【動くテディー・ペンダグラス】

70年代。

19日(日)、東京・自由が丘のバー「マルディ・グラ」で、音楽愛好家・守島さん主催のイヴェント『ガンボズ・イアーVol.12〜ソウル・サーチン・ビデオ・ナイト』が行われた。前半を守島さんがビデオを紹介しながら解説、後半を吉岡正晴が同様に1970年代のソウル系のビデオを紹介した。(守島さんの分のセットリストは、守島さんのウェッブに掲載されると思います)

この中で興味深いのがアル・グリーンの部分。これは、全米で1972年ごろにアメリカで放送されていた『The Soul』という番組からのもの。これは当時2年くらい続いたのか、約100本くらいテープが残っているらしい。僕は数年前たまたまニューヨークの友人から話を聞き、送ってもらった。

この種の番組ではシカゴの『ソウル・トレイン』がかなり一般的だが、この『ザ・ソウル』はほとんど知られていない。『ソウル・トレイン』は口パク、レコード、一般客のダンスシーンが中心だったが、『ザ・ソウル』は、毎週一組か二組のアーティストをゲストに迎え、司会者がわりときっちりとインタヴューして、ライヴも実際にライヴをやるというちゃんとした番組だ。観客も椅子に座っている。もちろん、一般的には『ソウル・トレイン』のほうが、受けるだろうし、人気にもなったのだろうが、こういう番組があったということが興味深い。

また1982年3月に交通事故で下半身不随になってしまうテディー・ペンダーグラスの1979年ごろのライヴ映像、バリー・ホワイトの1975年のライヴ映像など、今となっては本人のライヴが見られない1970年代の映像をご紹介した。

ご来場いただいたみなさま、企画の守島さん、おつかれさま、ありがとうございました。

Setlist: Gumbo’s Ear Vol.13 Soul Searchin Video Night
8.19.2007

show started 20:51

[I] Barry White (Live In Germany 1975)

1. Love’s Theme
2. Can’t Get Enough Of Your Love
3. Never Never Gonna Give You Up

[II] Teddy Pendergrass (Live footage circa 1979)

1. Only You
2. Come Go With Me
3. Close The Door
4. Turn Off the Lights

[III] Al Green (From TV Programme "The Soul" circa 1973)

1. I’m Tired Of Being Alone
2. Look What You’ve Done To Me

[IV] Minnie Riperton (TV Programme "Soul Train" circa 1975)

1. Lovin’ You

[V] Soul Searchin

1. Doctor Feelgood (Brenda Vaughn & The Soul Searchers) (Footage from March 26, 2007, The Soul Searchin: The Session)
2. Brenda’s CM (Pachinko)

[VI] Isley Brothers (From TV Programme "Soul Train" circa 1975)

1. Summer Breeze

show ended 22:30

(2007年8月19日日曜、自由が丘マルディグラ=ガンボズ・イアーVol.12〜ソウル・サーチン・ビデオ・ナイト)
ENT>MUSIC>EVENT>Gumbo’s Ear Vol.12〜Soul Searchin Video Night
2007-101
【ガンボズ・イアー】

続編。

僕の前に守島さんがプレイしたビデオリスト。彼が『ソウル・サーチン』の本の中で取り上げられたアーティストをいくつかピックアップしてくれた。

1曲目はムーン・グロウズ。ハーヴィー・フークワがいるドゥワップ・グループ。ハーヴィーは、一番低いベースのヴォーカル。映像ではおそらく向かって一番左の人物だったと思う。リードは、1956年作品なら、ボビー・レスターではないかと思う。

2曲目は、最初のシックのレコードに参加していたノーマ・ジーン・ライト、ルーシー・マーティンが歌う「ル・フリーク」。これはおもしろい。(笑)

ナイル・ロジャーズの1996年の映像は懐かしかった。この映像は武道館で行われたものだったので、バーナードはこれから6時間以内に亡くなることになる。あるいはビデオは二日にわたってまわしていたのかな。バーナードは武道館二日目の後、亡くなっている。そう思ってみると、心なしか元気がないように見えなくもない。

スティーヴィーの「アズ」とマーヴィン「ホワッツ・ゴーイング・オン」は、当時のいわゆるプロモーション・フィルム(映像)(1980年代になってのプロモーション・ビデオ=PVにあたる)なのだろうか。1970年代は、めったにプロモーション・フィルムは作られなかったが、それでもごく一部のアーティストは楽曲のフィルムを作っていた。

レイ・チャールズ、グラディス・ナイトのデュエットによる「ニーザー・ワン・オブ・アス」はいいコラボだ。どちらもジョージア出身。まさにジョージアがつなぐソウル・デュオだ。おそらく1973年〜1975年前後の映像ではないかと思う。

デイヴィッド・ボウイの「ヤング・アメリカンズ」は、ボウイが若いのと、そのバックに映るルーサーに驚いた。

ところで、明日は、このイヴェントが行われた自由が丘のマルディ・グラという店について、ちょっと書いてみたい。

Gumbo’s Ear; Morishima’s Setlist

1) Moonglows (Harvey Fuqua) / Over And Over Again (1956)
2) Norma Jean Wright & Luci Martin of Chic with KC & The Sunshine Band / Le Freak (2004)
3) Chic / Good Times (1996)
4) Natalie Cole / This Will Be (2003頃)
5) Stevie Wonder / Signed, Sealed, Delivered I’m Yours (1970)
6) Stevie Wonder / As (録音風景?)
7) Ray Charles & Gladys Knight / Neither One Of Us (年代不明)
8) Marvin Gaye / What’s Going On〜What’s Happening Brother (1972)
9) David Bowe (with Luther Vandross) / Young Americans (1974)
10) Aretha Franklin, Carole King, Celine Dion, Gloria Estefan, Shania Twain, Mariah Carey/ Natural Woman〜Gospel (1998)

(2007年8月19日日曜、自由が丘マルディグラ=ガンボズ・イアーVol.12〜ソウル・サーチン・ビデオ・ナイト)

