【見覚えのあるボトル】
シャンペーン。
シャンパン、シャンパーン、シャンペーン、シャンパーニュ・・・。以上、シャンパン4段活用。ま、いろいろ表記はありますが。昨日あたりの世間の話題は、陣内&藤原紀香の披露宴でしょうか。テレビで生放送されたこともあり、さらにワイドショーなどのかっこうのねたになっています。
そんな中、披露宴の乾杯のシーンで使われたシャンパンのボトルに見覚えが! テレビの解説によれば、フランスで初めて日本人が作ったシャンパン・・・なんたらかんたら。おおおっ! あれだ!
そう、あのマーチンさんが3月にリリースした最新作『シャンペーン・ロワイヤル』でコラボしていた「ラ・スル・グロワール」のシャンパーンだ。おそらく、その中の「ル・レープ・グランクリュ」が乾杯のときに使われたものと思われる。3月6日にコットン・クラブで行われたときに、その時点ではまだ発売されていなかったそのシャンペーンが振舞われた。
じ、実は、このボトルが一本うちの冷蔵庫にもあったのだ。マーチンさんのコットン・クラブでのライヴの後に、「ラ・スル・グロワール」の合田社長から送られてきていたのだ。ありがとうございます。
思わず、テレビに映ったボトルを見て、冷蔵庫の中のボトルを取り出して確認した。これで、このボトルを開けるときに、うんちくがひとつ加わりました。
「ラ・スル・グロワール」ウェッブ
http://www.la-seule-gloire.com/index.html
マーチンさん、シャンペーンについて語る
http://www.la-seule-gloire.tv/
シャンペーン。
シャンパン、シャンパーン、シャンペーン、シャンパーニュ・・・。以上、シャンパン4段活用。ま、いろいろ表記はありますが。昨日あたりの世間の話題は、陣内&藤原紀香の披露宴でしょうか。テレビで生放送されたこともあり、さらにワイドショーなどのかっこうのねたになっています。
そんな中、披露宴の乾杯のシーンで使われたシャンパンのボトルに見覚えが! テレビの解説によれば、フランスで初めて日本人が作ったシャンパン・・・なんたらかんたら。おおおっ! あれだ!
そう、あのマーチンさんが3月にリリースした最新作『シャンペーン・ロワイヤル』でコラボしていた「ラ・スル・グロワール」のシャンパーンだ。おそらく、その中の「ル・レープ・グランクリュ」が乾杯のときに使われたものと思われる。3月6日にコットン・クラブで行われたときに、その時点ではまだ発売されていなかったそのシャンペーンが振舞われた。
じ、実は、このボトルが一本うちの冷蔵庫にもあったのだ。マーチンさんのコットン・クラブでのライヴの後に、「ラ・スル・グロワール」の合田社長から送られてきていたのだ。ありがとうございます。
思わず、テレビに映ったボトルを見て、冷蔵庫の中のボトルを取り出して確認した。これで、このボトルを開けるときに、うんちくがひとつ加わりました。
「ラ・スル・グロワール」ウェッブ
http://www.la-seule-gloire.com/index.html
マーチンさん、シャンペーンについて語る
http://www.la-seule-gloire.tv/
James Brown’s Song Credit:
2007年6月2日【ジェームス・ブラウンの作品のクレジット】
クレジット。
ジェームス・ブラウンのアルバムが紙ジャケットでリリースされ、そのうちの『ゲッタップ・オファ・ザット・シング』(1976年7月)と『ボディーヒート』(1976年12月)のライナーを書いている。
いろいろと見ていたら、これらのアルバムの作曲家クレジットが、ディーナ・ブラウン、ヤマ・ブラウン、そして、デイドラ・ブラウンの3人になっていて、ジェームス・ブラウン本人の名前がないことに気づいた。デイドラは、ミスター・ブラウンの2番目の妻。ヤマとディーナは娘だ。
通常、ジェームス・ブラウンの曲は、ジェームス・ブラウンがひとりか、バンドメンバーたちとジャムセッションを続けながら作り上げていく。よって作曲家クレジットはジェームス・ブラウン(プラス・バンドメンバーの誰か)になることが普通だ。ところがここで妻や娘の名前をいれているということは、どういうことになるかというと、これらの楽曲から生まれる著作権印税が娘や妻に行くことになることを意味する。
言ってみれば、ブラウンが娘や妻へ、ある種お小遣いをあげている、というニュアンスなのだ。
このうち、ヤマ・ブラウンはミスター・ブラウンの自慢の娘でよく勉強もできたようで、現在はドクターになっている。1990年代に、レコードデビューさせようという話が進み、何曲かレコーディングしていた。
2番目の妻デイドラ(愛称・ディー・ディー)は、ブラウンにもっと家にいて子育てを手伝って欲しいと願っていた。そこで70年代中期、一時期ツアー本数を減らす。しかし、残念ながら最終的には1981年に離婚。
その後、3番目の妻となるエイドリアナと出会う。エイドリアナにクレジットを与えたかどうかは、調べてみないとわからない。
クレジット。
ジェームス・ブラウンのアルバムが紙ジャケットでリリースされ、そのうちの『ゲッタップ・オファ・ザット・シング』(1976年7月)と『ボディーヒート』(1976年12月)のライナーを書いている。
いろいろと見ていたら、これらのアルバムの作曲家クレジットが、ディーナ・ブラウン、ヤマ・ブラウン、そして、デイドラ・ブラウンの3人になっていて、ジェームス・ブラウン本人の名前がないことに気づいた。デイドラは、ミスター・ブラウンの2番目の妻。ヤマとディーナは娘だ。
通常、ジェームス・ブラウンの曲は、ジェームス・ブラウンがひとりか、バンドメンバーたちとジャムセッションを続けながら作り上げていく。よって作曲家クレジットはジェームス・ブラウン(プラス・バンドメンバーの誰か)になることが普通だ。ところがここで妻や娘の名前をいれているということは、どういうことになるかというと、これらの楽曲から生まれる著作権印税が娘や妻に行くことになることを意味する。
言ってみれば、ブラウンが娘や妻へ、ある種お小遣いをあげている、というニュアンスなのだ。
このうち、ヤマ・ブラウンはミスター・ブラウンの自慢の娘でよく勉強もできたようで、現在はドクターになっている。1990年代に、レコードデビューさせようという話が進み、何曲かレコーディングしていた。
2番目の妻デイドラ(愛称・ディー・ディー)は、ブラウンにもっと家にいて子育てを手伝って欲しいと願っていた。そこで70年代中期、一時期ツアー本数を減らす。しかし、残念ながら最終的には1981年に離婚。
その後、3番目の妻となるエイドリアナと出会う。エイドリアナにクレジットを与えたかどうかは、調べてみないとわからない。
Kubota Toshinobu Meets Kreva
2007年6月3日【久保田利伸、クレバ・ライヴ】
ユニティー。
ラッパーのクレバ(KREVA)とソウルマン久保田利伸が『ユニティー』の名のもとにコラボレート。全国ツアーを行っている。その東京を見た。
渋谷アックスは超満員。人の熱気で酸欠気味。いきなり全員参加でセッションを始め、前半がクレバ、中盤で二者のコラボがあり、後半は久保田ヒッツで、また最後が一緒にという構成。
現在活動休止中のキック・ザ・カン・クリューのメンバーで1999年から2001年まで3年連続で「Bボーイ・パーク」のラップバトルで優勝したクレバのラップは、言葉がはっきり聞き取れ、何を言っているかがよく伝わってくるラップだ。大変な人気ぶりに驚いた。クレバって慶応卒業なんですか。知らなかった。
久保田パートは、いつものバンドでのソウルフルなパフォーマンス。ところどころ、ジェームス・ブラウン風あり、ゴー・ゴー・サウンドの要素あり、デルフォニックスの「ラ・ラ・ミーンズ・アイ・ラヴ・ユー」を観客に歌わせたり、極めつけはアメリカのファンク・グループ、メイズ(フィリップ・ウーがかつて在籍)の「ビフォー・アイ・レット・ゴー」のメロディーを8小節ほどはさみこんだりとソウルマナーたっぷり。
ケイリブが、「ラ・ラ・ラ・ラヴ・ソング」の日本語コーラスをやっていたのには驚いた。(笑い)
クレバのKに、久保田のK。日本のブラックミュージック界のKKコンビだ。
■メンバー
クレバ (MC)
ブラスト・ランページ (フジー、千春)(MC)
DJシューホー
クマイゴロウ
+++
久保田利伸 (ヴォーカル)
柿崎洋一郎 (キーボード)
フィリップ・ウー(キーボード)
ジェイ・スティックス (ドラムス)
カルロス・ヘンダーソン (ベース)
西山ハンコ屋史翁 (ギター)
有坂美香 (コーラス)
神野ゆり (コーラス)
ケイリブ・ジェームス (コーラス)
Setlist
Kubota Toshinobu, Kreva @ Shibuya AX, June 2nd, 2007
久保田利伸、クレバ・ライヴ
show started 18:04
01. Unity Session (All)
02. The Show (Kreva↓)
03. 国民的行事
04. Have A Nice Day!
05. いいと思う
06. イッサイガッサイ
07. アグレッシ部
08. 音色 (Kreva + Kubota)
09. M☆A☆G☆I☆C (Kreva + Kubota)
10. TIMEシャワーに射たれて (Kreva + Kubota)
11. Breaking Through (Kubota↓)
12. Love Reborn
13. Rock With Me Poh!
14. Indigo Waltz
15. La La La Love Song
16. Never Turn Back (Kubota + Kreva)
Enc. Oh, What A Night! (All)
show ended 19:51
(2007年6月2日土曜、渋谷アックスAX=久保田利伸、クレバ[KREVA]・ライヴ)
ENT>MUSIC>LIVE>Kubota, Toshinobu & Kreva
2007-74
ユニティー。
ラッパーのクレバ(KREVA)とソウルマン久保田利伸が『ユニティー』の名のもとにコラボレート。全国ツアーを行っている。その東京を見た。
渋谷アックスは超満員。人の熱気で酸欠気味。いきなり全員参加でセッションを始め、前半がクレバ、中盤で二者のコラボがあり、後半は久保田ヒッツで、また最後が一緒にという構成。
現在活動休止中のキック・ザ・カン・クリューのメンバーで1999年から2001年まで3年連続で「Bボーイ・パーク」のラップバトルで優勝したクレバのラップは、言葉がはっきり聞き取れ、何を言っているかがよく伝わってくるラップだ。大変な人気ぶりに驚いた。クレバって慶応卒業なんですか。知らなかった。
久保田パートは、いつものバンドでのソウルフルなパフォーマンス。ところどころ、ジェームス・ブラウン風あり、ゴー・ゴー・サウンドの要素あり、デルフォニックスの「ラ・ラ・ミーンズ・アイ・ラヴ・ユー」を観客に歌わせたり、極めつけはアメリカのファンク・グループ、メイズ(フィリップ・ウーがかつて在籍)の「ビフォー・アイ・レット・ゴー」のメロディーを8小節ほどはさみこんだりとソウルマナーたっぷり。
ケイリブが、「ラ・ラ・ラ・ラヴ・ソング」の日本語コーラスをやっていたのには驚いた。(笑い)
クレバのKに、久保田のK。日本のブラックミュージック界のKKコンビだ。
■メンバー
クレバ (MC)
ブラスト・ランページ (フジー、千春)(MC)
DJシューホー
クマイゴロウ
+++
久保田利伸 (ヴォーカル)
柿崎洋一郎 (キーボード)
フィリップ・ウー(キーボード)
ジェイ・スティックス (ドラムス)
カルロス・ヘンダーソン (ベース)
西山ハンコ屋史翁 (ギター)
有坂美香 (コーラス)
神野ゆり (コーラス)
ケイリブ・ジェームス (コーラス)
Setlist
Kubota Toshinobu, Kreva @ Shibuya AX, June 2nd, 2007
久保田利伸、クレバ・ライヴ
show started 18:04
01. Unity Session (All)
02. The Show (Kreva↓)
03. 国民的行事
04. Have A Nice Day!
05. いいと思う
06. イッサイガッサイ
07. アグレッシ部
08. 音色 (Kreva + Kubota)
