【混乱と悶絶と新たな旅立ち】

再出発。

先月まで恵比寿アートカフェで行われていた月一のピアノ・パーティーが、アートカフェの閉店により終了し、場所を改めて「キーボード・パーティー」になり再スタート。場所は、深町さんが昨年12月に祐天寺にオープンした自身のカフェ「FJ’ズ」。

すべてが変わり、いろいろと興味深かった。気づいた点をいくつか。

最大の違いは、ここではアコースティックのグランド・ピアノではなく、ヤマハのCP80という電気ピアノがプレイされているということ。これは電子ピアノではなく、実際に弦がありそれをハンマーで叩き、その叩いた音をピックで拾いアンプで増幅しスピーカーに出す。ちょうどエレキ・ギターのようなものだ、と深町さんは解説する。ある意味アナログな電気ピアノだ。

この日なによりも驚いたのが、深町さんがライヴ・スタートして1時間以上、まったくしゃべらずにピアノを弾き続けたこと。4曲を約65分ほどノンストップで演奏。前代未聞だ。かと思えば、それから約1時間弱、しゃべり続けた。

CP80からかもし出される音は、ときにシンセサイザーのようでもあり、クラビネットのようでもあり、アコースティック・ピアノに似た音だったりする。音色が多数あるのが、グランド・ピアノとの決定的な違いだ。ひとつのキーボードから即興演奏でこれだけのヴァリエーションが次々だされたら、それはそれで楽しい。

最初僕は深町さんの正面に座っていたのだが、音がなかなか僕に入り込んでこなかったので、どこかいい場所はないかと探したら、二つのスピーカーの正面中央がそこそこいい場所ということに気づき、席を移動することにした。常連さんたちは先にそこら辺に座っていて、なるほどと思った。

ところが移動後もなかなか集中できなかったので、いろいろ考えてみた。ドアがオープンされていて、駒沢通りを行き来する車の音がけっこう聞こえてくる。この「FJ’ズ」の床がコンクリートのような素材、さらに天井がほぼ打ちっぱなし風、配管などが剥き出しのままなので、音の環境がライヴ、つまり、かなり響く。アートカフェは、床は木、壁もしっくいということで意外と音を吸収していた。また、この日は観客が20名少しということで人が多ければもっと吸収されたであろうが、それもなかった。

しかし、それでも決定的に違うのは音が二つのスピーカーから聞こえてくることだった。正確に言うと、二つのスピーカーからしか聞こえてこないのである。グランドピアノは、ピアノという楽器すべてから音がでてくる。演奏者が鍵盤を叩く、それが弦を叩く、叩かれた弦の音が共鳴して、音が空気の振動となって人々に伝わる。だが、スピーカーからでてくる音だけでは、どうしても空気の振動がものたりない。音量が大きくてもただ大きいだけでだめなのだ。アートカフェでは、アンプ、スピーカーは使っていなかった。グランドピアノが体すべてで生み出す音そのものを空気の振動で感じていた。だから、この日は楽器の音を聞いているというより、むしろ、電気の機械から出てくる音を聞いている感じだった。そう、楽器ではなく機械だ。あるいは、ちょっと音の大きなステレオから音がでてくる、そんなニュアンスだ。

これは想像でしなかないが、おそらく演奏者である深町さんも無意識のうちにアートカフェ・マナーでこのCP80をプレイし、その返り、応答がまったく違うので戸惑ってしまったのではないだろうか。演奏家は観客とコール&レスポンスしながらパフォームする。観客のレスがよければ、それは演奏にも跳ね返る。そのコール&レスポンスは、実は演奏家は演奏家と楽器の間でもやっているのだ。

最初、深町さんはこのCP80をあまりプレイしていないのかと思った。しかし演奏後に聞けば、深町さんはこのCP80はすでに20年以上プレイしているという。ということは、この機械の特性や、得意とするところは熟知しているはずだ。実際、クラビネット風の音などは70年代ファンクバンドがやりそうな感じで僕にとってはひじょうに新鮮だった。

珍しく途中休憩もなく演奏とトークが続いた。さらに前代未聞、深町さんは曲を終えて弱音を吐いた。「どうも、今日はだめなんだよねえ。いいフレーズがうかんでこない。実は、(先月までの)アートカフェでは毎月60人くらいの人が来てくれていたんです。でも、今日はそこからは10人くらいしか来てない。初めての人もいますが。それがちょっとショックでねえ。アートカフェだから行くというのもわかるんですが」 常連から檄や応援、喝采も飛んだ。「アートカフェと深町さんという融合で化学反応が起こってああなったわけで、まだここでは初めてなんだから、これから作ればいいんじゃないですか」といったことを僕も言った。「不安な音楽家の機微がいいね(苦笑)」と声が飛んだ。