ENT>MUSIC>EVENT>Gumbo’s Ear Vol.12〜Soul Searchin Video Night
2007-101
【マルディ・グラからつながる自由が丘の思い出】

自由が丘。

自由が丘の駅から東横線沿いに日吉方面に右側の道を歩いていくと四つ角がある。左に曲がると上が東横線が走るガード。右角に雑貨屋があり、その地下に「マルディ・グラ」がある。

『ガンボズ・イアーVol.12〜ソウル・サーチン・ビデオ・ナイト』でお世話になった「マルディ・グラ」は、名前から想像できるように、ニューオーリンズ気分にしてくれる音楽のある店だ。壁には何枚もの1970年代のロックやソウルのレコードのジャケットが額に入れて飾られている。ここで守島さんのイヴェント『ガンボズ・イアー』の第1回が行われたのが2000年10月。ちょうど同年7月に拙著『ソウル・サーチン』が発売され、「発売記念イヴェントは別にないです」と言ったら、守島さんが「じゃあ、なにかやりましょう」ということで企画してくださった。

それから7年を経て、再び、ここで「ガンボズ・イアー第12回」に参加したのだが、実は、この会場「マルディ・グラ」のある場所については以前から気になっていた。

レノン・ストリート。

その昔、1970年代後半から自由が丘でよく来る店があった。それは「レノン・ストリート」という当時比較的おしゃれな店だった。それこそ田中康夫氏の小説『なんとなく、クリスタル』(1980年)に出てきそうな(ひょっとしたら出てきていたかもしれない)店だ。まだ「カフェ・バー」という言葉が生まれる前に、新しめの洋楽のレコードをかけていた「カフェ・バー」風の店だった。たぶん1978年か1979年あたりのことだったのだろう。

で、7年前(2000年)に「マルディ・グラ」に来たときに、この辺に「レノン・ストリート」があったような気がおぼろげにしていた。そのときは、すっかりそれを確かめるのを忘れたのだが、日曜日(8月19日)に久しぶりに行った「マルディ・グラ」のオウナー川村さんに尋ねた。

すると、やはり、この地はまさにかつて「レノン・ストリート」があった場所だったのだ。「レノン・ストリート」の入口は東横線沿いだったが、「マルディ・グラ」の入口がそれと直角に交わる道にあるので、ちょっとわからなかったのだ。川村さんによれば、この場所は「レノン・ストリート」のマスター(僕や仲間たちは当時彼のことを「レノン・ストリートのマスター」ということで略して「レノマス」と呼んでいた)の両親が持っていたもので、建物を一部改装し、2階に住居、1階部分を「レノン・ストリート」という店にしていたのだという。もちろん、「レノマス」は、ジョン・レノンが大好きだったから、この店名にした。

「レノン・ストリート」も店内はブラックを基調にしたいい店で、レコードジャケットを壁に飾っていた。ビートルズや西海岸のイーグルスや、マイケル・フランクスやら、ちょっとしたソウル系、フュージョン系のレコードをそれほど大音量ではなくかけていた。

そして1980年代後期か1990年代初期に、「レノマス」はアメリカ人女性と結婚し、アメリカに移住することになり、この土地を売却、新たに買い求めた人が3階建てのビルを建て、その地下1階に「マルディ・グラ」がはいったらしい。

「マルディ・グラ」は最初のオウナー、ミックさんが1992年にオープン。しかし、1997年10月彼は事情で九州・熊本県人吉市に引っ越し、そのときにミックさんから現在のオウナー川村さんが店を引き継いだ。ミックさんは熊本でも、やはり「マルディ・グラ」のようなレコードをたくさん置いている音楽バー「ベアーズ・カフェ」という店を経営されている。ミックさんは、「マルディ・グラ」の前には青山で「サル・パラダイス」という店もやっていたというから根っからのミュージック・マンのようだ。「マルディ・グラ」はオープンして15年、川村さんの代になってからでもすでにちょうど10年だ。

僕が初めて「マルディ・グラ」に行ったのがいつだったかは正確には覚えていないのだが、2000年に行ったときは初めてではなかったので、その前に行っているはずだ。ひょっとしたら、あの近くに住んでいるFM局のディレクターをやっていたC氏に連れられて行ったのかもしれない。この店名から「音楽関係のバー」だということはわかる。(笑)

エスピガ。

さて、さきほどの「レノマス」だが、彼は1983年頃、「レノン・ストリート」も経営しながら、同じ自由が丘に「エスピガ(espiga)」というレストランをオープンした。これはスペイン語で「穂」といった意味らしいが、メキシコ系の食事をだしていた。「カフェ・バー」という言葉はこの頃までにかなり浸透したが、「カフェ・バー」というよりレストラン、しかし、若い人も入れるカジュアルなレストランだった。「レノン・ストリート」よりもっと広く明るい店になっていた。そして、そこはレストランなのに音楽好きのオウナーの趣味を反映し、店の中央の一段高いところにターンテーブルが2台あり、BGM的にDJをやっていた。レストランでDJブースがある店など、あの時代には他にはなかった。

そこで、「レノン」時代からのつきあいだった「レノマス」から、「週一でもいいからDJをしないか」と誘われた。そして、僕は週一でDJを始めたのだ。オープンしてまもなくだったので、やはり1983年頃のことだろう。僕は毎週水曜に入ったが、そのとき、別の曜日に別のDJが入った。たぶん、彼は金曜あたりだったような記憶なのだが、違うかもしれない。それがUKロックの大家・音楽評論家の大貫憲章さんだ。

僕は、どういう選曲をしようかいろいろ考えたのだが、ちょうどその頃存在を知ったアメリカのラジオで流行りだした「クワイエット・ストーム」のフォーマットを真似してやろうと思い、その路線で選曲をした。当時は「ラウンジ」などという言葉はなかったが、今から思えばまさに「ラウンジDJ」だった。