09. M☆A☆G☆I☆C (Kreva + Kubota)
10. TIMEシャワーに射たれて (Kreva + Kubota)
11. Breaking Through (Kubota↓)
12. Love Reborn
13. Rock With Me Poh!
14. Indigo Waltz
15. La La La Love Song
16. Never Turn Back (Kubota + Kreva)
Enc. Oh, What A Night! (All)
show ended 19:51
(2007年6月2日土曜、渋谷アックスAX=久保田利伸、クレバ[KREVA]・ライヴ)
ENT>MUSIC>LIVE>Kubota, Toshinobu & Kreva
2007-74
Philip Woo Promotes His Own Gig
2007年6月4日【フィリップ・ウー、コットン・ライヴのフライヤーを配る】
宣伝。
久保田利伸&クレバの「ユニティー・ライヴ」が終わって楽屋に行くと、ケイリブやゆりさん、有坂美香さんらがいて、みなくつろいでいた。そんな中、フィリップは、周囲の人たちに今週5日と6日にコットンクラブで行われる彼の「ビリー・プレストン・トリビュート・ライヴ」のフライヤーを精力的に宣伝して配っていた。「僕のギグ、みんな来てね〜」
一足先に、4月に行われたライヴを見たが、かなりファンキーなソウル・ライヴなので、4月の同ライヴをごらんになっていない方はぜひどうぞ。太鼓判押します。(笑)
下記5月24日付けのソウル・サーチン・ブログに4月のライヴのセットリストを掲載してあるので、予習されたい方はご参考に。
ところで、フィリップは自分からは絶対にメイズの曲をやると言わない。今回の久保田ライヴでも、メイズの「ビフォー・アイ・レット・ゴー」を8小節いれたことについて、「あれは、僕のアイデアじゃないんだ。久保田のアイデアなんだ」と説明する。なかなかその真相が聞けないのだが、いつかひざをつきあわせて、つっこんだ話をしてみたい。(笑)
僕が今年の1月にディーヴァ・グレイのライヴをやったように、「フィリップ・ウー・ヒストリー」みたいなライヴができたらおもしろいのではないかと密かに思っている。それこそ、彼の出発点のロイ・エアーズ、同じ故郷のケニー・G、メイズ、アシュフォード&シンプソン、グラディス・ナイト、オージェイズなど、レコーディング、ツアーで一緒に回ったソウル・アーティストは枚挙にいとまがない。ディーヴァのときは、かつてディーヴァがバックを担当した作品ばかりを集めて選曲し、ディーヴァのショーを組んだ。フィリップ関連の作品ばかり選曲したら、きっとおもしろいソウルファンをうならせるショーになると思う。
■ PHILIP WOO "A Tribute To Billy Preston"
2007年6月5日(火曜)、6月6日(水曜)
丸の内コットン・クラブ 午後7時、午後9時半 (入れ替え)
◎料金 自由席/テーブル席 : ¥5,250
◎指定席/ BOX A (4名席) : お1人様¥7,350 BOX B (2名席) : お1人様¥6,300 BOX S (2名席) : お1人様¥6,825 SEAT C (2名席) : お1人様¥6,300
◎今回のメンバー フィリップ・ウー "ア・トリビュート・トゥ・ビリー・プレストン"
Philip Woo(org,key), Kaleb James(vo,key), Robbie Danzie(vo), Satoshi Sano(tb), Shiro Sasaki(tp), Shoji Haruna(sax,per ※6.5のみ), Hajime Yamamoto(sax,per ※6.6のみ), Hank Nishiyama(g), Clifford Archer(b), Jay Stixx(ds)
◎予約受け付け電話 03-3215-1555(受付時間 11:00 am 〜11:00 pm)
■フィリップ過去関連記事(ビリー・プレストンについて)
May 24, 2007
Philip Woo’s Billy Preston Tribute Again; Jino’s Funky Gig Will Be On Next Week
http://blog.soulsearchin.com/archives/2007_05_24.html
April 04, 2007
Philip Woo: Tribute To Billy Preston (Part 1)
http://blog.soulsearchin.com/archives/2007_04_04.html
April 05, 2007
Philip Woo: Tribute To Billy Preston (Part 2)
http://blog.soulsearchin.com/archives/2007_04_05.html
ENT>ANNOUNCEMENT>Woo, Philip
宣伝。
久保田利伸&クレバの「ユニティー・ライヴ」が終わって楽屋に行くと、ケイリブやゆりさん、有坂美香さんらがいて、みなくつろいでいた。そんな中、フィリップは、周囲の人たちに今週5日と6日にコットンクラブで行われる彼の「ビリー・プレストン・トリビュート・ライヴ」のフライヤーを精力的に宣伝して配っていた。「僕のギグ、みんな来てね〜」
一足先に、4月に行われたライヴを見たが、かなりファンキーなソウル・ライヴなので、4月の同ライヴをごらんになっていない方はぜひどうぞ。太鼓判押します。(笑)
下記5月24日付けのソウル・サーチン・ブログに4月のライヴのセットリストを掲載してあるので、予習されたい方はご参考に。
ところで、フィリップは自分からは絶対にメイズの曲をやると言わない。今回の久保田ライヴでも、メイズの「ビフォー・アイ・レット・ゴー」を8小節いれたことについて、「あれは、僕のアイデアじゃないんだ。久保田のアイデアなんだ」と説明する。なかなかその真相が聞けないのだが、いつかひざをつきあわせて、つっこんだ話をしてみたい。(笑)
僕が今年の1月にディーヴァ・グレイのライヴをやったように、「フィリップ・ウー・ヒストリー」みたいなライヴができたらおもしろいのではないかと密かに思っている。それこそ、彼の出発点のロイ・エアーズ、同じ故郷のケニー・G、メイズ、アシュフォード&シンプソン、グラディス・ナイト、オージェイズなど、レコーディング、ツアーで一緒に回ったソウル・アーティストは枚挙にいとまがない。ディーヴァのときは、かつてディーヴァがバックを担当した作品ばかりを集めて選曲し、ディーヴァのショーを組んだ。フィリップ関連の作品ばかり選曲したら、きっとおもしろいソウルファンをうならせるショーになると思う。
■ PHILIP WOO "A Tribute To Billy Preston"
2007年6月5日(火曜)、6月6日(水曜)
丸の内コットン・クラブ 午後7時、午後9時半 (入れ替え)
◎料金 自由席/テーブル席 : ¥5,250
◎指定席/ BOX A (4名席) : お1人様¥7,350 BOX B (2名席) : お1人様¥6,300 BOX S (2名席) : お1人様¥6,825 SEAT C (2名席) : お1人様¥6,300
◎今回のメンバー フィリップ・ウー "ア・トリビュート・トゥ・ビリー・プレストン"
Philip Woo(org,key), Kaleb James(vo,key), Robbie Danzie(vo), Satoshi Sano(tb), Shiro Sasaki(tp), Shoji Haruna(sax,per ※6.5のみ), Hajime Yamamoto(sax,per ※6.6のみ), Hank Nishiyama(g), Clifford Archer(b), Jay Stixx(ds)
◎予約受け付け電話 03-3215-1555(受付時間 11:00 am 〜11:00 pm)
■フィリップ過去関連記事(ビリー・プレストンについて)
May 24, 2007
Philip Woo’s Billy Preston Tribute Again; Jino’s Funky Gig Will Be On Next Week
http://blog.soulsearchin.com/archives/2007_05_24.html
April 04, 2007
Philip Woo: Tribute To Billy Preston (Part 1)
http://blog.soulsearchin.com/archives/2007_04_04.html
April 05, 2007
Philip Woo: Tribute To Billy Preston (Part 2)
http://blog.soulsearchin.com/archives/2007_04_05.html
ENT>ANNOUNCEMENT>Woo, Philip
The Fake Supremes On The Stage
2007年6月5日【テンプスとシュープリームスがテレビ『スマスマ』に??】
仰天。
さっき、たまたまつけたテレビ番組『スマップ・スマップ(SMAP X SMAP)』にシュープリームスとテンプテーションズがでていて、びっくり仰天した。メンバーに見た顔がほとんどいないのだ。録画はできなかったのだが、テンプスにはリチャード・ストリートがいた。だが、あとは見かけない顔。
リチャード・ストリートは、1959年から1960年と1971年から1993年までテンプスのメンバーだった。まあ、テンプテーションズを名乗る資格はあるといえば、ある。ただアメリカでは、テンプテーションズとは名乗らずに、リチャード・ストリート名義でやっているようだ。
シュープリームスのほう、これはなんだあ? 誰もオリジナルメンバーじゃないぞ。(笑) うわさのフェイク・シュープリームス(偽のシュープリームス)。で、いろいろ調べてみたら、このアーティスト名は正式には「ザ・サウンド・オブ・シュープリームス」というらしい。いわゆるオリジナルメンバーはひとりもいない。調べてみると、彼らはジョイントで、なんと全国9か所で5月末からライヴを行っているではないか。残念ながら僕は行っていない。この規模だと日本ツアーだ。
シュープリームスのうちのひとり、カーレン・ラグランドは、70年代から80年代にかけて、メリー・ウィルソンが作ったグループ(このときのアーティスト表記は、メリー・ウィルソン・フォーマリー・オブ・ザ・シュープリームス)にほんの一時期いたらしい。正確にはメリー・ウィルソンというソロ・シンガーのバックコーラスとして雇われたらしい。それだけの経験を根拠に「シュープリームス」を名乗るんだから、大変なもの。(笑)
このように「シュープリームス」をグループ名につけるアーティストは最低でも5つくらいあるという。「オンリー・ユー」で知られるプラターズにも、5つくらいはあるのだろう。このほかに、コースターズ、シャナナなどにも似たグループがたくさんいるという。
といったようなことがずっと問題になっていたので、アメリカではこうした「オリジナル・メンバーがいないグループに、そのグループの名前をつけることを禁止する」法律が制定されようとしている。その名も「トゥルース・イン・ミュージック(音楽における真実)」法案。
結局、これは最近メリー・ウィルソンなどのロビー活動が効を奏して、まずラスヴェガスで条例になった、という。ネヴァダ州では、少なくともオリジナル・グループとつながりのあるメンバーが最低1人以上いないグループは、「トリビュート」「サリュート」(捧げる、の意味)という単語をグループ名にいれないといけないという。A Tribute To Supremes featuring Karren 〜 という表記になるのかな。
さすがにアメリカではツアーができなくなってきているので、何も知らないアジアに来て営業か。(苦笑) なめられてるなあ。
Truth In Music Bill (English 英語)
http://www.vocalgroup.org/truth.htm
ENT>MUSIC>TOPICS>Fake Group
仰天。
さっき、たまたまつけたテレビ番組『スマップ・スマップ(SMAP X SMAP)』にシュープリームスとテンプテーションズがでていて、びっくり仰天した。メンバーに見た顔がほとんどいないのだ。録画はできなかったのだが、テンプスにはリチャード・ストリートがいた。だが、あとは見かけない顔。
リチャード・ストリートは、1959年から1960年と1971年から1993年までテンプスのメンバーだった。まあ、テンプテーションズを名乗る資格はあるといえば、ある。ただアメリカでは、テンプテーションズとは名乗らずに、リチャード・ストリート名義でやっているようだ。
シュープリームスのほう、これはなんだあ? 誰もオリジナルメンバーじゃないぞ。(笑) うわさのフェイク・シュープリームス(偽のシュープリームス)。で、いろいろ調べてみたら、このアーティスト名は正式には「ザ・サウンド・オブ・シュープリームス」というらしい。いわゆるオリジナルメンバーはひとりもいない。調べてみると、彼らはジョイントで、なんと全国9か所で5月末からライヴを行っているではないか。残念ながら僕は行っていない。この規模だと日本ツアーだ。
シュープリームスのうちのひとり、カーレン・ラグランドは、70年代から80年代にかけて、メリー・ウィルソンが作ったグループ(このときのアーティスト表記は、メリー・ウィルソン・フォーマリー・オブ・ザ・シュープリームス)にほんの一時期いたらしい。正確にはメリー・ウィルソンというソロ・シンガーのバックコーラスとして雇われたらしい。それだけの経験を根拠に「シュープリームス」を名乗るんだから、大変なもの。(笑)
このように「シュープリームス」をグループ名につけるアーティストは最低でも5つくらいあるという。「オンリー・ユー」で知られるプラターズにも、5つくらいはあるのだろう。このほかに、コースターズ、シャナナなどにも似たグループがたくさんいるという。
といったようなことがずっと問題になっていたので、アメリカではこうした「オリジナル・メンバーがいないグループに、そのグループの名前をつけることを禁止する」法律が制定されようとしている。その名も「トゥルース・イン・ミュージック(音楽における真実)」法案。
結局、これは最近メリー・ウィルソンなどのロビー活動が効を奏して、まずラスヴェガスで条例になった、という。ネヴァダ州では、少なくともオリジナル・グループとつながりのあるメンバーが最低1人以上いないグループは、「トリビュート」「サリュート」(捧げる、の意味)という単語をグループ名にいれないといけないという。A Tribute To Supremes featuring Karren 〜 という表記になるのかな。
さすがにアメリカではツアーができなくなってきているので、何も知らないアジアに来て営業か。(苦笑) なめられてるなあ。
Truth In Music Bill (English 英語)
http://www.vocalgroup.org/truth.htm
ENT>MUSIC>TOPICS>Fake Group
【フィリップ・ウー、ビリー・プレストンへ捧げる】
渾身。
まさにフィリップ渾身の企画といっていいだろう。彼があこがれ、大好きだったキーボード奏者、ビリー・プレストンへのトリビュート・ライヴ。もっとも、日本ではビリー自身の知名度が圧倒的にないだけに、なかなかぴんとくる人は少ないかもしれないが、東京で見られる良質のソウルショーであることにはまちがいない。
ほとんどの曲はソウル・サーチャー、ケイリブ・ジェームスが歌う。下記セットリストで5曲目あたりから、かなり、ケイリブものってきて、ピアノを弾きながら歌っていて、あまりにのって自分のメガネが飛んでいってしまった。
7曲目からロビー・ダンジーがジョイン。8曲目で、ビリー・プレストン&シリータで大ヒットした名バラード「ウィズ・ユー・アイム・ボーン・アゲイン」をケイリブと二人で熱唱。これは本当にすばらしいヴァージョンだ。ロビーはじつにうまい。
「ウィル・イット・ゴー・ラウンド・イン・サークルス」では、フィリップはピアニカをのりのりで演奏。ドラムス、ジェイ・スティックス、ベース、クリフ、キーボード、ケイリブとフィリップ、そして、ヴォーカルにロビーとほとんどソウル・サーチャーズと同様のメンバーがでてくるだけにリズム、バンドは強力だ。
さらに最後のアンコール「ユー・アー・ソー・ビューティフル」が始まる前に、フィリップが「東京には本当に才能あるシンガーがいます。そのうちの何人かをご紹介しましょう」といってシンガーをご紹介。まず、ケイリブと『ソウル・サーチン〜アレサ・フランクリン』のアンコールで「フリーウェイ・オブ・ラヴ」を熱唱したマクサン・ルイス、先週ジーノのライヴで初めて見たアンソニー・ベイリーが登場、それぞれ一部を歌った。アンソニーの声の出し方、ノックアウトさせられた。彼の低音から高音までいったい何オクターヴだせるのか。さらに、マクサンの迫力の歌唱にもノックダウンだ。
ブルースアレーでもかなりサウンドがこなれていたが、今回はさらに「慣れた感じ」になっていた。おそらく翌日(6月6日)はもっとよくなっていることだろう。
■ PHILIP WOO "A Tribute To Billy Preston"
2007年6月5日(火曜)、6月6日(水曜)
丸の内コットン・クラブ 午後7時、午後9時半 (入れ替え)
◎料金 自由席/テーブル席 : ¥5,250
◎指定席/ BOX A (4名席) : お1人様¥7,350 BOX B (2名席) : お1人様¥6,300 BOX S (2名席) : お1人様¥6,825 SEAT C (2名席) : お1人様¥6,300
◎予約受け付け電話 03-3215-1555(受付時間 11:00 am 〜11:00 pm)
■フィリップ過去関連記事(ビリー・プレストンについて)
June 04, 2007
Philip Woo Promotes His Own Gig
http://blog.soulsearchin.com/archives/2007_06_04.html
May 24, 2007
Philip Woo’s Billy Preston Tribute Again; Jino’s Funky Gig Will Be On Next Week
http://blog.soulsearchin.com/archives/2007_05_24.html
April 04, 2007
Philip Woo: Tribute To Billy Preston (Part 1)
http://blog.soulsearchin.com/archives/2007_04_04.html
April 05, 2007
Philip Woo: Tribute To Billy Preston (Part 2)
http://blog.soulsearchin.com/archives/2007_04_05.html
■メンバー
フィリップ・ウー "ア・トリビュート・トゥ・ビリー・プレストン"
Philip Woo(org,key), Kaleb James(vo,key), Robbie Danzie(vo), Satoshi Sano(tb), Shiro Sasaki(tp), Shoji Haruna(sax,per ※6.5のみ), Hajime Yamamoto(sax,per ※6.6のみ), Hank Nishiyama(g), Clifford Archer(b), Jay Stixx(ds), Maxayn Lewis (vocal), Anthony Bailey (vocal)
■セットリスト: フィリップ・ウー
Setlist : Philip Woo @ Cotton Club, June 5, 2007
2nd set
show started 21:33
01. Outa Space (Instrumental)
02. Space Race (Instrumental)
03. I Wrote A Simple Song (Kaleb)
04. John Henry (Kaleb)
05. That’s The Way God Planned It (Kaleb)
06. God Is Great (Kaleb)
07. The Bus (Kaleb)
08. With You, I’m Born Again (Kaleb & Robbie)
09. Let It Be (Kaleb)
10. Get Back (Kaleb)
11. Nothing From Nothing (Kaleb)
12. Will It Go Round In Circles (Kaleb)
Enc. You’re So Beautiful (Kaleb, Maxayn, Anthony)
show ended 23:07
(2007年6月5日火曜、丸の内コットン・クラブ=フィリップ・ウー&フレンズ・ライヴ)
ENT>MUSIC>LIVE>Woo, Philip
2007-76
渾身。
