【八竹亭のオヤジのホットライン】

ホットライン。

「ああ、あの、八竹亭のオヤジだけど。どうも。あの、ほら、世界的に有名な舞台演出家、あの人、名前なんてったっけ。ほら、『なんとか山』とかいう。ちょっと怖そうな、うちにも何回か来てる…」 「…(電話の向こうの声)」 「ああ、そうだ! そうだ! それそれ」

渋谷・神山町のもう20年以上前から知っている定食屋さんに久しぶりに入った。たぶん1986年くらいに初めて行ったと思う。ここに関するエピソードはいくつかあるのだが、この日オヤジさんとこんなやりとりになった。

お店に入るとすでに2組の客がいた。いつものように「牛肉ピーマン」の注文を出すと、なんとなくオヤジさんと世間話になった。僕。「この前、テレビ見たよ。安住アナと阿部寛と竹内結子のやつ」 「ああ、あれね、朝6時からロケしたんだよ」 「6時ぃいいい? なんで、そんな早く?」 「いや、昼とか夜はお客さんいるからね。ほらこの前、氷川きよしが来たときなんか、おっかけがすごくて、みんなに迷惑かかっちゃうでしょ。だから人がいないときに(撮影を)頼んだの」

「2−3日前もさ、あのさ、ほら、世界的に有名な演出家でさ、ちょっと怖い人。『なんとか山』、誰だっけ、それが来てね。昔はすごく怖かったんだけど、最近は丸くなったというか」 「世界的に有名な演出家? う〜〜ん、誰だろう」 いろいろ名前を出す。浅利慶太、宮本亜門…。 「ちがう、ちがう。『なんとか山』だよ。ああ、いらいらする。思い出せないな。もう止めた、忘れることにしよう」 そういって注文した牛肉ピーマンを作り始める。「あれは? あの三田佳子の息子を更生させたっていう人、唐沢なんとかさん」 「ちがう、『なんとか山』」 「分けとく山か?」 「ちがう、ちがう」 「加山雄三…。ぜんぜん演出家じゃない」、「じゃあ、篠山紀信か???」 「ありゃ、写真家だろ!」

喉元まで出てきてるのに、ぽっと出てこないときのいらいら度は、人間だれしも一緒。料理を作っている間も「だれだっけ〜。だれだっけ〜 もう考えるの止めるぞ…。あ〜だれだっけ〜」。 思わず、携帯を取り出し「世界的 演出家」で検索をかける僕。「野田秀樹! 山じゃないなあ」 「あ、これこれ。これなんて読むんだっけ」と隣のSちゃんに画面を見せる。そこには、「蜷川幸雄」の文字。Sちゃんも僕も読めず。「ねえ、ねえ、なんとか川ゆきお、じゃない?」 「ちがう、ちがう、『なんとか山』。あ、もうっ! ちょっと知り合いの女優に聞いちゃおうかな」 ご主人(オヤジ)、ビニールで包まれたコードレス電話(年代物)を取り出し、さらに薄汚れた時代物の電話帳(自筆)から、番号を見つけ電話をかける。

そして、いきなり「八竹亭のオヤジだけど…」と切り出してでてきた答えは〜。な〜〜んと、さっき漢字が読めなかった「にながわゆきお(蜷川幸雄)だ! あの人、一見怖いんだけど、最近はけっこうやさしいのよ」 「『なんとか山』じゃないじゃん。ぜんぜん違う!」 「でも、ま、『山』と『川』は、近いけどね、惜しいね」 オヤジさん、こちらのつっこみをまるで無視。 「で、オヤジさん、誰に電話したの?」 「名取裕子だよ」 「ええっ、オヤジさん、名取裕子とホットラインがあるんだ、すごっ!」 「あぁ、それそれ! オヤジ・ホットラインがあるんだよ。あ〜〜すっきりしたあ」

しかし、僕は「蜷川」がいつも読めない…。情けない、トホホ。

『八竹亭(はちくてい・はっちくてい)』
電話03-3469-1773
住所 渋谷区神山町16−3
営業時間 11:00〜14:00 17:00〜22:00
定休日 土曜日 (ただし時間・定休ともに、けっこう気分による)

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