この「クワイエット・ストーム」を取り入れたのは、相当早かった。ちゃんと向こうのラジオのように、波の音とか、鳥の鳴き声とか、エアポートの音などの効果音を曲間にはさんでかけた。ターンテーブルは2台しかなかったので、効果音は事前にカセットに録音してかけたり、効果音のレコードなら、2−30秒かけている間に次の曲をセットするという早業をやっていた。

アメリカで「クワイエット・ストーム」がブレイクするのが1985年から1986年以降なので、かなり時代の先を行っていたかもしれない。僕はサンフランシスコのKBLX局のテープを入手したか、誰かから話をきいたかで、「クワイエット・ストーム」のことを知った。だが「クワイエット・ストーム」の歴史自体を知るのは、そのずっと後のことだ。当時のソウルのスロー・ジャム(そんな言葉もなかった)と若干のフュージョン系インストゥルメンタル曲に効果音。自分でいうのもなんだが、けっこういけてた。たぶん、「エスピガ」でやっていたものも、何本かカセットに録音して自分でも楽しんでいたように思う。

ところで、先ほどからずっと「レノン・ストリート」のマスターのことを「レノマス」としか書いてないのには、わけがある。実は「レノマス」の本名を思い出せないのである。(笑) 当時はもちろん知っていたのだが・・・。ずいぶん昔のことなので、かなり記憶がおぼろげである。情けない。(笑)

(この項、続く)

(明日は、なぜ大貫さんと僕がこの店でDJをすることになったか、などについてご紹介します)

ENT>MUSIC>ESSAY>Jiyugaoka
(昨日からの続き。舞台は自由が丘から西麻布へ)

【自由が丘へのルーツ】

西麻布。

なぜ、大貫さんと僕が「レノマス」に「エスピガ」のDJとして誘われたか。

それから遡ること3年余。1979年夏。僕は西麻布にあったDJバー「トミーズ・ハウス」という店に足を運び入れた。西麻布に住む友人が、「半地下からいい音が聞えてくるなんか面白そうな店があるから、行ってみよう」といって誘ってくれたのだ。六本木交差点から西麻布の交差点に向かい、左側を歩いていくと、交番の手前にその店はある。階段を数段下りて入っていくと、中では大音響で音楽が流れていた。

たくさんの曲を聴いたが、特に印象に残っていたのはちょうどその頃全米で流行っていたハーブ・アルパートのインストゥルメンタル曲で全米ナンバーワンになる「ライズ」だ。10坪程度の小さな店だったが音響に凝っていて、JBLとウーハーがものすごくいい音を出し、当時の流行の洋楽曲がかかっていた。カウンターは対面で客が座るようになっていて、そのテーブルには、バックギャモンのゲーム盤が作りつけられていた。店のスタッフは、ローラースケートを履いてドリンクを運ぶという、当時としてはかなり斬新な、しかもアメリカナイズされた店だった。バックギャモンのゲームを覚えたのもこの店だった。

オウナーはトミーで、彼は洋楽も最先端のものから、邦楽も洋楽寄りのものを厳選してかけていた。初めて足を踏み入れたその日、僕はそこの店の音の良さ(音響の良さと選曲の良さ)にほれ込み、以来頻繁に通うようになり、そのうちトミーに誘われひまな時間にDJをするようになったのだ。それがいつしかレギュラーで週末にDJをするようになった。僕は毎週金曜と土曜の夜10時半から夜中の3時まで4時間半、ノンストップで立ちっ放しでDJをした。僕がかけたのはほとんどソウル、ディスコばかりだった。

毎日深夜3時。店のクロージング・テーマは決まっていた。毎日、週末も平日も、深夜3時になると、「トミーズ・ハウス」では必ずこの曲がかかかり、この曲とともに暗かった照明が明るくなった。それが山下達郎さんの「ラスト・ステップ」だ。僕が達郎さんの音楽を知ったのがこの「トミーズ・ハウス」だったといっても過言ではない。トミーが達郎さんのレコードを大変好きで、洋楽曲の中にぽっと達郎さんのレコードをはさみこんでよくかけていた。彼が1980年に大ブレイクする前の話である。

1979年。

1979年夏というと、ソニーのウォークマンが世に出たときである。さっそく新しいもの好きの編集者などがそれを持って「トミーズ」にやってきたことを思い出す。初めてウォークマンを聴いたときの驚きといったらなかった。これはとんでもないものがでてきたと思った。

この「トミーズ・ハウス」はまもなくその音の良さで音楽関係者やファッション業界、雑誌編集者などが多数来るようになる。そんな中に大貫さんがいた。僕もそこで大貫さんと知り合うことになるのだが、大貫さんもトミーに誘われ、毎週水曜日にDJをすることになったのだ。大貫さんは、1980年に「ロンドン・ナイト」のイヴェントを始めていて、ほぼ同時期にこちらでもDJをやりだした。大貫さんと僕の選曲は決してかぶることがないので、それはそれでおもしろい。

ここで強烈に印象に残っているのは、さきほどの「ライズ」以外では、マクファーデン&ホワイトヘッドの「エイント・ノー・ストッピン・アス・ナウ」、クルセイダーズの「ストリート・ライフ」、マイケル・ジャクソンの『オフ・ザ・ウォール』のアルバムなどだ。「トミーズ・ハウス」での思い出もけっこうあるので、いずれ別の機会にでも書いてみよう。

そして、自由が丘の「レノマス」は、よくこの「トミーズ・ハウス」に遊びに来ていた。そこで、僕や大貫さんと知り合い、「エスピガ」でのDJへとつながっていくのだ。

ところが、その「エスピガ」は、あるときキッチンでちょっとしたボヤを出してしまう。僕はたまたまその日店にいたのだが、DJは終わっていたか、休憩中だった。キッチンの方から火がでてびっくりした。しかし、よくある料理のときにフライパンなどから瞬間火がぼーと燃え上がるのかと思っていたら、それがなかなか消えず、あれと思ったら、瞬く間に煙がでてきた。あわてて「火事じゃない?」と言って、店のスタッフがお客さんを店外に出した。結局、そのボヤは自力で消し大事には至らなかったのだが、その日は当然営業中止。確か店はキッチンが使えないためにしばらく休業し、これを機に、そのままクローズしてしまったように記憶する。