まさにフィリップ渾身の企画といっていいだろう。彼があこがれ、大好きだったキーボード奏者、ビリー・プレストンへのトリビュート・ライヴ。もっとも、日本ではビリー自身の知名度が圧倒的にないだけに、なかなかぴんとくる人は少ないかもしれないが、東京で見られる良質のソウルショーであることにはまちがいない。
ほとんどの曲はソウル・サーチャー、ケイリブ・ジェームスが歌う。下記セットリストで5曲目あたりから、かなり、ケイリブものってきて、ピアノを弾きながら歌っていて、あまりにのって自分のメガネが飛んでいってしまった。
7曲目からロビー・ダンジーがジョイン。8曲目で、ビリー・プレストン&シリータで大ヒットした名バラード「ウィズ・ユー・アイム・ボーン・アゲイン」をケイリブと二人で熱唱。これは本当にすばらしいヴァージョンだ。ロビーはじつにうまい。
「ウィル・イット・ゴー・ラウンド・イン・サークルス」では、フィリップはピアニカをのりのりで演奏。ドラムス、ジェイ・スティックス、ベース、クリフ、キーボード、ケイリブとフィリップ、そして、ヴォーカルにロビーとほとんどソウル・サーチャーズと同様のメンバーがでてくるだけにリズム、バンドは強力だ。
さらに最後のアンコール「ユー・アー・ソー・ビューティフル」が始まる前に、フィリップが「東京には本当に才能あるシンガーがいます。そのうちの何人かをご紹介しましょう」といってシンガーをご紹介。まず、ケイリブと『ソウル・サーチン〜アレサ・フランクリン』のアンコールで「フリーウェイ・オブ・ラヴ」を熱唱したマクサン・ルイス、先週ジーノのライヴで初めて見たアンソニー・ベイリーが登場、それぞれ一部を歌った。アンソニーの声の出し方、ノックアウトさせられた。彼の低音から高音までいったい何オクターヴだせるのか。さらに、マクサンの迫力の歌唱にもノックダウンだ。
ブルースアレーでもかなりサウンドがこなれていたが、今回はさらに「慣れた感じ」になっていた。おそらく翌日(6月6日)はもっとよくなっていることだろう。
■ PHILIP WOO "A Tribute To Billy Preston"
2007年6月5日(火曜)、6月6日(水曜)
丸の内コットン・クラブ 午後7時、午後9時半 (入れ替え)
◎料金 自由席/テーブル席 : ¥5,250
◎指定席/ BOX A (4名席) : お1人様¥7,350 BOX B (2名席) : お1人様¥6,300 BOX S (2名席) : お1人様¥6,825 SEAT C (2名席) : お1人様¥6,300
◎予約受け付け電話 03-3215-1555(受付時間 11:00 am 〜11:00 pm)
■フィリップ過去関連記事(ビリー・プレストンについて)
June 04, 2007
Philip Woo Promotes His Own Gig
http://blog.soulsearchin.com/archives/2007_06_04.html
May 24, 2007
Philip Woo’s Billy Preston Tribute Again; Jino’s Funky Gig Will Be On Next Week
http://blog.soulsearchin.com/archives/2007_05_24.html
April 04, 2007
Philip Woo: Tribute To Billy Preston (Part 1)
http://blog.soulsearchin.com/archives/2007_04_04.html
April 05, 2007
Philip Woo: Tribute To Billy Preston (Part 2)
http://blog.soulsearchin.com/archives/2007_04_05.html
■メンバー
フィリップ・ウー "ア・トリビュート・トゥ・ビリー・プレストン"
Philip Woo(org,key), Kaleb James(vo,key), Robbie Danzie(vo), Satoshi Sano(tb), Shiro Sasaki(tp), Shoji Haruna(sax,per ※6.5のみ), Hajime Yamamoto(sax,per ※6.6のみ), Hank Nishiyama(g), Clifford Archer(b), Jay Stixx(ds), Maxayn Lewis (vocal), Anthony Bailey (vocal)
■セットリスト: フィリップ・ウー
Setlist : Philip Woo @ Cotton Club, June 5, 2007
2nd set
show started 21:33
01. Outa Space (Instrumental)
02. Space Race (Instrumental)
03. I Wrote A Simple Song (Kaleb)
04. John Henry (Kaleb)
05. That’s The Way God Planned It (Kaleb)
06. God Is Great (Kaleb)
07. The Bus (Kaleb)
08. With You, I’m Born Again (Kaleb & Robbie)
09. Let It Be (Kaleb)
10. Get Back (Kaleb)
11. Nothing From Nothing (Kaleb)
12. Will It Go Round In Circles (Kaleb)
Enc. You’re So Beautiful (Kaleb, Maxayn, Anthony)
show ended 23:07
(2007年6月5日火曜、丸の内コットン・クラブ=フィリップ・ウー&フレンズ・ライヴ)
ENT>MUSIC>LIVE>Woo, Philip
2007-76
Maxayn, Robbie, Anthony Talk:
2007年6月7日【話は広がる〜雑談】
歓談。
フィリップ・ウーの「ビリー・プレストン・トリビュート」ライヴの後、マクサンやロビー、アンソニーが席にいたので、ライヴ後ちょっと歓談した。
マクサンが、「あなたの最近のプロジェクトは」というので、今度の8月に行われる木下航志くんのライヴの手伝いをする、というと、彼女も「ソウル・サーチン」で会っていて、「おおお、あの子ね。彼はすごいわ」と大絶賛し始めた。
「すばらしい声の持ち主だわ。あのボーイは、はやく、海外にでるといいわよ、きっと。(アメリカの)南部でも、西部でも、東でも、全部の地域を旅すればいいわ。それぞれの土地の教会に行って、そこの人たちと歌うのよ。彼は(目が見えないので)余計な情報をとらない。ただ耳だけから聴くものを覚えていくでしょう。だから、自分よりレベルの高いミュージシャンたちと一緒にやると、彼のレベルがどんどんあがっていくのよ。ああいう子は少ないわ」 僕が「彼はスポンジのように、何でも吸収するんだ」というと、「そうそう、その通り」と返ってきた。
ロビーが、「ねえ、今度、アース・ウインド&ファイアー&エモーションズ・トリビュート、やりましょうよ」と言ってきた。「ほら、ここにエモーションズ(ロビー、マクサン、そしてポーラ・ジョンソンも座っていた)がいるでしょ。(笑) アースって、すごく日本で人気あるでしょう。絶対に、満席になるわ」 「なるほど、確かに。じゃあジェームス・ブラウンや、プリンスは?」 「おおっ、いいわね」 「ジェームス・ブラウン・ショーにはたくさんの女性シンガーがいるでしょう。リン・コリンズやマーヴァ・ホイットニーとか。ところで、プリンスの時は、ヴァニティー役やる?」 「おおっ、ははは、(ちょっと照れて)私にやれる役があれば、やるわ! (笑)」 「しばらく日本にはいる?」 「いるわよ。私は、今、KDブロージアをマネージしてるのよ。彼は今アメリカでレコーディング中なの」
アンソニーはほぼ一週間前にここコットンのジーノ・ライヴで初めて会った。そのとき「フィリップ・ウーに会うといいよ」と言っていたので、いきなり、ステージに飛び入りしたときにはびっくりした。「明日も来るの?」と聞くと、「明日はゴスペルを教えなければならないので来れない」と言う。彼は7月中旬まで東京にいる予定だが、何かいい仕事がはいれば、延長する、という。
それにしても、フィリップが言う通り、東京にもすばらしいシンガーが何人もいる。やはり、「トウキョウ・ソウル・プレイヤーズ(略してTSP)」を結成しないと。(笑)
ところで、木下航志くんのライヴについては、6月10日に詳細を発表します。8月29日(水曜)、品川教会でライヴです。
ENT>MUSIC>ESSAY
歓談。
フィリップ・ウーの「ビリー・プレストン・トリビュート」ライヴの後、マクサンやロビー、アンソニーが席にいたので、ライヴ後ちょっと歓談した。
マクサンが、「あなたの最近のプロジェクトは」というので、今度の8月に行われる木下航志くんのライヴの手伝いをする、というと、彼女も「ソウル・サーチン」で会っていて、「おおお、あの子ね。彼はすごいわ」と大絶賛し始めた。
「すばらしい声の持ち主だわ。あのボーイは、はやく、海外にでるといいわよ、きっと。(アメリカの)南部でも、西部でも、東でも、全部の地域を旅すればいいわ。それぞれの土地の教会に行って、そこの人たちと歌うのよ。彼は(目が見えないので)余計な情報をとらない。ただ耳だけから聴くものを覚えていくでしょう。だから、自分よりレベルの高いミュージシャンたちと一緒にやると、彼のレベルがどんどんあがっていくのよ。ああいう子は少ないわ」 僕が「彼はスポンジのように、何でも吸収するんだ」というと、「そうそう、その通り」と返ってきた。
ロビーが、「ねえ、今度、アース・ウインド&ファイアー&エモーションズ・トリビュート、やりましょうよ」と言ってきた。「ほら、ここにエモーションズ(ロビー、マクサン、そしてポーラ・ジョンソンも座っていた)がいるでしょ。(笑) アースって、すごく日本で人気あるでしょう。絶対に、満席になるわ」 「なるほど、確かに。じゃあジェームス・ブラウンや、プリンスは?」 「おおっ、いいわね」 「ジェームス・ブラウン・ショーにはたくさんの女性シンガーがいるでしょう。リン・コリンズやマーヴァ・ホイットニーとか。ところで、プリンスの時は、ヴァニティー役やる?」 「おおっ、ははは、(ちょっと照れて)私にやれる役があれば、やるわ! (笑)」 「しばらく日本にはいる?」 「いるわよ。私は、今、KDブロージアをマネージしてるのよ。彼は今アメリカでレコーディング中なの」
アンソニーはほぼ一週間前にここコットンのジーノ・ライヴで初めて会った。そのとき「フィリップ・ウーに会うといいよ」と言っていたので、いきなり、ステージに飛び入りしたときにはびっくりした。「明日も来るの?」と聞くと、「明日はゴスペルを教えなければならないので来れない」と言う。彼は7月中旬まで東京にいる予定だが、何かいい仕事がはいれば、延長する、という。
それにしても、フィリップが言う通り、東京にもすばらしいシンガーが何人もいる。やはり、「トウキョウ・ソウル・プレイヤーズ(略してTSP)」を結成しないと。(笑)
ところで、木下航志くんのライヴについては、6月10日に詳細を発表します。8月29日(水曜)、品川教会でライヴです。
ENT>MUSIC>ESSAY
Supremes; Different Versions
2007年6月8日【さまざまなシュープリームスの巻】
ドロドロ。
せっかく6月5日付日記を書くにあたってシュープリームスとテンプテーションズの現在の複数のグループについて調べたので、それらをわかりやすくまとめてみたい。
まず、シュープリームス。
シュープリームスは、フローレンス・バラード、メリー・ウィルソン、ダイアナ・ロス、ベティー・マクグロンの4人で1959年に結成。その後ベティーはバーバラ・マーティンに交代、その後脱退。以後はフローレンス、メリー、ダイアナ3人で。もともと、フローレンスがメリーと一緒に作ったところに、後からダイアナが入ったことで、フローレンスとメリーはかなり「オリジナル・メンバー」としての意識が強かったようだ。
しかし、酒やドラッグなどでフローレンス・バラードがさまざまなトラブルを起こすようになり、1967年解雇され、シンディー・バードソングが加入。
ダイアナ・ロスが1970年1月1日からソロに独立。ダイアナにかわってジーン・テレルがリードシンガーに。
1972年、一時期シンディーがグループを離れるがそのとき、リンダ・ローレンスが加入。シンディーは1973年に復帰。
1973年、ジーン・テレルが脱退し、シェリー・ペインが加入。
1976年、シンディーが脱退し、彼女に代わりスゼイ・グリーンが参加。この時点で、メアリー、シェリー、スゼイがシュープリームス。ここで、モータウンとの契約が切れ、シュープリームスの歴史はいったん終わる。オフィシャルにはここでシュープリームスは解散。
この後、ジーン・テレル、シェリー・ペイン、リンダ・ローレンスが、1986年ごろから「フォーマー・レディーズ・オブ・シュープリームス」という名前で営業活動を開始。1989年イギリスのディスコ・プロデューサー、イアン・レヴィンの元で何曲かレコーディング。
1992年、ジーン・テレルが脱退し、新メンバー、サンドレ・タッカーが加入。しかし、このサンドレがすぐにいなくなったようで、1996年フレディー・ポールというシンガーを加えて、ツアーを行う。
一方、メリー・ウィルソンは1979年にソロアルバムを出した後、1980年までにモータウンとの契約が切れる。以後彼女は、「シュープリームス・ショー・スターリング・メリー・ウィルソン」あるいは「シュープリームス・ショー・ウィズ・メリー・ウィルソン」という名義でライヴ活動を行うようになった。ちなみに、今回来日していたメンバーは、このときのバックコーラスの一員としてメリーをサポートしていた。
さて、2000年、ダイアナ・ロス、メリー・ウィルソン、シンディー・バードソングの3人にとあるプロモーターが、「シュープリームス再結成」の企画をもちかけた。いったんはツアーが行われそうになったが、ダイアナ以外がこの提案を拒否したために、ダイアナが別の二人のシンガー(シェリー・ペインとリンダ・ローレンス)を雇い入れツアーを行ったが、あまり客が入らずに途中で終了した。しかも、ダイアナ、リンダ、シェリーは3人が同時にシュープリームスにいたことはない。
実はこのとき、プロモーターはダイアナに1500万ドル(18億円)、メリーに300万ドル(3.6億円)、シンディーには、100万ドル(1億2千万円)以下のギャラを提示したという。この金額が、どういう根拠で算出されたのかはわからないが、ダイアナ以外がこれを知って拒絶したらしい。
といったわけで、さまざまな女のドラマがこのシュープリームス周辺にはある。けっこうドロドロである。
(テンプテーションズについても後日書きます)
■過去関連記事
June 05, 2007
The Fake Supremes On The Stage
http://blog.soulsearchin.com/archives/2007_06_05.html
ENT>MUSIC>ARTIST>SUPREMES
ドロドロ。
せっかく6月5日付日記を書くにあたってシュープリームスとテンプテーションズの現在の複数のグループについて調べたので、それらをわかりやすくまとめてみたい。
まず、シュープリームス。
シュープリームスは、フローレンス・バラード、メリー・ウィルソン、ダイアナ・ロス、ベティー・マクグロンの4人で1959年に結成。その後ベティーはバーバラ・マーティンに交代、その後脱退。以後はフローレンス、メリー、ダイアナ3人で。もともと、フローレンスがメリーと一緒に作ったところに、後からダイアナが入ったことで、フローレンスとメリーはかなり「オリジナル・メンバー」としての意識が強かったようだ。
しかし、酒やドラッグなどでフローレンス・バラードがさまざまなトラブルを起こすようになり、1967年解雇され、シンディー・バードソングが加入。
ダイアナ・ロスが1970年1月1日からソロに独立。ダイアナにかわってジーン・テレルがリードシンガーに。
1972年、一時期シンディーがグループを離れるがそのとき、リンダ・ローレンスが加入。シンディーは1973年に復帰。
1973年、ジーン・テレルが脱退し、シェリー・ペインが加入。
1976年、シンディーが脱退し、彼女に代わりスゼイ・グリーンが参加。この時点で、メアリー、シェリー、スゼイがシュープリームス。ここで、モータウンとの契約が切れ、シュープリームスの歴史はいったん終わる。オフィシャルにはここでシュープリームスは解散。
この後、ジーン・テレル、シェリー・ペイン、リンダ・ローレンスが、1986年ごろから「フォーマー・レディーズ・オブ・シュープリームス」という名前で営業活動を開始。1989年イギリスのディスコ・プロデューサー、イアン・レヴィンの元で何曲かレコーディング。
1992年、ジーン・テレルが脱退し、新メンバー、サンドレ・タッカーが加入。しかし、このサンドレがすぐにいなくなったようで、1996年フレディー・ポールというシンガーを加えて、ツアーを行う。
一方、メリー・ウィルソンは1979年にソロアルバムを出した後、1980年までにモータウンとの契約が切れる。以後彼女は、「シュープリームス・ショー・スターリング・メリー・ウィルソン」あるいは「シュープリームス・ショー・ウィズ・メリー・ウィルソン」という名義でライヴ活動を行うようになった。ちなみに、今回来日していたメンバーは、このときのバックコーラスの一員としてメリーをサポートしていた。
さて、2000年、ダイアナ・ロス、メリー・ウィルソン、シンディー・バードソングの3人にとあるプロモーターが、「シュープリームス再結成」の企画をもちかけた。いったんはツアーが行われそうになったが、ダイアナ以外がこの提案を拒否したために、ダイアナが別の二人のシンガー(シェリー・ペインとリンダ・ローレンス)を雇い入れツアーを行ったが、あまり客が入らずに途中で終了した。しかも、ダイアナ、リンダ、シェリーは3人が同時にシュープリームスにいたことはない。
実はこのとき、プロモーターはダイアナに1500万ドル(18億円)、メリーに300万ドル(3.6億円)、シンディーには、100万ドル(1億2千万円)以下のギャラを提示したという。この金額が、どういう根拠で算出されたのかはわからないが、ダイアナ以外がこれを知って拒絶したらしい。
といったわけで、さまざまな女のドラマがこのシュープリームス周辺にはある。けっこうドロドロである。
(テンプテーションズについても後日書きます)
■過去関連記事
June 05, 2007
The Fake Supremes On The Stage
http://blog.soulsearchin.com/archives/2007_06_05.html
ENT>MUSIC>ARTIST>SUPREMES
【ジェフ・ローバー新作でエリック・ベネイが2曲で参加】
ゲスト。
フュージョン界のいまとなっては大御所のジェフ・ローバーの新作『ヒー・ハド・ア・ハット』が6月13日リリースされる。この中に、なんとゲスト・シンガーとしてエリック・ベネイが2曲参加。
1曲はビル・ウイザースの作品「グランドマズ・ハンズ」、もう1曲が女性シンガー、ポーラ・コールとのデュエットで「ジ・アザー・サイド・オブ・ザ・ハート」。どちらの曲も存分にエリック節が発揮されていて、単なるフュージョン曲が輝きをもった作品になった。
このほかにもゲスト陣は実に多彩だ。ランディー・ブレッカー、クリス・ボッティー、トム・スコット、ヒューバート・ロウズなどなどで、プロデュースにやはり超ヴェテランのボビー・コロンビーがあたっている。
ボビーはもともと1970年代初期に人気となったブラス・ロック・グループ、ブラッド・スゥエット&ティアーズのメンバー。70年代後期にグループを脱退した後はプロデューサーとして活躍。ハリー・コニック・ジュニア、カール・アンダーソン、クリス・ボッティーなどをてがけている。またジャコ・パストリアスの1作目をプロデュースしたことでも知られる。
ジェフ・ローバーの新作としては、前作『フィリップサイド』以来、約2年ぶりのものとなる。全体的によくまとまったアルバムだ。
ENT>MUSIC>ALBUM>Lorber, Jeff
ゲスト。
フュージョン界のいまとなっては大御所のジェフ・ローバーの新作『ヒー・ハド・ア・ハット』が6月13日リリースされる。この中に、なんとゲスト・シンガーとしてエリック・ベネイが2曲参加。
1曲はビル・ウイザースの作品「グランドマズ・ハンズ」、もう1曲が女性シンガー、ポーラ・コールとのデュエットで「ジ・アザー・サイド・オブ・ザ・ハート」。どちらの曲も存分にエリック節が発揮されていて、単なるフュージョン曲が輝きをもった作品になった。
このほかにもゲスト陣は実に多彩だ。ランディー・ブレッカー、クリス・ボッティー、トム・スコット、ヒューバート・ロウズなどなどで、プロデュースにやはり超ヴェテランのボビー・コロンビーがあたっている。
ボビーはもともと1970年代初期に人気となったブラス・ロック・グループ、ブラッド・スゥエット&ティアーズのメンバー。70年代後期にグループを脱退した後はプロデューサーとして活躍。ハリー・コニック・ジュニア、カール・アンダーソン、クリス・ボッティーなどをてがけている。またジャコ・パストリアスの1作目をプロデュースしたことでも知られる。