しかしおもしろいことも言っていた。「いい演奏ができないと、いい演奏ができるまでいくらでも弾いちゃうかもしれない」 それはそれでいいかもなんて思った。

そんな弱音の後プレイした曲はかなりおもしろかった。僕は勝手にその曲にタイトルをつけた。「悶絶(もんぜつ)」だ。相当な苦悩ともんもんとした様子が読み取れた。

そしてこの曲を聴いているときに思った。深町純という卓越したキーボード奏者のダイナミズムにこのCP80という機械は十分に応えられるキャパシティーがないのではないか、と。どうしてもでてくる音が平板な印象がぬぐえないのだ。プレイヤーの力量と機械の力の差が出てしまう。少なくともグランドピアノの場合は拮抗していたにもかかわらずである。

おそらく、グランドピアノにはグランドピアノに向いたプレイの仕方、シンセにはシンセ向きのプレイ、そして、このCP80という電気ピアノにはそれ向きの、しかも、この「FJズ」という会場でのプレイの仕方があるのだろう。それがまだ見出せていないのだが、深町さんのことだから、すぐにその解答を見出すだろう。

なにしろ、床も違う、天井も違う、壁も違う、ハコが違う。何より楽器が違う。音楽を楽しむ上の諸条件いくたある中で唯一同じものは、演奏家が深町純であるというだけだ。気にすることはありません。きっと何年か経ってこの第一回のことを思い出したら、「ああ、あの日はどうなることかと思った」と笑って振り返ることができるだろう。「FJ’ズ」でのキーボード・パーティーをこれから作っていけばいいのだ。

聞く側も演奏する側も、6年以上アートカフェに慣れてきた。そこからの脱却は一朝一夕でいかなくとも恥じることはない。

テレビシリーズでもシーズン2の初回などは時間延長で放送するもの。(笑) 前代未聞の3時間弱休憩なしのライヴ、混乱と悶絶と発見によって再出発の扉が開いた。

(深町純、キーボード・パーティーは毎月最終土曜日、東急・東横線祐天寺・「FJ’ズ」にて開催されます。次回は7月28日です)

■深町純オフィシャル・ウェッブ
http://www.bekkoame.ne.jp/~cisum/

■FJ’ズ オフィシャル・ウェッブ
http://fjs.fukamachi-jun.com/

■Setlist: Fukamachi Jun #78 @ FJ’s, Yutenji, June 30th, 2007 (Saturday)
セットリスト 深町純 キーボードパーティー第78回(第1回)

show started 19:45
01. 2007年6月30日19時45分の作品 (24.24)
02. 2007年6月30日20時10分の作品 (12.23)
03. 2007年6月30日20時22分の作品 (14.51) 
04. 2007年6月30日20時37分の作品 (13.13)
>talk (54 minutes)
05. 2007年6月30日21時44分の作品 (19.30)
>talk(4 minutes)
06. 2007年6月30日22時08分の作品(悶絶)(17.23)
07. 2007年6月30日22時25分の作品(宮沢喜一氏へ捧ぐ)(8.24)
show ended 22:35

■過去の音楽比率(ライヴ全体の中での音楽の割合を表します)(単位は%)

2005年11月 第一部 41.70 第二部 51.82
2005年12月 第一部 39.86 第二部 58.91
2006年01月 第一部 58.81 第二部 67.23
2006年02月 第一部 38.4  第二部 49.7
2006年03月 第一部 50.9  第二部 92.7
2006年04月 第一部 53.1   第二部 57.3
2006年05月 第一部 45.15 第二部 82.08
2006年06月 第一部 52.16 第二部 59.02
2006年09月 第一部 47.77 第二部 77.63
2007年01月 第一部 65.53 第二部 54.97
2007年02月 第一部 53.88 第二部 49.33
2007年04月 第一部 65.26 第二部 68.58
2007年05月 第一部 40.89 第二部 58.19
2007年06月 第一部(通し)64.78

(2007年6月30日土曜、祐天寺FJ’ズ=深町純ライヴ)
ENT>MUSIC>LIVE>Fukamachi, Jun
2007-86