「エスピガ」をやめてからは「レノマス」とは疎遠になってしまい、近況はわからない。しばらくしてアメリカに行ったことを風の便りに聞いたくらいだ。

だが今回、「マルディ・グラ」が、実は以前「レノン・ストリート」の跡地だったという小さな事実を確認できたことは、個人的には大きな収穫だった。自由が丘の何の変哲もない交差点の角にあった昔の店と今の店。世田谷区奥沢5−29−10、この小さな角地には音楽好きの神が宿っているのかもしれないなどと無理やりにこじつけてみたくなった。

(この項、終わり)

■マルディ・グラのウェッブ
http://www.jiyugaoka-mardigras.com/

■大貫さんの「ロンドン・ナイト」のウェッブ
http://www.kenrocks.net/i.htm

ENT>MUSIC>ESSAY>Jiyugaoka
【『ユニヴァース』月曜深夜にゲストででます】

自由。

ザ・ソウル・サーチャー吉岡正晴が、次週月曜深夜(2007年8月27日)のJウェイヴ(関東地区のFM局/周波数81.3mhz)の番組『ユニヴァース』(月曜26時=火曜午前2時)にゲスト出演する。月曜の『ユニヴァース』は、音楽プロデューサー、松尾潔さんがDJで担当している番組で、そのゲストとして登場する。

ザ・ソウル・サーチャーの登場する前2週間は松尾さん独自の切り口でスティーヴィー・ワンダーの特集をやっていた番組でもある。なので、スティーヴィー特集第3回になるかもしれない。が、どうなるかは、まったく未知数。スティーヴィー・ネタ以外としては、ソウル・ラジオというテーマでいくつか、選曲案を考えて臨みたい。

松尾さんによれば、僕は番組始まって以来6人目のゲスト。過去5人は大瀧詠一さん、山下達郎さん、鈴木雅之さん、DJホンダさん、そして黒沢薫さんという錚々たるメンバーの後だ。いや、前5人がすごい。(笑)

さて、そこで久々にアンケートをやってみようと思う。松尾・吉岡対談で、2時間の番組でいったい何曲くらいかかるだろうか。しゃべり倒すか、どちらもソウル好きの二人が曲を湯水のごとく垂れ流すか、さてどう転ぶか。いずれにせよ、かなり自由なフォーマットなので楽しみだ。

【アンケート】

『ユニヴァース』2007年8月27日(月)26時から28時までの番組内で、番組テーマ曲を除いて、何曲かかるかを予想してください。

月曜ユニヴァース2時間で何曲かかるか予想

1曲〜3曲
4曲〜6曲
7曲〜9曲
10曲〜12曲
13曲〜15曲
16曲〜18曲
19曲〜21曲
22曲以上

下記BBSに書き込んでみてください。
http://www.soulsearchin.com/soul-bbs2/soul20070717.cgi

ちなみに、ご参考までに、下記に行くと番組ホームページがあり、そこに過去のプレイリストがすべて載っています。

http://www.j-wave.co.jp/blog/universe_mon/

直近では、前週が14曲、その前が13曲、その前が14曲かかっています。また、過去のゲスト週では、山下達郎さんのときが11曲、鈴木雅之さんが9曲、大瀧詠一さんが6曲、DJホンダさんが8曲、黒沢さんが9曲となっています。

投票はひとり1回まで。

ENT>RADIO>Universe
【新生ガッツ・ライヴ】

新名。

このところ勢いに乗るガッツ(Gats改めGatz)の横浜モーション・ブルーでのライヴ。ガッツはカヴァー・ソング中心のライヴと、オリジナル・ソングばかりのライヴをやっているが、これはオリジナルのもの。昨年12月にここモーションでやったライヴの再演。ほぼ同じメンバー(ベース奏者など若干変更しているが)で臨んだ。

関ジャニに楽曲提供したり、ドリカムのバックコーラスで全国ツアーをしたりと、このところ絶好調のガッツ。今回は2日間、しかも、入れ替え、徐々に人気もアップという感じだ。気のせいか女性ファンが増えているような感じがした。ガッツは声もいいし歌もうまく、バンドもタイトで引き締まっていて、いいライヴ。また楽曲もよくなっている。なにしろ、ブラスセクションが入るので、実にソウルフルなサウンドになる。

アンコール曲前のMCでガッツは言った。「この曲(アンコール曲=『メッセージ』)の音楽の力でみなさんの背中をちょっと押せればいいな、と思って歌います。今年は、楽しいことも悲しいこともいろいろあって、今年ほど今までの人生の中で、山あり谷ありの年はなかったんですけどね、またこうやって(自分のライヴで)音楽ができてよかった。そして、みなさんと、多くの人との出会いに感謝です。今年ほどそれを強く感じる年はありませんでした」

ところで、アンコールの「メッセージ」という曲は、僕も何度か聴いているが、この日聴いていて、ふとこの曲、木下航志くんに歌ってもらったらいいんじゃないだろうか、などと思った。その前の本編最後の「ありがとう」という曲も、ガッツの18番になっているが、このあたりもいいかなと思った。

ライヴ後、ガッツにそんな話をしてみると、「ああ、それはいいかも。でもそれなら、楽器のあるところで一日航志君と遊んでみたいな。彼がどういうのが好きで、どんなことに興味があって、どういうことをやりたいのか、聞いてみたい」と返ってきた。そういうコラボもありだろうなという感じがする。

■ガッツ・オフィシャル・ウェッブ
http://gats.tv/GATS.TVSHOW.html

■メンバー
GATZ(vo,g)
GATZ(vo,g)、西脇辰弥(key,arr)、下野人司(b)、高田 真(ds)、木村まこと(per)、渕上祥人(cho,g)、NENE(cho)、小林正弘(tp)、佐久間 勲(tp)、竹上良成(sax)、鈴木桃子(vo)