ジェフ・ローバーの新作としては、前作『フィリップサイド』以来、約2年ぶりのものとなる。全体的によくまとまったアルバムだ。
ENT>MUSIC>ALBUM>Lorber, Jeff
【木下航志、ソウル・サーチャーズと品川教会に登場】
魂。
ソウルフルなシンガー、ソングライター木下航志が、来る2007年8月29日(水曜)、東京・品川にある品川教会でライヴを行う。今回は、これまでにイヴェント『ソウル・サーチン』で共演してきたケイリブ・ジェームス&ザ・ソウル・サーチャーズとのコラボレーションとなる。また、ソウル・サーチャーズの派生プロジェクトの一環となる。
木下航志は、現在鹿児島の高校生であるために、音楽活動は夏休み、冬休み、土日などに限定されている。そこで、関東地区での一般公演ライヴも、夏休み、春休みなどに行ってきた。これまでは、同時期に下北沢のライヴハウス、ホールなどで行われてきたが、今回は舞台を品川教会に移しての公演となる。
前半はベース奏者名村武とオリジナル曲中心の構成、第二部はザ・ソウル・サーチャーズとソウル・ヒットのカヴァー中心の構成となる。ソウル・サーチャーズからは、ケイリブ・ジェームス(キーボード、ヴォーカル)、ゲイリー・スコット(サックス、ヴォーカル)、アンディ・マツカミ(パーカッション、ヴォーカル)、コーラスにブレンダ・ヴォーン、神野ユリが参加。アンディは初参加。これに名村武(ベース)が加わる。ソウル・サーチャーズとは、2005年6月の『ソウル・サーチン、レイ・チャールズ』、2006年4月の『ソウル・サーチン、マーヴィン・ゲイ』、同年7月の『ソウル・サーチン、ルーサー・ヴァンドロス』、2007年3月の『ソウル・サーチン、アレサ・フランクリン』と4回同じステージに立っている。
会場が教会ということもあり、天井が高く、ナチュラルエコーが多いため、かなりアコースティックな雰囲気のライヴになる。ソウルフルで魂あふれる木下航志の声が、まさに神の教会で響くことになる。ソウルフルに変貌する木下航志の魅力が存分に楽しめるはずだ。
ライヴ情報・詳細は次の通り。
+++++
『木下航志のソウルを求めて〜真夏の品川教会にて』
Kohshi Kishita & The Soul Searchers Live
ソウル。木下航志の声にはソウル(魂)が宿っている。それは天からの贈り物。
スピリット。木下航志の声にはスピリット(心)が宿っている。それは神からの贈り物。
天と神からの贈り物を披露するために神聖な教会が選ばれた。完璧だ。
Event Organizer: Yoshioka Masaharu -- The Soul Searcher
Kishita Kohshi & The Soul Searchers
The Soul Searchers: Kaleb James (Keyboards, Vocal, Musical Director), Gary Scott (Sax, Vocal), Andy Matsukami (Percussion, Vocal), Brenda Vaughn (Vocal), Kamino Yuri (Vocal), Namura Takeshi (Bass)
木下航志&ザ・ソウル・サーチャーズ
ケイリブ・ジェームス (Keyboards, Vocal, Musical Director), ゲイリー・スコット(Sax, Vocal), アンディ・マツカミ (Percussion, Vocal), ブレンダ・ヴォーン (Vocal), 神野ユリ (Vocal), 名村 武 (Bass)
日時:2007年8月29日(水)
開場:18時00分/開演:18時30分(サポーティング・アクトあり)
会場:キリスト品川教会
〒140-0001 東京都品川区北品川4-7-40 URL: www.gloria-chapel.com
○先行チケット発売日:6月11日(月)[6/11(月)10:00〜6/18(月)10:00まで]
詳しくは http://www.kishitakohshi.com まで
電話予約番号(ローソンチケット):0570-084-003(専用Lコード:39266)
一般チケット発売日:6月24日(日)
電子チケットぴあ:pja.jo/t 0570-02-9966(Pコード:263-124)
ローソンチケット:0570-084-003(Lコード:39167)
e+(イー・プラス): http://eee.eplus.co.jp
※プレイガイド先行販売は各プレイガイドにて直接お問い合わせ下さい。
前売りチケット料金(全席指定):4,000円(税込)
※当日チケットがある際には当日料金4,500円(税込)にて販売いたします。
木下航志 公式サイト[Clear Sailing] http://www.kishitakohshi.com
主催:木下航志 実行委員会 企画・制作:吉本興業/フィルター・インク 後援:R and C Ltd. 協賛:Francfranc
問合せ:オデッセー ?03-3560-3930(平日11:00?18:00)
【ご注意】
当日オフィシャルカメラの映像撮影が入ります。写真・映像の中にお客様が映り込む可能性があります。ご理解・ご了承頂いた上でご購入下さ い。
++++++++++++++++++++++++++
■木下航志君についてのソウル・サーチン・ダイアリー 過去記事一覧
(木下航志君とは何者かと興味をお持ちの方は、日付順にダイアリーをご覧ください)
2003/12/29 (Mon)
Stevie Gave Love & Courage To Everybody
スティーヴィーのライヴで見かけた少年。
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200312/diary20031229-1.html
2004/04/30 (Fri)
Kishita Koushi: 14-Year-Old Genius, I’d Call Him "Little Koushi"
木下君のNHKでのドキュメンタリー。
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200404/diary20040430.html
2004/08/14 (Sat)
Kishita Koshi Live: The Live Performance I Really Desired To See
木下君の初ライヴ体験。
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200408/diary20040814.html
2004/08/15 (Sun)
Talent Of Musicians VS Talent Of Listeners
ミュージシャンの才能、聴き手の才能
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200408/diary20040815.html
April 02, 2005
Kishita Kohshi Live: First Heisei-born Super Star
初の平成生まれのスーパースター
http://blog.soulsearchin.com/archives/2005_04_02.html
June 27, 2005
Soul Searchin’ Talking Vol.4; What’d I Write (Part 1)
「ソウル・サーチン・トーキング」にゲストで登場
http://blog.soulsearchin.com/archives/2005_06_27.html
June 28, 2005
What’d I Write (Part 2): Soulful Joint On "What’d I Say"
「ソウル・サーチン・トーキング」にゲストで登場(パート2)
http://blog.soulsearchin.com/archives/2005_06_28.html
August 22, 2005
After Kohshi’s Rehearsal Is Over, Soul Food Is Waiting
リハの後にはソウルフードが待っている
http://blog.soulsearchin.com/archives/2005_08_22.html
August 25, 2005
Kishita Kohshi Live At Duo: Power To The Listener
リスナーに力を与える航志パワー
http://blog.soulsearchin.com/archives/000472.html
August 30, 2005
Kishita Kohshi At "Soul Blends": Blind Ain’t Nothing, But A Word.
『ソウルブレンズ』にゲスト出演
http://blog.soulsearchin.com/archives/000477.html
December 25, 2005
"Soul Music Live Vol.5"(Part 2)
『ソウル・ミュージック・ライヴ』にゲスト出演
http://blog.soulsearchin.com/archives/000725.html
December 30, 2005
Kohshi: Video Shooting Session
ビデオ撮影用ライヴセッション
http://blog.soulsearchin.com/archives/000735.html
February 03, 2006
Kishita Kohshi New Album Release Live
木下航志、新作アルバム『絆』リリースライヴ
http://blog.soulsearchin.com/archives/000808.html
March 28, 2006
Kishita Kohshi Live At Yamano Jam Spot
山野楽器でのアコースティック・ライヴ
http://blog.soulsearchin.com/archives/000920.html
July 19, 2006
Kishita Kohshi: The Moment Time Freezed
木下航志、時を凍結させた瞬間
http://blog.soulsearchin.com/archives/001147.html
July 02, 2006
Big Big Thanks For Joining "Soul Searchin’: The Session Vol.1"
『ソウル・サーチン・ザ・セッション』でのライヴ
http://blog.soulsearchin.com/archives/001111.html
August 12, 2006
Kishita Kohshi Live: Audience shouted "All" For Encore
【観客、アンコールに「全部〜」と叫ぶ】
http://blog.soulsearchin.com/archives/001194.html
October 22, 2006
Kishita Kohshi Joined By Kurosawa Kaoru & Murakami Tetsuya To Sing "Ribbon In The Sky"
【木下+黒沢+村上トリオで『リボン・イン・ザ・スカイ』熱唱】
http://blog.soulsearchin.com/archives/001342.html
March 29, 2007
Soul Searchin: (Part 3): The Beauty Of Background Vocals
【バックコーラスの美学】
http://blog.soulsearchin.com/archives/001673.html
May 20, 2007
Kishita Kohshi Live At OAZO
【木下航志ライヴ、丸の内・オアゾビル】
http://blog.soulsearchin.com/archives/001778.html
June 07, 2007
Maxayn, Robbie, Anthony Talk:
【話は広がる〜雑談】
http://blog.soulsearchin.com/archives/001816.html
+++++
ENT>MUSIC>ANNOUNCEMENT>Kishita, Kohshi
魂。
ソウルフルなシンガー、ソングライター木下航志が、来る2007年8月29日(水曜)、東京・品川にある品川教会でライヴを行う。今回は、これまでにイヴェント『ソウル・サーチン』で共演してきたケイリブ・ジェームス&ザ・ソウル・サーチャーズとのコラボレーションとなる。また、ソウル・サーチャーズの派生プロジェクトの一環となる。
木下航志は、現在鹿児島の高校生であるために、音楽活動は夏休み、冬休み、土日などに限定されている。そこで、関東地区での一般公演ライヴも、夏休み、春休みなどに行ってきた。これまでは、同時期に下北沢のライヴハウス、ホールなどで行われてきたが、今回は舞台を品川教会に移しての公演となる。
前半はベース奏者名村武とオリジナル曲中心の構成、第二部はザ・ソウル・サーチャーズとソウル・ヒットのカヴァー中心の構成となる。ソウル・サーチャーズからは、ケイリブ・ジェームス(キーボード、ヴォーカル)、ゲイリー・スコット(サックス、ヴォーカル)、アンディ・マツカミ(パーカッション、ヴォーカル)、コーラスにブレンダ・ヴォーン、神野ユリが参加。アンディは初参加。これに名村武(ベース)が加わる。ソウル・サーチャーズとは、2005年6月の『ソウル・サーチン、レイ・チャールズ』、2006年4月の『ソウル・サーチン、マーヴィン・ゲイ』、同年7月の『ソウル・サーチン、ルーサー・ヴァンドロス』、2007年3月の『ソウル・サーチン、アレサ・フランクリン』と4回同じステージに立っている。
会場が教会ということもあり、天井が高く、ナチュラルエコーが多いため、かなりアコースティックな雰囲気のライヴになる。ソウルフルで魂あふれる木下航志の声が、まさに神の教会で響くことになる。ソウルフルに変貌する木下航志の魅力が存分に楽しめるはずだ。
ライヴ情報・詳細は次の通り。
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『木下航志のソウルを求めて〜真夏の品川教会にて』
Kohshi Kishita & The Soul Searchers Live
ソウル。木下航志の声にはソウル(魂)が宿っている。それは天からの贈り物。
スピリット。木下航志の声にはスピリット(心)が宿っている。それは神からの贈り物。
天と神からの贈り物を披露するために神聖な教会が選ばれた。完璧だ。
Event Organizer: Yoshioka Masaharu -- The Soul Searcher
Kishita Kohshi & The Soul Searchers
The Soul Searchers: Kaleb James (Keyboards, Vocal, Musical Director), Gary Scott (Sax, Vocal), Andy Matsukami (Percussion, Vocal), Brenda Vaughn (Vocal), Kamino Yuri (Vocal), Namura Takeshi (Bass)
木下航志&ザ・ソウル・サーチャーズ
ケイリブ・ジェームス (Keyboards, Vocal, Musical Director), ゲイリー・スコット(Sax, Vocal), アンディ・マツカミ (Percussion, Vocal), ブレンダ・ヴォーン (Vocal), 神野ユリ (Vocal), 名村 武 (Bass)
日時:2007年8月29日(水)
開場:18時00分/開演:18時30分(サポーティング・アクトあり)
会場:キリスト品川教会
〒140-0001 東京都品川区北品川4-7-40 URL: www.gloria-chapel.com
○先行チケット発売日:6月11日(月)[6/11(月)10:00〜6/18(月)10:00まで]
詳しくは http://www.kishitakohshi.com まで
電話予約番号(ローソンチケット):0570-084-003(専用Lコード:39266)
一般チケット発売日:6月24日(日)
電子チケットぴあ:pja.jo/t 0570-02-9966(Pコード:263-124)
ローソンチケット:0570-084-003(Lコード:39167)
e+(イー・プラス): http://eee.eplus.co.jp
※プレイガイド先行販売は各プレイガイドにて直接お問い合わせ下さい。
前売りチケット料金(全席指定):4,000円(税込)
※当日チケットがある際には当日料金4,500円(税込)にて販売いたします。
木下航志 公式サイト[Clear Sailing] http://www.kishitakohshi.com
主催:木下航志 実行委員会 企画・制作:吉本興業/フィルター・インク 後援:R and C Ltd. 協賛:Francfranc
問合せ:オデッセー ?03-3560-3930(平日11:00?18:00)
【ご注意】
当日オフィシャルカメラの映像撮影が入ります。写真・映像の中にお客様が映り込む可能性があります。ご理解・ご了承頂いた上でご購入下さ い。
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■木下航志君についてのソウル・サーチン・ダイアリー 過去記事一覧
(木下航志君とは何者かと興味をお持ちの方は、日付順にダイアリーをご覧ください)
2003/12/29 (Mon)
Stevie Gave Love & Courage To Everybody
スティーヴィーのライヴで見かけた少年。
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200312/diary20031229-1.html
2004/04/30 (Fri)
Kishita Koushi: 14-Year-Old Genius, I’d Call Him "Little Koushi"
木下君のNHKでのドキュメンタリー。
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200404/diary20040430.html
2004/08/14 (Sat)
Kishita Koshi Live: The Live Performance I Really Desired To See
木下君の初ライヴ体験。
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200408/diary20040814.html
2004/08/15 (Sun)
Talent Of Musicians VS Talent Of Listeners
ミュージシャンの才能、聴き手の才能
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200408/diary20040815.html
April 02, 2005
Kishita Kohshi Live: First Heisei-born Super Star
初の平成生まれのスーパースター
http://blog.soulsearchin.com/archives/2005_04_02.html
June 27, 2005
Soul Searchin’ Talking Vol.4; What’d I Write (Part 1)
「ソウル・サーチン・トーキング」にゲストで登場
http://blog.soulsearchin.com/archives/2005_06_27.html
June 28, 2005
What’d I Write (Part 2): Soulful Joint On "What’d I Say"
「ソウル・サーチン・トーキング」にゲストで登場(パート2)
http://blog.soulsearchin.com/archives/2005_06_28.html
August 22, 2005
After Kohshi’s Rehearsal Is Over, Soul Food Is Waiting
リハの後にはソウルフードが待っている
http://blog.soulsearchin.com/archives/2005_08_22.html
August 25, 2005
Kishita Kohshi Live At Duo: Power To The Listener
リスナーに力を与える航志パワー
http://blog.soulsearchin.com/archives/000472.html
August 30, 2005
Kishita Kohshi At "Soul Blends": Blind Ain’t Nothing, But A Word.
