイズ・ライヴ)
ENT>MUSIC>LIVE>Bar Kays
2008-129
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