Setlist: Gatz Live At Motion Blue, August 25, 2007
セットリスト: ガッツ・ライヴ

show started 21:36
01. Instrumental
02. Journey
03. Good Time (新曲)
04. Stay
05. Great Escape (関ジャニ∞に提供曲)
06. Big Sky Blues (関ジャニ∞に提供曲)
07. Reason
08. Long Vacation
09. ありがとう
Enc. Message
show ended 22:50

(2007年8月23日木曜、モーション・ブルー=ガッツ・ライヴ)
ENT>MUSIC>LIVE>Gatz
2007-102
【深町純・即興ライヴ会第80回】

深町語録。

全曲、即興演奏のキーボード・パーティー。その第80回。

「誰にとっても正義というのはあるのだろうか。僕にとっての正義はあるけれど、それが全員にとっての正義になるかどうかはわからない。でも、誰にとっても美しい、というものはあってもいいのではないかと思う。美しいものとは、何か。きっと僕は、誰が聞いても美しいと思えるような美しい音楽を、いつかは(自分で)作れるのではないかと思って、音楽を作っている。できるかどうかはわからないけれど、そういう風に思っていることが大事だと思う」

「即興演奏が主流だった時代がある。モーツァルトなんかいろいろやっていたんだと思う。録音機材がないので、どんなものか(今となっては)わからない。でも彼らがもし今生きていたら、きっと即興演奏をふんだんにやっているだろうと思う。残念ながら最近では即興演奏は廃れて誰もやる人がいなくなった。それは、たぶん、音楽が録音されるようになり、商業になったからだろうと思う」

「お客さんがつまらないと感じていたら、(演奏者はそれがよくわかるので)すぐ(僕は)演奏をやめる。逆にお客さんが楽しんでいるとわかれば、延々と演奏を続ける。僕は即興演奏だから、それができる。いわば、音楽っていうのは生きているんです。紙に書かれた音楽よりも、もっと生きている。人生そのものより生きてるってことよ。(笑) だから好きです」

■深町純・サントリー・ホールでコンサート決定

深町さんが、来る2007年10月27日(土曜)、東京・赤坂のサントリーホール・小ホールで単独ライヴを行う。チケットは5000円、全席指定。近々正式告知し、チケットピアなどで発売する。現時点では下記ウェッブから深町さんへ直接予約をいれることができる。詳細については後日改めてお知らせします。

■深町純オフィシャル・ウェッブ
http://www.bekkoame.ne.jp/~cisum/

■FJ’ズ オフィシャル・ウェッブ
http://fjs.fukamachi-jun.com/

■Setlist: Fukamachi Jun #80 @ FJ’s, Yutenji, August 25, 2007 (Saturday)
セットリスト 深町純 キーボードパーティー第80回(第3回)

First Set
show started 19:46
01. 2007年8月25日19時46分の作品 (23:20)
02. 2007年8月25日20時29分の作品 (16.55)
show ended 20:46

Second Set
show started 21:10
01. 2007年8月25日21時22分の作品 (25.38)
02. 2007年8月25日お題拝借作品1(2.35)
03. 瑳山ゆりさんスピーチのBGM(2.00)
04. 2007年8月25日お題拝借作品2(3.05)
05. 2007年8月25日22時07分の作品 (17.44)
show ended 22:25

■過去の音楽比率(ライヴ全体の中での音楽の割合を表します)(単位は%)

2005年11月 第一部 41.70 第二部 51.82
2005年12月 第一部 39.86 第二部 58.91
2006年01月 第一部 58.81 第二部 67.23
2006年02月 第一部 38.4  第二部 49.7
2006年03月 第一部 50.9  第二部 92.7
2006年04月 第一部 53.1   第二部 57.3
2006年05月 第一部 45.15 第二部 82.08
2006年06月 第一部 52.16 第二部 59.02
2006年09月 第一部 47.77 第二部 77.63
2007年01月 第一部 65.53 第二部 54.97
2007年02月 第一部 53.88 第二部 49.33
2007年04月 第一部 65.26 第二部 68.58
2007年05月 第一部 40.89 第二部 58.19 【恵比寿・アートカフェ最終回】
2007年06月 第一・二部(通し)64.78 (2時間50分)【祐天寺FJ’s1回目】
2007年07月 第一部 66.23 第二部 66.45
2007年08月 第一部 67.03 第二部 68.04

(2007年8月25日土曜、祐天寺FJ’ズ=深町純ライヴ)
ENT>MUSIC>LIVE>Fukamachi, Jun
2007-103
【ファミリー・ディスコ・イヴェント】

ファミリー。

1980年代に人気を集めた「キャンディ・キャンディ」「ラスカーラ」などのディスコを一日だけ復活させるディスコ・イヴェント『伝説のシブヤ系サーファー・ディスコ「Candy Candy」&「LA・SCALA」1日限りの復活祭』が8月26日(日曜)西麻布のクラブ「クロス(Xross)」で行われた。当時それらの店でDJをしていたDJが各パートを担当。1980年代を彷彿とさせる選曲で観客を沸かせた。

また、ダンス・クラシックのヒットを空耳でレコーディング、ヒットさせているダンスマンがライヴゲストとして登場、4曲を披露した。ご存知、KC&ザ・サンシャイン・バンドでおなじみの「ザッツ・ザ・ウェイ」を元にした「ワンBOXのオーナー」から始まり、最新作「シャツたたんで収納」などをごきげんに見せた。

イヴェントにはファミリーコーナーもあり、お子様連れのお客さんも多数訪れた。

Setlist: Danceman @ Club Xross, August 26, 2007
セットリスト ダンスマン

show started 19.02
01. ワンBOXのオーナー (That’s The Way I Like It)
02. シャツたたんで収納 (Shine On)
03. 背の高い奴はジャマ (She’s A Bad Mama Jama)
Enc. よくある名字斎藤 (Play That Funky Music)
show ended 19.26