『ソウルブレンズ』にゲスト出演
http://blog.soulsearchin.com/archives/000477.html
December 25, 2005
"Soul Music Live Vol.5"(Part 2)
『ソウル・ミュージック・ライヴ』にゲスト出演
http://blog.soulsearchin.com/archives/000725.html
December 30, 2005
Kohshi: Video Shooting Session
ビデオ撮影用ライヴセッション
http://blog.soulsearchin.com/archives/000735.html
February 03, 2006
Kishita Kohshi New Album Release Live
木下航志、新作アルバム『絆』リリースライヴ
http://blog.soulsearchin.com/archives/000808.html
March 28, 2006
Kishita Kohshi Live At Yamano Jam Spot
山野楽器でのアコースティック・ライヴ
http://blog.soulsearchin.com/archives/000920.html
July 19, 2006
Kishita Kohshi: The Moment Time Freezed
木下航志、時を凍結させた瞬間
http://blog.soulsearchin.com/archives/001147.html
July 02, 2006
Big Big Thanks For Joining "Soul Searchin’: The Session Vol.1"
『ソウル・サーチン・ザ・セッション』でのライヴ
http://blog.soulsearchin.com/archives/001111.html
August 12, 2006
Kishita Kohshi Live: Audience shouted "All" For Encore
【観客、アンコールに「全部〜」と叫ぶ】
http://blog.soulsearchin.com/archives/001194.html
October 22, 2006
Kishita Kohshi Joined By Kurosawa Kaoru & Murakami Tetsuya To Sing "Ribbon In The Sky"
【木下+黒沢+村上トリオで『リボン・イン・ザ・スカイ』熱唱】
http://blog.soulsearchin.com/archives/001342.html
March 29, 2007
Soul Searchin: (Part 3): The Beauty Of Background Vocals
【バックコーラスの美学】
http://blog.soulsearchin.com/archives/001673.html
May 20, 2007
Kishita Kohshi Live At OAZO
【木下航志ライヴ、丸の内・オアゾビル】
http://blog.soulsearchin.com/archives/001778.html
June 07, 2007
Maxayn, Robbie, Anthony Talk:
【話は広がる〜雑談】
http://blog.soulsearchin.com/archives/001816.html
+++++
ENT>MUSIC>ANNOUNCEMENT>Kishita, Kohshi
Too Hot: Soysoul Funk
2007年6月11日【ソイソウル・ライヴ】
汗だく。
吹き出る汗、汗、汗。6月だというのに、ブルースアレーは熱気であふれ、1曲目から汗だくだ。日本唯一の大型ソウル・セルフ・コンテインド・グループ、ソイソウルの8ヶ月ぶりのブルースアレーでのライヴ。
今回のちょっとした違いは、キーボードにフィリップ・ウーがいないこと。そのスペースにパーカッション奏者、ケンケンさんが大量のパーカッションを持ち込み、陣地を作っていた。フィリップがいないと微妙にサウンドが変わるものだ。また、1曲目途中からズーコの声によって、観客が立ち上がったが、観客が全員立ち上がっただけで、音が如実に変わった。
セットリストは、次々とアップテンポの作品で観客を煽る、煽る。4曲目の「チャンス・トゥ・チェンジ」は新曲。
おもしろかったのは、まいどおなじみのオハイオ州から呼んだファンク・ドクター、ドクター・ウー、そして、ミネアポリスからやってきたケン・ムトゥのコーナー。坊主頭のドクター・ウォンによるエクスサイズのレッスンは楽しい。ケン・ムトゥは、白衣にメガネの科学者風いでたちで、いきなり、プリンスの「キス」を歌ったが、いつのまにか、裏で着替えていた。
そうそう、前回、前歯が抜けていたケイズだが、しっかり歯が生えていた。おめでとう。
■お知らせ
ズーコが、来週水曜(6月20日)のブルースアレーで行われる、ベース丸本修主催の「スライ&オークランド・ファンク・トリビュート」に、ゲスト出演します。なんと、ズーコと吉田美奈子さんのデュオが聞かれるそうで。詳しくは、ブルースアレー・ウェッブへ。
http://www.bluesalley.co.jp/
■ズーコ・ダイアリー
http://blog.oricon.co.jp/zoocodiary/
■Kムトー・ダイアリー
http://blogs.yahoo.co.jp/k_muto610
■ソイソウル過去関連記事
October 16, 2006
Tequila! Tequila! Tequila! Shot! Shot! Shot! : Soysoul In One Gulp
【ソイソウル・ライヴはテキーラ一気飲み】
http://blog.soulsearchin.com/archives/001336.html
(ここに過去記事一覧があります)
February 10, 2007
Soul Power Presents Soysoul With Jaye & Silky Live
【ソイソウル・ウィズ・ジェイ&シルキー】
http://blog.soulsearchin.com/archives/001575.html
■メンバー
Zooco (Vocal), Caize (Vocal), K-On(Rap), 丸本修(Bass), Ken Keng (Percussion), 竹内勝(Drums), 渡辺ファイアー(Sax), K-Muto (Synthesizer), 小倉昌浩(Guitar), 城谷雄策(Trumpet)
■Setlist : Soysoul @ Blues Alley, Meguro, June 10, 2007
セットリスト ソイソウル、ブルースアレー
1st set
show started 18:45
01. Intro: Straight, No Chaser - Superfly - Spiral
02. Stay
03. Baby You
04. Chance To Change
05. ひまわり
show ended 19:39
2nd set
show started 20:09
01. Rock The Fire
02. Samurai Funk
03. I Know Me
04. Talkin’ To You
05. Too Hot - Kiss - Too Hot (Dr. Woo & K.Mutu)
06. Why Don’t You
07. ココロスベテ
Enc. Soysoul
show ended 21:32
(2007年6月10日日曜、目黒ブルースアレー=ソイソウル・ライヴ)
ENT>MUSIC>LIVE>Soysoul
2007-77
汗だく。
吹き出る汗、汗、汗。6月だというのに、ブルースアレーは熱気であふれ、1曲目から汗だくだ。日本唯一の大型ソウル・セルフ・コンテインド・グループ、ソイソウルの8ヶ月ぶりのブルースアレーでのライヴ。
今回のちょっとした違いは、キーボードにフィリップ・ウーがいないこと。そのスペースにパーカッション奏者、ケンケンさんが大量のパーカッションを持ち込み、陣地を作っていた。フィリップがいないと微妙にサウンドが変わるものだ。また、1曲目途中からズーコの声によって、観客が立ち上がったが、観客が全員立ち上がっただけで、音が如実に変わった。
セットリストは、次々とアップテンポの作品で観客を煽る、煽る。4曲目の「チャンス・トゥ・チェンジ」は新曲。
おもしろかったのは、まいどおなじみのオハイオ州から呼んだファンク・ドクター、ドクター・ウー、そして、ミネアポリスからやってきたケン・ムトゥのコーナー。坊主頭のドクター・ウォンによるエクスサイズのレッスンは楽しい。ケン・ムトゥは、白衣にメガネの科学者風いでたちで、いきなり、プリンスの「キス」を歌ったが、いつのまにか、裏で着替えていた。
そうそう、前回、前歯が抜けていたケイズだが、しっかり歯が生えていた。おめでとう。
■お知らせ
ズーコが、来週水曜(6月20日)のブルースアレーで行われる、ベース丸本修主催の「スライ&オークランド・ファンク・トリビュート」に、ゲスト出演します。なんと、ズーコと吉田美奈子さんのデュオが聞かれるそうで。詳しくは、ブルースアレー・ウェッブへ。
http://www.bluesalley.co.jp/
■ズーコ・ダイアリー
http://blog.oricon.co.jp/zoocodiary/
■Kムトー・ダイアリー
http://blogs.yahoo.co.jp/k_muto610
■ソイソウル過去関連記事
October 16, 2006
Tequila! Tequila! Tequila! Shot! Shot! Shot! : Soysoul In One Gulp
【ソイソウル・ライヴはテキーラ一気飲み】
http://blog.soulsearchin.com/archives/001336.html
(ここに過去記事一覧があります)
February 10, 2007
Soul Power Presents Soysoul With Jaye & Silky Live
【ソイソウル・ウィズ・ジェイ&シルキー】
http://blog.soulsearchin.com/archives/001575.html
■メンバー
Zooco (Vocal), Caize (Vocal), K-On(Rap), 丸本修(Bass), Ken Keng (Percussion), 竹内勝(Drums), 渡辺ファイアー(Sax), K-Muto (Synthesizer), 小倉昌浩(Guitar), 城谷雄策(Trumpet)
■Setlist : Soysoul @ Blues Alley, Meguro, June 10, 2007
セットリスト ソイソウル、ブルースアレー
1st set
show started 18:45
01. Intro: Straight, No Chaser - Superfly - Spiral
02. Stay
03. Baby You
04. Chance To Change
05. ひまわり
show ended 19:39
2nd set
show started 20:09
01. Rock The Fire
02. Samurai Funk
03. I Know Me
04. Talkin’ To You
05. Too Hot - Kiss - Too Hot (Dr. Woo & K.Mutu)
06. Why Don’t You
07. ココロスベテ
Enc. Soysoul
show ended 21:32
(2007年6月10日日曜、目黒ブルースアレー=ソイソウル・ライヴ)
ENT>MUSIC>LIVE>Soysoul
2007-77
Temptations: History Of Members Changing
2007年6月12日【テンプテーションズのメンバー変遷】
複数。
先日の「スマスマ」に登場していたフェイク・シュープリームス、テンプテーションズに関連して、シュープリームスに続いて、テンプテーションズのメンバー変遷をまとめてみよう。かなり複雑なので、エクセルかなにかで一覧表にしたほうがわかりやすいかもしれない。(笑)
1955年、ザ・プライムス(エディー・ケンドリックス、ポール・ウィリアムスほか)とザ・ディスタンツ(オーティス・ウィリアムス、エルブリッジ・アル・ブライアント、メルヴィン・フランクリン、リチャード・ストリートほか)という二つのヴォーカル・グループがデトロイトで活動を始めた。この二つのグループが合体して、ひとつのグループになった。この時は、エルジンズと名乗ったが、同名のグループがいたために、検討の結果、テンプテーションズに。1961年3月、モータウンとテンプテーションズとして契約。このときのラインアップは、オーティス・ウィリアムス、エルブリッジ・ブライアント、メルヴィン・フランクリン、エディー・ケンドリックス、ポール・ウィリアムスの5人だった。この頃のリードは、ポールとエディーが中心で、一部でその他3人が歌っていた。
1963年12月、エルブリッジ・ブライアントが昼間の仕事に専念するためにグループを脱退、後任にデイヴィッド・ラッフィンが加入。1964年1月、「ザ・ウェイ・ユー・ドゥ・ザ・シングス・ユー・ドゥ」発表。見事なヒットに。1964年12月、世紀の名曲「マイ・ガール」発表。このリードがデイヴィッドで、以後デイヴィッドのリード曲が増え、それにともない彼の人気も急上昇。しかしその後、デイヴィッドのエゴが増大。結局、解雇に。
1968年6月、デイヴィッドが解雇され、デニス・エドワーズが加入。その後1969年頃から、オリジナル・メンバーのポール・ウィリアムスの体調が悪くなり、なかなかステージでもしっかりしたパフォーマンスが行えず、ステージ横でリチャード・ストリートが彼の部分を影で歌うようになった。1970年11月、エディー・ケンドリックスがそれまでのグループ内での待遇に不満を持ち、脱退しソロへ。エディーの後釜はリッキー・オーエンス。しかし、すぐになじまず脱退。1971年4月、体調不良のポールが正式に脱退。リチャード・ストリートが正式に再加入。ポールは1973年8月17日、34歳で自殺。
ポールに代わって、デイモン・ハリスが参加。この時点でラインアップは、オーティス・ウィリアムス、デニス・エドワーズ、メルヴィン・フランクリン、リチャード・ストリート、デイモン・ハリス。
1974年秋、アルバム『ア・ソング・フォー・ユー』レコーディング時期に、デイモン・ハリスが不適切な態度が続いたため解雇。グレン・レオナードが参加。
1976年、『ザ・テンプテーションズ・ドゥ・ザ・テンプテーションズ』のレコーディング後、デニス・エドワーズが脱退。後任にルイス・プライス。
この後、テンプスはアトランティックと契約、2枚のアルバムを発表するが、1980年、再びモータウンへ。
ルイス・プライスが脱退し、それまでソロシンガーとして活動していたデニス・エドワーズが復帰。
1982年、エディー・ケンドリックス、デイヴィッド・ラッフィンを迎えた『リユニオン』企画が実現。
1983年、グレン・レオナードが脱退、ロン・タイソンに交代。
1984年、デニスが再度脱退(事実上の解雇)。アリ・オリ・ウッドソンが加入。同年、アース・ウインド&ファイアーのアル・マッケイ・プロデュースの「トリート・ハー・ライク・ア・レイデイ」が誕生。
1987年、アリ・オリが脱退し、デニス・エドワーズが3度目の加入。そのときできたアルバムが、『トゥゲザー・アゲイン(再び一緒に)』。
しかし、1989年秋、デニスは再度解雇。アリ・オリが再度参加。同年、テンプスが「ロックンロール殿堂」入り。このとき表彰されたのは、オーティス・ウィリアムス、メルヴィン・フランクリンのほか、デニス・エドワーズ、デイヴィッド・ラッフィン、エディー・ケンドリックスだった。これを機に、「ラッフィン、ケンドリック、エドワーズ、フォーマー・リーズ・オブ・ザ・テンプテーションズ」というグループができて、何本かツアーをした。
しかし、デイヴィッドは1991年6月1日、ドラッグのオーヴァードーズで死去(50歳)、エディーは肺がんを患い1992年10月5日死去(52歳)した。
1993年、リチャード・ストリートが脱退、セオ・ピープルスが参加。1995年2月23日、メルヴィン・フランクリン、死去(52歳)。しばらく4人で活動後、ハリー・マクギルベリーが加入。
1996年、アリ・オリが体調問題で脱退、テリー・ウィークスが参加。この時点でのメンバーは、オーティス・ウィリアムス、ロン・タイソン、セオ・ピープルス、ハリー・マクギルベリー、テリー・ウィークス。このメンバーで、『スーパーボール』に登場した。
1998年、セオ・ピープルスが脱退し、バリントン・ボー・ヘンダーソンが加入。しかし、2003年、脱退。元スピナーズのGCキャメロンが参加。さらに、ハリー・マクギルベリーがジョー・ハーンドンに交代。ハリーは2006年4月3日、56歳で死去。よって、現在のメンバーは、オーティス、ロン、バリントン、ジョー、テリーの5人。
さて、現状でテンプスからの派生グループには次のようなものがある。
■ザ・テンプテーションズ
本家本元。
メンバー オーティス・ウィリアムス、ジョー・ハーンドン、ロン・タイソン、セオ・ピーブルス、テリー・ウィークス。
■デニス・エドワーズのテンプテーションズ
名称: 『ザ・テンプテーションズ・レヴュー・フィーチャリング・デニス・エドワーズ』
このメンバーは、デニス・エドワーズ、デイヴィッド・シー、マイク・パティーヨ、クリス・アーノルド、バーナード・ギブソン。(のちにバーナードからアリ・オリ・ウッドソンへ交代)。
アリ・オリは一時期、自身のグループ「アリ・オリ・ウッドソン&ジ・エンペラー・オブ・ソウル」というグループをやっていた。
■デイモン・ハリスのグループ
1990年代前半に結成。
名称: 『ザ・テンプテーションズ・レヴュー』、現在は『ザ・テンプテーションズ・トリビュート』
■リチャード・ストリートのグループ
名称: 『リチャード・ストリート』
リチャードは、自伝本『ボール・オブ・コンフュージョン』(仮題)を執筆中。
■グレン・レオナードのグループ
名称: 『ザ・テンプテーションズ・エクスペリエンス』
メンバー、グレン・レオナード、ジョー・ハーンドン(のちにテンプテーションズ本体へ加入)→レイ・デイヴィス(2005年7月5日死去)、ハリー・マクギルベリー(2006年4月3日死去)。
来日していたのは、リチャード・ストリートのグループのように思えるが、ほかのメンバーがわからないので、正確には不明。
というわけで、テンプテーションズもいろいろ、それぞれの人生もいろいろだ。
+++++
ENT>MUSIC>ARTIST>TEMPTATIONS
複数。
先日の「スマスマ」に登場していたフェイク・シュープリームス、テンプテーションズに関連して、シュープリームスに続いて、テンプテーションズのメンバー変遷をまとめてみよう。かなり複雑なので、エクセルかなにかで一覧表にしたほうがわかりやすいかもしれない。(笑)
1955年、ザ・プライムス(エディー・ケンドリックス、ポール・ウィリアムスほか)とザ・ディスタンツ(オーティス・ウィリアムス、エルブリッジ・アル・ブライアント、メルヴィン・フランクリン、リチャード・ストリートほか)という二つのヴォーカル・グループがデトロイトで活動を始めた。この二つのグループが合体して、ひとつのグループになった。この時は、エルジンズと名乗ったが、同名のグループがいたために、検討の結果、テンプテーションズに。1961年3月、モータウンとテンプテーションズとして契約。このときのラインアップは、オーティス・ウィリアムス、エルブリッジ・ブライアント、メルヴィン・フランクリン、エディー・ケンドリックス、ポール・ウィリアムスの5人だった。この頃のリードは、ポールとエディーが中心で、一部でその他3人が歌っていた。
1963年12月、エルブリッジ・ブライアントが昼間の仕事に専念するためにグループを脱退、後任にデイヴィッド・ラッフィンが加入。1964年1月、「ザ・ウェイ・ユー・ドゥ・ザ・シングス・ユー・ドゥ」発表。見事なヒットに。1964年12月、世紀の名曲「マイ・ガール」発表。このリードがデイヴィッドで、以後デイヴィッドのリード曲が増え、それにともない彼の人気も急上昇。しかしその後、デイヴィッドのエゴが増大。結局、解雇に。
1968年6月、デイヴィッドが解雇され、デニス・エドワーズが加入。その後1969年頃から、オリジナル・メンバーのポール・ウィリアムスの体調が悪くなり、なかなかステージでもしっかりしたパフォーマンスが行えず、ステージ横でリチャード・ストリートが彼の部分を影で歌うようになった。1970年11月、エディー・ケンドリックスがそれまでのグループ内での待遇に不満を持ち、脱退しソロへ。エディーの後釜はリッキー・オーエンス。しかし、すぐになじまず脱退。1971年4月、体調不良のポールが正式に脱退。リチャード・ストリートが正式に再加入。ポールは1973年8月17日、34歳で自殺。
ポールに代わって、デイモン・ハリスが参加。この時点でラインアップは、オーティス・ウィリアムス、デニス・エドワーズ、メルヴィン・フランクリン、リチャード・ストリート、デイモン・ハリス。
1974年秋、アルバム『ア・ソング・フォー・ユー』レコーディング時期に、デイモン・ハリスが不適切な態度が続いたため解雇。グレン・レオナードが参加。
1976年、『ザ・テンプテーションズ・ドゥ・ザ・テンプテーションズ』のレコーディング後、デニス・エドワーズが脱退。後任にルイス・プライス。
この後、テンプスはアトランティックと契約、2枚のアルバムを発表するが、1980年、再びモータウンへ。
ルイス・プライスが脱退し、それまでソロシンガーとして活動していたデニス・エドワーズが復帰。
1982年、エディー・ケンドリックス、デイヴィッド・ラッフィンを迎えた『リユニオン』企画が実現。
1983年、グレン・レオナードが脱退、ロン・タイソンに交代。
1984年、デニスが再度脱退(事実上の解雇)。アリ・オリ・ウッドソンが加入。同年、アース・ウインド&ファイアーのアル・マッケイ・プロデュースの「トリート・ハー・ライク・ア・レイデイ」が誕生。
1987年、アリ・オリが脱退し、デニス・エドワーズが3度目の加入。そのときできたアルバムが、『トゥゲザー・アゲイン(再び一緒に)』。
しかし、1989年秋、デニスは再度解雇。アリ・オリが再度参加。同年、テンプスが「ロックンロール殿堂」入り。このとき表彰されたのは、オーティス・ウィリアムス、メルヴィン・フランクリンのほか、デニス・エドワーズ、デイヴィッド・ラッフィン、エディー・ケンドリックスだった。これを機に、「ラッフィン、ケンドリック、エドワーズ、フォーマー・リーズ・オブ・ザ・テンプテーションズ」というグループができて、何本かツアーをした。
しかし、デイヴィッドは1991年6月1日、ドラッグのオーヴァードーズで死去(50歳)、エディーは肺がんを患い1992年10月5日死去(52歳)した。
1993年、リチャード・ストリートが脱退、セオ・ピープルスが参加。1995年2月23日、メルヴィン・フランクリン、死去(52歳)。しばらく4人で活動後、ハリー・マクギルベリーが加入。
1996年、アリ・オリが体調問題で脱退、テリー・ウィークスが参加。この時点でのメンバーは、オーティス・ウィリアムス、ロン・タイソン、セオ・ピープルス、ハリー・マクギルベリー、テリー・ウィークス。このメンバーで、『スーパーボール』に登場した。
1998年、セオ・ピープルスが脱退し、バリントン・ボー・ヘンダーソンが加入。しかし、2003年、脱退。元スピナーズのGCキャメロンが参加。さらに、ハリー・マクギルベリーがジョー・ハーンドンに交代。ハリーは2006年4月3日、56歳で死去。よって、現在のメンバーは、オーティス、ロン、バリントン、ジョー、テリーの5人。
さて、現状でテンプスからの派生グループには次のようなものがある。
■ザ・テンプテーションズ
本家本元。
メンバー オーティス・ウィリアムス、ジョー・ハーンドン、ロン・タイソン、セオ・ピーブルス、テリー・ウィークス。
■デニス・エドワーズのテンプテーションズ
名称: 『ザ・テンプテーションズ・レヴュー・フィーチャリング・デニス・エドワーズ』
このメンバーは、デニス・エドワーズ、デイヴィッド・シー、マイク・パティーヨ、クリス・アーノルド、バーナード・ギブソン。(のちにバーナードからアリ・オリ・ウッドソンへ交代)。
アリ・オリは一時期、自身のグループ「アリ・オリ・ウッドソン&ジ・エンペラー・オブ・ソウル」というグループをやっていた。
■デイモン・ハリスのグループ
1990年代前半に結成。
名称: 『ザ・テンプテーションズ・レヴュー』、現在は『ザ・テンプテーションズ・トリビュート』
■リチャード・ストリートのグループ
名称: 『リチャード・ストリート』
リチャードは、自伝本『ボール・オブ・コンフュージョン』(仮題)を執筆中。
■グレン・レオナードのグループ
名称: 『ザ・テンプテーションズ・エクスペリエンス』
メンバー、グレン・レオナード、ジョー・ハーンドン(のちにテンプテーションズ本体へ加入)→レイ・デイヴィス(2005年7月5日死去)、ハリー・マクギルベリー(2006年4月3日死去)。
来日していたのは、リチャード・ストリートのグループのように思えるが、ほかのメンバーがわからないので、正確には不明。
というわけで、テンプテーションズもいろいろ、それぞれの人生もいろいろだ。
+++++
ENT>MUSIC>ARTIST>TEMPTATIONS
The Soul Searcher Goes To Internet Radio
2007年6月13日【インターネット・ラジオにゲスト出演します】
昔話。
このところ、インターネットを媒体にした音楽放送などが盛んになっているが、ディスコ、ソウル系の曲を中心にプレイするインターネット・ラジオ「ファンラジ」の番組にザ・ソウル・サーチャー吉岡正晴がゲスト出演する。
試聴はすべて無料。「ファンラジ」は、元ディスコDJのテリーさんが主催して放送しているもので、毎週水曜の夜は、スタジオから生放送している。この時間帯は、ネットでリアルタイムで音楽とトークが放送され、チャットルームなどもオープンし、リスナー同士の交流も可能。また、音楽著作権の関係で、サーヴァーをアメリカにおいているために、ほとんどの洋楽曲もオンエアー可能になっている。
2007年6月13日(水曜)は、23時から24時半までが生放送。ただし僕の出番は、事前に電話インタヴューされた素材が放送される。昔のディスコ、エンバシーの話から、さまざまなアーティスト・インタヴューの話などをしている。インタヴューが長くなったので、翌週(6月20日)と2度に分けてのオンエアーとなる。
また、一度、生放送後は、アーカイブとしてアップし、いつでも聞けるようになるという。
+++++
「ファンラジ」のアドレスは、次の通りだが、ここでは試聴方法がわかりにくい。
http://funky-radio.com/
「ファンラジ」の聞き方は、ここに聞き方のガイドがあるので参考にされたい。
http://www.funky-radio.com/live365/index.html
次の場所から登録すると、放送を聞くことができる。
http://www.live365.com/stations/terry_cool4u
もしだめな場合は、この放送をオンエアーしているサイトへ。
http://www.live365.com/index.live
ここで試聴登録(無料)をして、Find Stations That Play のボックスにFunraji といれて検索すると、この番組のアーカイブがでる。最初は、ちょっとわかりにくいが、一度登録してしまえば、後は楽にアクセスできるようになる。
ENT>RADIO>ANNOUNCEMENT>FunRaji
昔話。
このところ、インターネットを媒体にした音楽放送などが盛んになっているが、ディスコ、ソウル系の曲を中心にプレイするインターネット・ラジオ「ファンラジ」の番組にザ・ソウル・サーチャー吉岡正晴がゲスト出演する。
試聴はすべて無料。「ファンラジ」は、元ディスコDJのテリーさんが主催して放送しているもので、毎週水曜の夜は、スタジオから生放送している。この時間帯は、ネットでリアルタイムで音楽とトークが放送され、チャットルームなどもオープンし、リスナー同士の交流も可能。また、音楽著作権の関係で、サーヴァーをアメリカにおいているために、ほとんどの洋楽曲もオンエアー可能になっている。
2007年6月13日(水曜)は、23時から24時半までが生放送。ただし僕の出番は、事前に電話インタヴューされた素材が放送される。昔のディスコ、エンバシーの話から、さまざまなアーティスト・インタヴューの話などをしている。インタヴューが長くなったので、翌週(6月20日)と2度に分けてのオンエアーとなる。
また、一度、生放送後は、アーカイブとしてアップし、いつでも聞けるようになるという。
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「ファンラジ」のアドレスは、次の通りだが、ここでは試聴方法がわかりにくい。
http://funky-radio.com/
「ファンラジ」の聞き方は、ここに聞き方のガイドがあるので参考にされたい。
http://www.funky-radio.com/live365/index.html
次の場所から登録すると、放送を聞くことができる。
http://www.live365.com/stations/terry_cool4u
もしだめな場合は、この放送をオンエアーしているサイトへ。
http://www.live365.com/index.live
ここで試聴登録(無料)をして、Find Stations That Play のボックスにFunraji といれて検索すると、この番組のアーカイブがでる。最初は、ちょっとわかりにくいが、一度登録してしまえば、後は楽にアクセスできるようになる。
ENT>RADIO>ANNOUNCEMENT>FunRaji
【シック30周年、8回目の公演来日】
30周年。
シック(シーク)が、1977年に結成されてから、今年でちょうど30周年を向かえる。いまだに人気の衰えないシックは、今日(2007年6月14日)から再び東京ブルーノートでライヴを行う。
これまでの来日履歴を、シック・フリークでもある人見さんの協力でまとめた。
シックは、ナイル・ロジャース(ギター)とベースのバーナード・エドワーズを中心に結成されたバンド。1977年に「ダンス・ダンス・ダンス」を世に送り出し、ディスコから、ソウル、ポップへとヒットが飛び火し人気となった。「ル・フリーク」(1978年)、「グッドタイムス」(1979年)の大ヒットが有名。
シックが初来日したのは、1992年のこと。このときは、当時リリースされたアルバム『シック・イズム』のプロモーションのためにやってきた。僕の『ソウル・サーチン〜友情という名のメロディー〜ナイル・ロジャース&バーナード・エドワーズ』は、このときのロング・インタヴューをもとに書いた。(下記過去記事・参照)
続いて1995年12月、このときは翌年行われる「スーパー・プロデューサー」シリーズのライヴをプロモートするために。
初来日コンサートは、その「スーパー・プロデューサー」シリーズで1996年4月。大阪と東京・武道館でライヴを行い、盟友バーナード・エドワーズは東京公演の翌日(4月18日)、ホテルで亡くなった。
2度目の公演来日は、1997年10月、ブルーノート・ツアー。東京、福岡、大阪、そして、名古屋ボトムライン。3度目は、1999年12月大阪ブルーノートのみで。
4度目が2003年4月、ブルーノート・ツアー。福岡、大阪、名古屋、モーションブルー、東京。(下記過去記事・参照)
同年8月、5度目の来日は、マウント・フジ・ジャズ・フェスで。
6度目は2004年5月、イヴェント『レッツ・グルーヴ』で東京国際フォーラム、JTテイラー、シャラマーとステージをともにした。(下記過去記事・参照)
7度目が2006年4月、東京ブルーノート。(下記過去記事・参照)そして、およそ1年2ヶ月ぶり、2007年6月が8度目の公演来日、通算10回目の来日となる。
今回の違いはベースが前回までのジェリー・バーンズからバリー・ジョンソンという人に代わっている点。バーナードの後釜を担当していたジェリーは今回スケジュールの都合がつかず、バリーに代わった。バリーはキャメオなど多くのR&B系アーティストのバックをつけている人物だという。シックとしての来日は初めて。また、トニー・トンプソン亡き後のドラマーは、ずっとオマー・ハキムで、これはほぼレギュラー的になっている。(スケジュールによっては、別のドラマーになることもある)
1年ぶりのシック、果たして、どんなセットリストになるのだろうか。
■ナイル・ロジャース&シック
ブルーノート
http://www.bluenote.co.jp/jp/schedule/
https://reserve.bluenote.co.jp/bn-reserve/reserve2/BC0100_zaseki.jsp?event_id=1140
■ナイル・ロジャース・オフィシャル(英語)
http://www.nilerodgers.com/
■シック、ナイル・ロジャース 過去記事
"Soul Searchin" (Nile Rodgers & Bernard Edwards)
拙著『ソウル・サーチン〜友情という名のメロディー〜ナイル・ロジャース&バーナード・エドワーズ』(2000年7月発表)
http://www.soulsearchin.com/soulsearchin/4-1.html
http://www.soulsearchin.com/soulsearchin/4-2.html
2003/04/15 (Tue)
Chic Chic Chic
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200304/diary20030415.html
2004/05/17 (Mon)
Nile Rodgers Explosion!