ENT>MUSIC>LIVE>Danceman
ENT>EVENT>DISCO
2007-104
【結局、2時間で6曲】

結局。

というわけで、結局、二人でしゃべりまくった結果、2時間でわずか6曲ということになってしまいました。(笑) 

トーク内容は、ソウルDJローランド・バイナムの話、僕がレコードの輸入を始めた頃の話、いろいろなインタヴューしたアーティストのこと、スティーヴィー・ネタ、そこから木下航志くんの話、彼のライヴの告知、ジェームス・ブラウン自宅訪問ネタ、「ソウル・ラジオ」「クワイエット・ストーム」の話、ドン・トレイシーの話、ジョー・サンプルの話などなど、キリがありませんでした。

実は、「スティーヴィーの3週目案」と「ソウルラジオ案」の二つを持っていき、それぞれ15−6曲ずつ用意していったのですが、まあ、折衷案というか、スティーヴィー関連3曲、その他ソウルラジオ関連3曲ということになりました。ふ〜。

かかった曲は次の通りです。

1. What’s Going On / David T.Walker
2. Super Woman / Donny Hathaway
3. Until You Come Back To Me / Stevie Wonder
4. Ribbon In The Sky / Kishita Kohshi
5. Quiet Storm / Smokey Robinson
6. Theme From SWAT / Rhythm Heritage

実はこの『ユニヴァース』という番組は、曲を必ずフルコーラスでかけるのが大原則。そのためちょっとおしゃべりが長くなったので、「クワイエット・ストーム」は当初のアルバム・ヴァージョンから、短いシングル・ヴァージョンに変更したりしました。

何曲かかるかアンケートは、結局6曲。7〜9曲に投票した方が多かったですが、惜しいところでした。

しかし、久々にたっぷり音楽談義しました。(笑) 松尾さん、おつかれさま〜、そしておよびいただきありがとうございました。

ENT>RADIO>Universe
【リハーサル順調】

順調。

今日の木下航志くんのライヴのリハーサルが行われ、順調に準備が進んだ。今回の木下くんのライヴは、第一部がアコースティック・セットでオリジナル曲、第2部がバンド編成でソウルのカヴァー曲中心のものになる。第2部のバックをザ・ソウル・サーチャーズが務める。

リハーサルが先週から何回か行われ、昨日、最終リハが終わった。ブレンダ・ヴォーンとのからみなどもあり、特に第2部はソウル度がかなり高くなりそうだ。

面白いのが、音楽ディレクター、ケイリブは他のミュージシャンに対して、アイコンタクトや腕を振って、タイミングのキューを出す。ところが、航志くんはそれを見ることなく、そのタイミングにあわせて、歌ったり、ピアノの演奏をしたりする。たぶん、一・二度その音を聞いて、タイミングを覚えてしまうのだろう。これは、七不思議だ。

そして、もうひとつ驚かされるのが、12時から8時くらいまでリハをやっているのだが、ミュージシャンの何人かはある時間までしかやらなかったり、シンガーは遅い時間に入って、先に帰ったりというスケジュールになっているのだが、彼はあたりまえなのだが、全部にいる。その体力のすごさに脱帽する。

「今回のリハはどう」と聞くとニコニコしながら、「すご〜いですねえ、みんな勉強になります」と答える。1曲リハーサルをしていくごとに、彼はあらゆることを吸収しているのだろう。さて、教会という神聖なる場所で、航志くんにはどんな神が舞い降りるのか。

■当日券は若干だけあるようです。お問い合わせは直接会場へ。品川グローリアチャペル 〒140-0001 東京都品川区北品川4−7−40 電話 03-3443-1721

ENT>MUSIC>LIVE>ANNOUNCEMENT>Kishita Kohshi
【木下航志・品川教会で歌う】

証人。

3階以上の吹き抜けの高さの天井。正面には十字架とパイプオルガンのパイプ。左右はガラスで囲まれた品川教会。

神聖なる教会に堂々と響く「アメージング・グレイス」。ブレンダ・ヴォーンとのデュエットで聴かせたこれは、第一部のオープニングにうってつけだった。力強く、そして、太く、ソウルフルに木下航志は「アメイジング・グレイス」を歌い上げた。何度も歌ってきたこの曲。僕も何度も聴いてきたこの曲。「東京レディー・ソウル・ナンバー・ワン」ブレンダとのデュエットはまずオープニングでオーディエンスの魂をわしづかみにした。

第1部は日本語のオリジナル曲を中心に、そして、第2部はこれまで「ソウル・サーチン」で歌ってきたソウル・ジャイアンツの作品を中心に、バックにソウル・サーチャーズを従えて歌った。

今回、このために初お披露目したのは、ローリング・ストーンズの大ヒット「ワイルド・ホーセス」。これをブレンダとデュエットで、アリシア・キーズ・ヴァージョンで。そして、もう一曲はアイズレー・ブラザースの「サマー・ブリーズ」(オリジナルは、シールズ&クロフツ)。どちらも、かなり本人も練習してまとまっていた。

ソウル・ジャイアンツのカヴァーは、彼の幅広い音楽のルーツのひとつへの回帰でもある。そうした先人たちにリスペクトを込めて、こうした作品を歌うということは、非常に意義のあることだろう。

アレサのヴァージョンの「明日にかける橋」なども、ブレンダたちがバックコーラスを支えることによってゴスペル色たっぷりになった。

超満員で立ち見まででていた会場に訪れた観客の年齢層は幅広かった。20代と思われる若い人たちから白髪の50代、60代まで。NHKや朝日新聞が取り上げるアーティストだけはある。(8月28日付け朝日新聞朝刊の「ひと」欄で取り上げられた) もちろん細かい点でいくつか課題は残ったが、概ねオーディエンスからは厚い支持を得たようだ。