『ソウル・ブレンズ』にゲストで出演
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200405/diary20040517.html
2004/05/20 (Thu)
Let’s Groove 2004, Live At Kokusai Forum: Don’t You Miss It Back In The Day?
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200405/diary20040520.html
January 13, 2006
Like The Show Must Go On, The Story Must Go On (Part 1 of 2 Parts)
シックに影響を受けた大西さんのストーリー
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200601/2006_01_13.html
January 14, 2006
The Show Must Go On: The Story Must Go On (Part 2 of 2 Parts)
http://blog.soulsearchin.com/archives/2006_01_14.html
2006年1月12日付け
その時のマルターノ大西さんの日記
http://martano.exblog.jp/m2006-01-01/#3008158
April 12, 2006
Nile Rodgers & Chic Live: One Small Step For A Man...
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200604/2006_04_12.html
マルターノ日記=2006年4月12日付け
Field of Dreams
http://martano.exblog.jp/m2006-04-01/#3470666
September 13, 2006
Watch Out For New Martano’s Wall Painting
【マルターノの壁画】
http://blog.soulsearchin.com/archives/001266.html
January 10, 2007
It Was Diva Great Show: Every Songs Are Her Song
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200701/2007_01_10.html
+++++
ENT>MUSIC>ARTIST>Chic
30周年。
シック(シーク)が、1977年に結成されてから、今年でちょうど30周年を向かえる。いまだに人気の衰えないシックは、今日(2007年6月14日)から再び東京ブルーノートでライヴを行う。
これまでの来日履歴を、シック・フリークでもある人見さんの協力でまとめた。
シックは、ナイル・ロジャース(ギター)とベースのバーナード・エドワーズを中心に結成されたバンド。1977年に「ダンス・ダンス・ダンス」を世に送り出し、ディスコから、ソウル、ポップへとヒットが飛び火し人気となった。「ル・フリーク」(1978年)、「グッドタイムス」(1979年)の大ヒットが有名。
シックが初来日したのは、1992年のこと。このときは、当時リリースされたアルバム『シック・イズム』のプロモーションのためにやってきた。僕の『ソウル・サーチン〜友情という名のメロディー〜ナイル・ロジャース&バーナード・エドワーズ』は、このときのロング・インタヴューをもとに書いた。(下記過去記事・参照)
続いて1995年12月、このときは翌年行われる「スーパー・プロデューサー」シリーズのライヴをプロモートするために。
初来日コンサートは、その「スーパー・プロデューサー」シリーズで1996年4月。大阪と東京・武道館でライヴを行い、盟友バーナード・エドワーズは東京公演の翌日(4月18日)、ホテルで亡くなった。
2度目の公演来日は、1997年10月、ブルーノート・ツアー。東京、福岡、大阪、そして、名古屋ボトムライン。3度目は、1999年12月大阪ブルーノートのみで。
4度目が2003年4月、ブルーノート・ツアー。福岡、大阪、名古屋、モーションブルー、東京。(下記過去記事・参照)
同年8月、5度目の来日は、マウント・フジ・ジャズ・フェスで。
6度目は2004年5月、イヴェント『レッツ・グルーヴ』で東京国際フォーラム、JTテイラー、シャラマーとステージをともにした。(下記過去記事・参照)
7度目が2006年4月、東京ブルーノート。(下記過去記事・参照)そして、およそ1年2ヶ月ぶり、2007年6月が8度目の公演来日、通算10回目の来日となる。
今回の違いはベースが前回までのジェリー・バーンズからバリー・ジョンソンという人に代わっている点。バーナードの後釜を担当していたジェリーは今回スケジュールの都合がつかず、バリーに代わった。バリーはキャメオなど多くのR&B系アーティストのバックをつけている人物だという。シックとしての来日は初めて。また、トニー・トンプソン亡き後のドラマーは、ずっとオマー・ハキムで、これはほぼレギュラー的になっている。(スケジュールによっては、別のドラマーになることもある)
1年ぶりのシック、果たして、どんなセットリストになるのだろうか。
■ナイル・ロジャース&シック
ブルーノート
http://www.bluenote.co.jp/jp/schedule/
https://reserve.bluenote.co.jp/bn-reserve/reserve2/BC0100_zaseki.jsp?event_id=1140
■ナイル・ロジャース・オフィシャル(英語)
http://www.nilerodgers.com/
■シック、ナイル・ロジャース 過去記事
"Soul Searchin" (Nile Rodgers & Bernard Edwards)
拙著『ソウル・サーチン〜友情という名のメロディー〜ナイル・ロジャース&バーナード・エドワーズ』(2000年7月発表)
http://www.soulsearchin.com/soulsearchin/4-1.html
http://www.soulsearchin.com/soulsearchin/4-2.html
2003/04/15 (Tue)
Chic Chic Chic
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200304/diary20030415.html
2004/05/17 (Mon)
Nile Rodgers Explosion!
『ソウル・ブレンズ』にゲストで出演
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200405/diary20040517.html
2004/05/20 (Thu)
Let’s Groove 2004, Live At Kokusai Forum: Don’t You Miss It Back In The Day?
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200405/diary20040520.html
January 13, 2006
Like The Show Must Go On, The Story Must Go On (Part 1 of 2 Parts)
シックに影響を受けた大西さんのストーリー
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200601/2006_01_13.html
January 14, 2006
The Show Must Go On: The Story Must Go On (Part 2 of 2 Parts)
http://blog.soulsearchin.com/archives/2006_01_14.html
2006年1月12日付け
その時のマルターノ大西さんの日記
http://martano.exblog.jp/m2006-01-01/#3008158
April 12, 2006
Nile Rodgers & Chic Live: One Small Step For A Man...
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200604/2006_04_12.html
マルターノ日記=2006年4月12日付け
Field of Dreams
http://martano.exblog.jp/m2006-04-01/#3470666
September 13, 2006
Watch Out For New Martano’s Wall Painting
【マルターノの壁画】
http://blog.soulsearchin.com/archives/001266.html
January 10, 2007
It Was Diva Great Show: Every Songs Are Her Song
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200701/2007_01_10.html
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ENT>MUSIC>ARTIST>Chic
【オーティス・レディング、死去40周年】
脚光。
「R&Bグレイト」「ソウル・ジャイアンツ」「天才ソウル・シンガー」として一時代を築いたオーティス・レディング(1941年9月9日〜1967年12月10日、26歳)の66回目の誕生日を記念した複数のイヴェントが計画されている。これはスタックス・レコードの設立50周年とその再活動、またオーティス死後40周年とも連動して、オーティスの誕生月9月に行われる。
一番主要なイヴェントとなるのは、2007年9月14日にジョージア州メイコンで行われる『イヴニング・オブ・リスペクト〜フィーチャリング・デクスター・アンド・オーティス3世』と題されるトリビュート・イヴェント。この日はバックをメイコン・シンフォニー・オーケストラが担当し、デクスターらオーティスの息子だけでなく多くの著名R&Bシンガーたちが参加する。
これは、オーティス未亡人であるズレマ・レディングさんが設立した「ビッグO(オー)ユース・ファンデーション」への寄付を目的としたものになる。
同時に、ジョージア・ミュージック・ホール・オブ・フェームでオーティス・レディングの写真展も開催される。ここでは多数の写真のほかに直筆の歌詞の下書きなども展示される。この展覧会は、9月14日から翌2008年9月10日までほぼ一年間行われ、その後は2009年くらいまで全米各地で展示される予定だ。
また、オーティス・レディングを主人公にした伝記映画の製作の話も進んでいる。死後40年を経て、今年はオーティス・レディングに脚光が集まるようだ。
+++++
ブレンダ。
この記事を読んで、そういえば、ブレンダ・ヴォーンがオーティス・トリビュートをやると言っていたのを思い出して連絡してみた。やはり、ブレンダはこれに参加して、デクスターと一緒にオーティスとカーラ・トーマスのデュエットでヒットした「トランプ」を歌う予定だという。
ブレンダによれば、その数日前に「ビルボード・ミュージック・アワード」があり、そこでもオーティスへのトリビュートがあるらしい、という。ブレンダはビルボードから見に行く予定だ。
今年は、メンフィスにあったスタックス・レコード創設50周年ということで、スタックスの再活動が大きな話題になっている。スタックス50周年イヴェント、オーティス・イヴェントといつになく南部のソウルが熱い年になってきた。
ブレンダは、ぜひこの「オーティス・トリビュート」を日本でも行いたいと希望している。となると、12月10日前後に、デクスターたちを招いてのライヴ・イヴェントということになるかもしれない。
ENT>MUSIC>ARTIST>Redding, Otis
脚光。
「R&Bグレイト」「ソウル・ジャイアンツ」「天才ソウル・シンガー」として一時代を築いたオーティス・レディング(1941年9月9日〜1967年12月10日、26歳)の66回目の誕生日を記念した複数のイヴェントが計画されている。これはスタックス・レコードの設立50周年とその再活動、またオーティス死後40周年とも連動して、オーティスの誕生月9月に行われる。
一番主要なイヴェントとなるのは、2007年9月14日にジョージア州メイコンで行われる『イヴニング・オブ・リスペクト〜フィーチャリング・デクスター・アンド・オーティス3世』と題されるトリビュート・イヴェント。この日はバックをメイコン・シンフォニー・オーケストラが担当し、デクスターらオーティスの息子だけでなく多くの著名R&Bシンガーたちが参加する。
これは、オーティス未亡人であるズレマ・レディングさんが設立した「ビッグO(オー)ユース・ファンデーション」への寄付を目的としたものになる。
同時に、ジョージア・ミュージック・ホール・オブ・フェームでオーティス・レディングの写真展も開催される。ここでは多数の写真のほかに直筆の歌詞の下書きなども展示される。この展覧会は、9月14日から翌2008年9月10日までほぼ一年間行われ、その後は2009年くらいまで全米各地で展示される予定だ。
また、オーティス・レディングを主人公にした伝記映画の製作の話も進んでいる。死後40年を経て、今年はオーティス・レディングに脚光が集まるようだ。
+++++
ブレンダ。
この記事を読んで、そういえば、ブレンダ・ヴォーンがオーティス・トリビュートをやると言っていたのを思い出して連絡してみた。やはり、ブレンダはこれに参加して、デクスターと一緒にオーティスとカーラ・トーマスのデュエットでヒットした「トランプ」を歌う予定だという。
ブレンダによれば、その数日前に「ビルボード・ミュージック・アワード」があり、そこでもオーティスへのトリビュートがあるらしい、という。ブレンダはビルボードから見に行く予定だ。
今年は、メンフィスにあったスタックス・レコード創設50周年ということで、スタックスの再活動が大きな話題になっている。スタックス50周年イヴェント、オーティス・イヴェントといつになく南部のソウルが熱い年になってきた。
ブレンダは、ぜひこの「オーティス・トリビュート」を日本でも行いたいと希望している。となると、12月10日前後に、デクスターたちを招いてのライヴ・イヴェントということになるかもしれない。
ENT>MUSIC>ARTIST>Redding, Otis
【シック、シック! ダンス・ダンス・ダンス!】
金曜。
フライデイ・ナイトはディスコ・ナイト。会場が暗転し、メンバーが楽屋からステージに向かい始めた瞬間、音が出る前から、超満員の観客はみな立ち上がった。総立音出前。期待度100%に観客の熱気が火をつけて大爆発。ポップでファンクでグルーヴィーでダンサブル。ブルーノートで見るナイル・ロジャースがやはり一番だ。シックの通算8回目の来日公演。
冒頭3曲メドレー約20分で一挙に観客は興奮のるつぼと化す。特にトップは、アルバム『リアル・ピープル』の1曲目「オープン・アップ」という珍しい選曲。初登場バリー・ジョンソンのベースもなかなかいい感じでナイルのファンキーなカッティング・ギターと相対する。またまた最高なのが、ドラムのオマー・ハキム。その他のジャズ・ミュージシャンなどのバックで来日したときなど、比較的クールなドラマーを演じているが、このシックでは全身全霊全力でドラムを叩く。しかも、それをひじょうに楽しそうにやる。シックでのハキムは特にすばらしい。
赤毛がシルヴァー・ローガン。「シックとツアーに出ていないときは、シルヴァーのジュエリー(宝石)のデザインをしてるのよ」とステージで言う。黒い髪の毛がジェシカ。基本はシルヴァーが歌うが、ダイアナ・ロス・メドレーなどは、ジェシカがリードをとる。
ドラムもしっかりしているが、ナイルのギターも延々と永遠にカッティングでリズムを刻む。「ル・フリーク(おしゃれフリーク)」は、1978年のヒット、「グッドタイムス」は1979年のヒット。30年近く経っても、その曲の魅力は色褪せない。ある意味本当にスタンダードになっている楽曲だ。だから、毎回セットリストがほとんど同じでもまた通って、楽しんでしまうことになるのだろう。オールディーズかもしれないが、現役感たっぷりのグループのグルーヴだ。いや、オールディーズではないな。リアルタイムのグループだ。これだけタイトでグルーヴ感があり、しかもメロディーのあるバンドはなかなかいない。
ナイルやシルヴァーたちは、ライヴが終わるとまもなく上に上がってサイン会。ファンを大事にする。Chic Cheer! Cheer For Chic!