スティーヴィー・ワンダーのライヴで、彼の後ろの席に座った偶然から3年8ヶ月。彼の初ライヴを下北沢で見てからも3年が経った。まさか自分が彼のライヴのオーガナイザーをして、ソウル・サーチャーズが彼のバックをつけることになるなど夢にも思わなかった。あの偶然は、今、必然になったのかもしれない。品川教会は、神の名の元にその証人(Withness)だ。そして、観客は彼の成長の瞬間の目撃者でもある。

(この項、続く)

■木下航志君についてのソウル・サーチン・ダイアリー 過去記事一覧

(木下航志君とは何者かと興味をお持ちの方は、日付順にダイアリーをご覧ください)

2003/12/29 (Mon)
Stevie Gave Love & Courage To Everybody
スティーヴィーのライヴで見かけた少年。
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200312/diary20031229-1.html

2004/04/30 (Fri)
Kishita Koushi: 14-Year-Old Genius, I’d Call Him "Little Koushi"
木下君のNHKでのドキュメンタリー。
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200404/diary20040430.html

2004/08/14 (Sat)
Kishita Koshi Live: The Live Performance I Really Desired To See
木下君の初ライヴ体験。
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200408/diary20040814.html

2004/08/15 (Sun)
Talent Of Musicians VS Talent Of Listeners
ミュージシャンの才能、聴き手の才能
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200408/diary20040815.html

April 02, 2005
Kishita Kohshi Live: First Heisei-born Super Star
初の平成生まれのスーパースター
http://blog.soulsearchin.com/archives/2005_04_02.html

June 27, 2005
Soul Searchin’ Talking Vol.4; What’d I Write (Part 1)
「ソウル・サーチン・トーキング」にゲストで登場
http://blog.soulsearchin.com/archives/2005_06_27.html

June 28, 2005
What’d I Write (Part 2): Soulful Joint On "What’d I Say"
「ソウル・サーチン・トーキング」にゲストで登場(パート2)
http://blog.soulsearchin.com/archives/2005_06_28.html

August 22, 2005
After Kohshi’s Rehearsal Is Over, Soul Food Is Waiting
リハの後にはソウルフードが待っている
http://blog.soulsearchin.com/archives/2005_08_22.html

August 25, 2005
Kishita Kohshi Live At Duo: Power To The Listener
リスナーに力を与える航志パワー
http://blog.soulsearchin.com/archives/000472.html

August 30, 2005
Kishita Kohshi At "Soul Blends": Blind Ain’t Nothing, But A Word.
『ソウルブレンズ』にゲスト出演
http://blog.soulsearchin.com/archives/000477.html

December 25, 2005
"Soul Music Live Vol.5"(Part 2)
『ソウル・ミュージック・ライヴ』にゲスト出演
http://blog.soulsearchin.com/archives/000725.html

December 30, 2005
Kohshi: Video Shooting Session
ビデオ撮影用ライヴセッション
http://blog.soulsearchin.com/archives/000735.html

February 03, 2006
Kishita Kohshi New Album Release Live
木下航志、新作アルバム『絆』リリースライヴ
http://blog.soulsearchin.com/archives/000808.html

March 28, 2006
Kishita Kohshi Live At Yamano Jam Spot
山野楽器でのアコースティック・ライヴ
http://blog.soulsearchin.com/archives/000920.html

July 19, 2006
Kishita Kohshi: The Moment Time Freezed
木下航志、時を凍結させた瞬間
http://blog.soulsearchin.com/archives/001147.html

July 02, 2006
Big Big Thanks For Joining "Soul Searchin’: The Session Vol.1"
『ソウル・サーチン・ザ・セッション』でのライヴ
http://blog.soulsearchin.com/archives/001111.html

August 12, 2006
Kishita Kohshi Live: Audience shouted "All" For Encore
【観客、アンコールに「全部〜」と叫ぶ】
http://blog.soulsearchin.com/archives/001194.html

October 22, 2006
Kishita Kohshi Joined By Kurosawa Kaoru & Murakami Tetsuya To Sing "Ribbon In The Sky"
【木下+黒沢+村上トリオで『リボン・イン・ザ・スカイ』熱唱】
http://blog.soulsearchin.com/archives/001342.html

March 29, 2007
Soul Searchin: (Part 3): The Beauty Of Background Vocals
【バックコーラスの美学】
http://blog.soulsearchin.com/archives/001673.html

May 20, 2007
Kishita Kohshi Live At OAZO
【木下航志ライヴ、丸の内・オアゾビル】
http://blog.soulsearchin.com/archives/001778.html

June 07, 2007
Maxayn, Robbie, Anthony Talk:【話は広がる〜雑談】 
http://blog.soulsearchin.com/archives/001816.html

July 27, 2007
Kishita Kohshi Will Sing 3 Songs On NHK-FM "Soul Music"
【木下航志NHK−FM『ソウル・ミュージック』にゲスト出演】
http://blog.soulsearchin.com/archives/001919.html

August 29, 2007
Rehearsal For Kohshi Kishita
【リハーサル順調】
http://blog.soulsearchin.com/archives/001985.html

■Setlist : Kishita Kohshi Live At Shinagawa Church, August 29,
セットリスト 木下航志 品川教会

First Set:

01. Amazing Grace (Kohshi & Brenda)
02. 遠い街 
03. Love Is Everywhere
04. たからもの
05. Voice
06. 通り雨
07.  絆
08.  竹田の子守歌

Second Set

01. Georgia On My Mind (Ray Charles)
02. Lately (Stevie Wonder)
03. Ribbon In The Sky (Stevie Wonder)
04. Wild Horses (Rolling Stone, Alicia Keys version)
05. Summer Breeze (Isley Brothers, Seales & Crofts)
06. Someday We’ll All Be Free (Donny Hathaway)
07. Bridge Over Troubled Water (Simon & Garfunkel, Aretha Franklin)
08. What’s Going On (Marvin Gaye)
Enc.1 Tell Me Lies (Kohshi’s Original Song, Japanese song)
Enc.2 Ain’t No Mountain High Enough (Marvin Gaye & Tammi Terell)

Members: Kishita Kohshi & The Soul Searchers

Kishita Kohshi (keyboards, vocal)

Kaleb James ((keyboards, vocal)
Namura Takeshi (bass)
Takeuchi Tomoyasu (guitar)
Gary Scott (sax, vocal)
Andy Matsukami Friggs (percussion, vocal)
Brenda Vaughn (vocal)
Kamino Yuri (vocal)

(2007年8月29日水曜、品川教会=木下航志&ザ・ソウル・サーチャーズ・ライヴ)
ENT>MUSIC>LIVE>Kishita Kohshi & The Soul Searchers
2007-105
【目撃者はいるか、証人はいるか】

一方向。

ライヴ当日8月29日(水)の昼前に、品川教会に入るとすでに大勢の人々がステージを中心に忙しく動いていた。すごい人数だ。おそらく5−60人は軽くいただろう。DVD撮影隊、照明、PA関係、楽器関係、そして、ミュージシャンたちとその関係者・・・。武道館やドームのイヴェントならともかく、たかだか300人強のキャパ(収容人数)のライヴにこの数は驚いた。なにしろ60枚用意していたスタッフパスが足りなくなったほどだ。そして、その誰もが、18歳の木下航志くんひとりのために、一心不乱に動いていることにちょっと感銘した。

早いスタッフは9時集合。以後11時半集合、12時半集合のメンバーなど仕事の種類によって違うが、各人がそれぞれの持ち場で、各時間にしっかり仕事をして、準備を整え、そしてついにライヴ・アーティストがステージにあがり、やっと2時間のライヴが成立する。

ひとつのライヴを作るために、これほどの人たちが動いている。別に航志くんのライヴには限らないが、2時間から2時間半のライヴを見せるために、たくさんの人たちのエネルギーがそのためだけに凝縮されていくのだなということを改めて痛切に感じた。

しかも、ライヴは一夜限り、やり直しはない。悔いの残らないようなものにできるか。ミュージシャン、スタッフのヴェクトルは純粋に一方向だ。

ドキュメンタリー。

今回はDVD用の撮影隊がカメラ10台を備えた。一台は大きなクレーンに乗っている。これはライヴの模様をDVDとしてリリースするという話。さらにこの他に、現在航志君のドキュメンタリー映画を撮影しており、そのチームが3人、別働隊で動いている。これは大所帯になるわけだ。

この映画は「吉本100本映画」(正確には「YOSHIMOTO DIRECTOR’S 100 〜100人が映画撮りました〜」)という企画の1本で製作されるもの。吉本興業が若手タレントや作家、監督に30分程度の映画を撮らせる機会を与え、完成した作品を徐々に公開している。

航志君の作品は過去半年ほど彼を追っている松永大司(まつなが・だいし)さんが監督している。松永さんは航志君とともにニューヨークに行ったり、最近ではネパールにも行ったり、かなりべったりついてカメラを回している。航志君を追いながら、その周辺人物、航志君をよく知る人物たちへのインタヴューも集めている。

そこで、僕も簡単なインタヴューを受けたが、ソウル・サーチャーズのケイリブ・ジェームス、ブレンダ・ヴォーン、ゲイリー・スコット、ユリらにもリハーサルの合間に話を聞いた。そのとき、軽くインタヴュー役を引き受けたのだが、ケイリブやブレンダの話がかなり興味深かった。

ケイリブは言う。「航志はトランペットだ。僕にとってはアル・ジャロウはギターだ。その声、それこそが楽器なんだ。航志の声も楽器だ。アル・ジャロウは僕にはギターに思える。同じようにエラ・フィッツジェラルドはサックス奏者だ。で、航志はトランペットなんだ」 なるほど。ひじょうに面白い見解だ。

ブレンダは、航志君と知り合ってすでに数年経っている。最初からの成長ぶりを見守りながら、「私はアンティ・ブレンダ(ブレンダおばさん)なのよ。(笑)」という。そしてこう続けた。「彼の素晴らしいところは、たとえば、私が何歳か、関係ない。私の肌の色が何色かなんかも関係ない。私が背が高かろうが、小さかろうが、関係ない。そう、(私だけに対してでなく)何に対してもまったく偏見がないのよ。人と接するとき、背の高さ、容姿、年齢、肌の色などを気にする人は多いけど、彼はそこから生まれる偏見とはまったく無縁なのよね。それってとても素晴らしいことじゃない?」 

ユリのアドヴァイスはこうだ。「ヴォーカルもそうだけど、ピアノのうまさに最近は特に驚いています。どんどんうまくなって欲しい。それと、ひとつのジャンルだけじゃなく、いろんな、ありとあらゆる音楽ジャンルを聴いて、勉強して。さまざまなシンガーを聴いて。彼くらい(レベルが高いところで)出来るなら、後はいかに自分のスタイルを作っていくかというだけよ」 

ケイリブ。「彼と知り合って、何、まだ2年か。もっと長い間知っているような感じがするな。それほど、密度が濃いということかな。最初はお手並み拝見という感じだったが、ひとたびキーボードを弾いて、歌声を聴いたら、ノックダウンさせられたよ。お〜〜っ」

航志君は「最近、ケイリブのキーボード(ピアノ)に影響を受けてます」と告白した。そういわれてみると、水曜のライヴのいくつかのピアノ・プレイで、ちょっとケイリブ風に航志君が弾いているところが感じられた。新発見だ。たくさんのいいミュージシャンとコラボレーションして、どんどん感化され、影響を受け、吸収していけば、いいと思う。

そして、彼らはみな航志君の成長の目撃者であり、証言者であり、影響を与える人たちでもある。

(2007年8月29日水曜、品川教会=木下航志&ザ・ソウル・サーチャーズ・ライヴ)
ENT>MUSIC>LIVE>Kishita Kohshi & The Soul Searchers
2007-105

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