(シックのライヴは、6月19日=火曜まで東京ブルーノートで)
■過去関連記事
June 14, 2007
Nile Rodgers & Chic Will Be At BN: 30th Anniversary Of Chic
【シック30周年、8回目の公演来日】
http://blog.soulsearchin.com/archives/001827.html
(ここに過去記事一覧があります)
■Members
Nile Rodgers(g,vo)
ナイル・ロジャース(ギター&ヴォーカル)
Sylver “Logan” Sharp(vo)
シルバー “ローガン” シャープ(ヴォーカル)
Jessica Wagner(vo)
ジェシカ・ワグナー(ヴォーカル)
Bill Holloman(tp, sax)
ビル・ホロマン(トランペット、サックス)
Curt Ramm(tp)
カート・ラム(トランペット)
“Sweet” Cherie Mitchel(key/back vo)
“スウィート” シェリー・ミッチェル(キーボード、バックヴォーカル)
Rich Hilton(key)
リッチ・ヒルトン(キーボード)
Barry "Bass" Johnson(b)
バリー “ベース” ジョンソン(ベース)
Omar Hakim(ds)
オマー・ハキム(ドラムス)
Gerardo Velez(per)
ジェラルド・ヴェレス(パーカッション)
■Setlist : Nile Rodgers & Chic, @ Blue Note Tokyo, June 15, 2007
セットリスト ナイル・ロジャース&シック @ブルーノート東京
(" ") indicates the album song taken from
transcribed by yoshioka.masaharu
show started 21:42
01. Open Up ("Real People" - 1980)
02. Everybody Dance ("Chic" - 1977)
03. Dance, Dance, Dance (Yowsah, Yowsah, Yowsah) ("Chic" - 1977)
--. A riff of "Fur Elise"(エリーゼのために)
04. I Want Your Love ("C’est Chic" - 1978)
--. A riff of "Reach Out And Touch"
05. Medley: I’m Coming Out ("Diana"/Diana Ross - 1980)
Upside Down ("Diana"/Diana Ross - 1980)
He’s The Greatest Dander ("We Are Family"/Sister Sledge - 1979)
We Are Family ("We Are Family"/Sister Sledge - 1979)
06. Thinking of You ("We Are Family"/Sister Sledge - 1979)
07. Chic Cheer ("C’est Chic" - 1978)
08. My Forbidden Lover ("Risque" - 1979)
09. Le Freak ("C’est Chic" - 1978)
Enc. A Riff Of "Do That Dance" ("Chic Freak and More Treats"/Nile Rodgers - 1996)
Enc. Good Times including rap of "Rappers Delight" ("Risque" - 1979)
show ended 23:04
Special thanks to Hit-Me Yoshiyuki
(なお、ブルーノート・ホームページのセットリストに書かれている”LOST IN MUSIC”は、実際にはまだ演奏されていない)
(2007年6月15日金曜、東京ブルーノート=ナイル・ロジャース&シック・ライヴ)
ENT>MUSIC>LIVE>Rodgers, Nile & Chic
2007-79
金曜。
フライデイ・ナイトはディスコ・ナイト。会場が暗転し、メンバーが楽屋からステージに向かい始めた瞬間、音が出る前から、超満員の観客はみな立ち上がった。総立音出前。期待度100%に観客の熱気が火をつけて大爆発。ポップでファンクでグルーヴィーでダンサブル。ブルーノートで見るナイル・ロジャースがやはり一番だ。シックの通算8回目の来日公演。
冒頭3曲メドレー約20分で一挙に観客は興奮のるつぼと化す。特にトップは、アルバム『リアル・ピープル』の1曲目「オープン・アップ」という珍しい選曲。初登場バリー・ジョンソンのベースもなかなかいい感じでナイルのファンキーなカッティング・ギターと相対する。またまた最高なのが、ドラムのオマー・ハキム。その他のジャズ・ミュージシャンなどのバックで来日したときなど、比較的クールなドラマーを演じているが、このシックでは全身全霊全力でドラムを叩く。しかも、それをひじょうに楽しそうにやる。シックでのハキムは特にすばらしい。
赤毛がシルヴァー・ローガン。「シックとツアーに出ていないときは、シルヴァーのジュエリー(宝石)のデザインをしてるのよ」とステージで言う。黒い髪の毛がジェシカ。基本はシルヴァーが歌うが、ダイアナ・ロス・メドレーなどは、ジェシカがリードをとる。
ドラムもしっかりしているが、ナイルのギターも延々と永遠にカッティングでリズムを刻む。「ル・フリーク(おしゃれフリーク)」は、1978年のヒット、「グッドタイムス」は1979年のヒット。30年近く経っても、その曲の魅力は色褪せない。ある意味本当にスタンダードになっている楽曲だ。だから、毎回セットリストがほとんど同じでもまた通って、楽しんでしまうことになるのだろう。オールディーズかもしれないが、現役感たっぷりのグループのグルーヴだ。いや、オールディーズではないな。リアルタイムのグループだ。これだけタイトでグルーヴ感があり、しかもメロディーのあるバンドはなかなかいない。
ナイルやシルヴァーたちは、ライヴが終わるとまもなく上に上がってサイン会。ファンを大事にする。Chic Cheer! Cheer For Chic!
(シックのライヴは、6月19日=火曜まで東京ブルーノートで)
■過去関連記事
June 14, 2007
Nile Rodgers & Chic Will Be At BN: 30th Anniversary Of Chic
【シック30周年、8回目の公演来日】
http://blog.soulsearchin.com/archives/001827.html
(ここに過去記事一覧があります)
■Members
Nile Rodgers(g,vo)
ナイル・ロジャース(ギター&ヴォーカル)
Sylver “Logan” Sharp(vo)
シルバー “ローガン” シャープ(ヴォーカル)
Jessica Wagner(vo)
ジェシカ・ワグナー(ヴォーカル)
Bill Holloman(tp, sax)
ビル・ホロマン(トランペット、サックス)
Curt Ramm(tp)
カート・ラム(トランペット)
“Sweet” Cherie Mitchel(key/back vo)
“スウィート” シェリー・ミッチェル(キーボード、バックヴォーカル)
Rich Hilton(key)
リッチ・ヒルトン(キーボード)
Barry "Bass" Johnson(b)
バリー “ベース” ジョンソン(ベース)
Omar Hakim(ds)
オマー・ハキム(ドラムス)
Gerardo Velez(per)
ジェラルド・ヴェレス(パーカッション)
■Setlist : Nile Rodgers & Chic, @ Blue Note Tokyo, June 15, 2007
セットリスト ナイル・ロジャース&シック @ブルーノート東京
(" ") indicates the album song taken from
transcribed by yoshioka.masaharu
show started 21:42
01. Open Up ("Real People" - 1980)
02. Everybody Dance ("Chic" - 1977)
03. Dance, Dance, Dance (Yowsah, Yowsah, Yowsah) ("Chic" - 1977)
--. A riff of "Fur Elise"(エリーゼのために)
04. I Want Your Love ("C’est Chic" - 1978)
--. A riff of "Reach Out And Touch"
05. Medley: I’m Coming Out ("Diana"/Diana Ross - 1980)
Upside Down ("Diana"/Diana Ross - 1980)
He’s The Greatest Dander ("We Are Family"/Sister Sledge - 1979)
We Are Family ("We Are Family"/Sister Sledge - 1979)
06. Thinking of You ("We Are Family"/Sister Sledge - 1979)
07. Chic Cheer ("C’est Chic" - 1978)
08. My Forbidden Lover ("Risque" - 1979)
09. Le Freak ("C’est Chic" - 1978)
Enc. A Riff Of "Do That Dance" ("Chic Freak and More Treats"/Nile Rodgers - 1996)
Enc. Good Times including rap of "Rappers Delight" ("Risque" - 1979)
show ended 23:04
Special thanks to Hit-Me Yoshiyuki
(なお、ブルーノート・ホームページのセットリストに書かれている”LOST IN MUSIC”は、実際にはまだ演奏されていない)
(2007年6月15日金曜、東京ブルーノート=ナイル・ロジャース&シック・ライヴ)
ENT>MUSIC>LIVE>Rodgers, Nile & Chic
2007-79
Raheem DeVaughn Live
2007年6月17日【アート&ミュージック、ラヒーム・デヴォーン・ライヴ】
ネオソウル。
ライヴ・パフォーマンスが始まる前、DJがCDやレコードをまわしていた。ステージには、10枚ほどの絵が飾られている。
アートスクールの学生たちが、学生街の喫茶店かカフェの片隅でライヴを始めました、といった雰囲気のライヴだ。ペインター(デモント・パインダー、デモント・ピカソ)が、ライヴ中、油絵をキャンパスに描いている。ライヴで絵を書くというパフォーマンスもアートっぽい。
ラヒームは初来日。しいていえば、ドゥエレイ、マックスウェル、声的にはマーヴィン・ゲイなどのシンガー路線。いわゆる「ニュー・クラシック・ソウル」「ネオ・ソウル」系になりそう。もちろん、見るのは初めて。声、歌唱は、カーティス・メイフィールド、マーヴィンの影響が大だ。本人は、ほかにプリンスの影響も受けたと言っていた。
ドラマーを見ていると、なんとなくフィラデルフィアのルーツのクエスト・ラヴを思い浮かべた。サウンドも、いわゆるニュー・クラシック・ソウル的な印象だ。
曲が単調な嫌いがあるが、それでもドラム、キーボード、ベースにコーラス2人(途中から3人)という編成でなかなかのリズムをかもし出していた。
印象に残った曲は、ちょうどミックスが終わって10月くらいまでにはリリースされるだろうと言った新作『ラヴ・ビハインド・メロディー』に収録される「メロー・トーン」という新曲。
終わった後、ラヒームや絵を書くピカソがでてきて、お客さんにサインをしていた。絵描きの彼は、アートスクールでも行ったのかと思いきや、なんと絵はすべて独学で学んだという。ラヒームのメジャーからの最新作に描かれている絵はすべて彼が書いた。このとき、彼が持ち込んだCDが売られていたが、なんと10枚以上あって、全部インディでだしてきた作品らしい。
ラヒームのライヴの演出などはすべて彼自身が考えているという。「アスク・ユアセルフ」の曲の途中でシンガー3人らが床に倒れて寝転んだりする。これは受けた。あるいは、ジェームス・ブラウンよろしくケープをまとい、頭にはクラウン(王冠)をかぶったりして、キングにはクイーンが必要と言って、観客席に訴えかけたり、なかなかおもしろいことを考える。「ビリーヴ」では、コーラス2人と3人でマイクをオフにして、素の声だけで、会場をかるく一周しながら、歌ったりした。コットンの会場に小さな生歌の声がこだました。
ラヒーム・デヴォーン
Raheem DeVaughn(vo), W. Ellington Felton(rapper), Andrae Alexander(key), Karlston Ross(b), Christopher Bynum(ds), Demont Pinder(painter), Bilal Salaam(back vo), Stephen Smith(back vo)
Setlist : Raheem DeVaughn @ Cotton Club, June 15, 2007
セットリスト ラヒーム・デヴォーン
live started 19:09
01. The Love Experience (?)
02.
03.
04. Mellow Tone (new song from upcoming album "Love Behind Melody")
05. Ask Yourself
06. Believe
07. You Don’t Call Me (?)
08. Don’t Change It, I Love Your Style (?)
09. Deeper, Deeper, Deeper (?)
10. Hush Girl, Rush Girl (?)
11.
12. Can’t Hide Love
13. You - A riff of "Contusion" at the ending
show ended 20:30
(2007年6月15日金、コットン・クラブ=ラヒーム・デヴォーン・ライヴ)
ENT>MUSIC>LIVE>DeVaughn, Raheem
2007-78
ネオソウル。
ライヴ・パフォーマンスが始まる前、DJがCDやレコードをまわしていた。ステージには、10枚ほどの絵が飾られている。
アートスクールの学生たちが、学生街の喫茶店かカフェの片隅でライヴを始めました、といった雰囲気のライヴだ。ペインター(デモント・パインダー、デモント・ピカソ)が、ライヴ中、油絵をキャンパスに描いている。ライヴで絵を書くというパフォーマンスもアートっぽい。
ラヒームは初来日。しいていえば、ドゥエレイ、マックスウェル、声的にはマーヴィン・ゲイなどのシンガー路線。いわゆる「ニュー・クラシック・ソウル」「ネオ・ソウル」系になりそう。もちろん、見るのは初めて。声、歌唱は、カーティス・メイフィールド、マーヴィンの影響が大だ。本人は、ほかにプリンスの影響も受けたと言っていた。
ドラマーを見ていると、なんとなくフィラデルフィアのルーツのクエスト・ラヴを思い浮かべた。サウンドも、いわゆるニュー・クラシック・ソウル的な印象だ。
曲が単調な嫌いがあるが、それでもドラム、キーボード、ベースにコーラス2人(途中から3人)という編成でなかなかのリズムをかもし出していた。
印象に残った曲は、ちょうどミックスが終わって10月くらいまでにはリリースされるだろうと言った新作『ラヴ・ビハインド・メロディー』に収録される「メロー・トーン」という新曲。
終わった後、ラヒームや絵を書くピカソがでてきて、お客さんにサインをしていた。絵描きの彼は、アートスクールでも行ったのかと思いきや、なんと絵はすべて独学で学んだという。ラヒームのメジャーからの最新作に描かれている絵はすべて彼が書いた。このとき、彼が持ち込んだCDが売られていたが、なんと10枚以上あって、全部インディでだしてきた作品らしい。
ラヒームのライヴの演出などはすべて彼自身が考えているという。「アスク・ユアセルフ」の曲の途中でシンガー3人らが床に倒れて寝転んだりする。これは受けた。あるいは、ジェームス・ブラウンよろしくケープをまとい、頭にはクラウン(王冠)をかぶったりして、キングにはクイーンが必要と言って、観客席に訴えかけたり、なかなかおもしろいことを考える。「ビリーヴ」では、コーラス2人と3人でマイクをオフにして、素の声だけで、会場をかるく一周しながら、歌ったりした。コットンの会場に小さな生歌の声がこだました。
ラヒーム・デヴォーン
Raheem DeVaughn(vo), W. Ellington Felton(rapper), Andrae Alexander(key), Karlston Ross(b), Christopher Bynum(ds), Demont Pinder(painter), Bilal Salaam(back vo), Stephen Smith(back vo)
Setlist : Raheem DeVaughn @ Cotton Club, June 15, 2007
セットリスト ラヒーム・デヴォーン
live started 19:09
01. The Love Experience (?)
02.
03.
04. Mellow Tone (new song from upcoming album "Love Behind Melody")
05. Ask Yourself
06. Believe
07. You Don’t Call Me (?)
08. Don’t Change It, I Love Your Style (?)
09. Deeper, Deeper, Deeper (?)
10. Hush Girl, Rush Girl (?)
11.
12. Can’t Hide Love
13. You - A riff of "Contusion" at the ending
show ended 20:30
(2007年6月15日金、コットン・クラブ=ラヒーム・デヴォーン・ライヴ)
ENT>MUSIC>LIVE>DeVaughn, Raheem
2007-78
Take Pictures And Send It To Nilerodgers.com
2007年6月18日【写真撮ったら、ナイルロジャース・ドット・コムに送る】
栄養素。
本編最後の「ル・フリーク」が終わると、メンバーが一度さがって、観客の拍手に迎えられ、アンコールに戻ってくる。そして、赤毛のシルヴァーが言う。「さあ、みんな写真撮っていいわよ。ここで写真を撮っていいのは、私たちだけよ。そして、写真を撮ったら、私たちのサイト、ナイル・ロジャース・ドット・コム(http://www.nilerodgers.com/)に送ってね。日にちと、場所を書いてね」 そして、一斉に観客からカメラが向けられる。
木曜からスタートして、この日で4日目。若干、メンバーも疲れがでてきているのかな。シルヴァーの声が、かすれ気味。アメリカン・ジョークらしいが、「チキンの骨が喉にささってしまったのよ」と言って、メンバー間で受けていた。ナイルのギターも、老練さを感じさせた。そんな彼が「(ステージから)オーディエンスの中にユナがきている」と言った。伊藤由奈ちゃんがいた。
ナイルと少し話す機会があったのだが、こんなことを言っていた。「自分はギターを弾いているときが、とても幸せなんだが、それでも、特別なときがある。この前(金曜のセカンド)の『グッドタイムス』をプレイしているときは、なにかものすごくいい感じだった。あの曲を僕は、それこそ何千回とプレイしている。だが、観客の反応のせいなのか、理由はわからないんだが、自分でもものすごくいいプレイができて、それに感激して、ほとんど泣きそうになったほどなんだよ。毎回、そういうことが起こるわけじゃないんだけどね」 「きっと、何かが降りてきたのかな」 「そうかもしれない」
観客が熱くなっていれば、ミュージシャンも熱くなる。そして集中が高まる。集中が高まれば、神がかりなプレイもできる。何かいやなことがあっても、ひとたびステージに上がってプレイに集中すれば、すべて忘れる。観客からのエネルギーをもらって、それを栄養素としてミュージシャンは成長の糧としていくのだ。ミュージシャンの栄養素、それは観客からの拍手と声援だ。
■過去関連記事
June 14, 2007
Nile Rodgers & Chic Will Be At BN: 30th Anniversary Of Chic
【シック30周年、8回目の公演来日】
http://blog.soulsearchin.com/archives/001827.html
(ここに過去記事一覧があります)
June 16, 2007
Everybody Dance, Dance, Dance On Chic Music
http://blog.soulsearchin.com/archives/001829.html
■Setlist : Nile Rodgers & Chic, @ Blue Note Tokyo, June 17, 2007
セットリスト ナイル・ロジャース&シック @ブルーノート東京
(" ") indicates the album song taken from
transcribed by yoshioka.masaharu
show started 21:04
01. Open Up ("Real People" - 1980)
02. Everybody Dance ("Chic" - 1977)
03. Dance, Dance, Dance (Yowsah, Yowsah, Yowsah) ("Chic" - 1977)
--. A riff of "Fur Elise"(エリーゼのために)
04. I Want Your Love ("C’est Chic" - 1978)
05. Medley: I’m Coming Out ("Diana"/Diana Ross - 1980)
Upside Down ("Diana"/Diana Ross - 1980)
He’s The Greatest Dander ("We Are Family"/Sister Sledge - 1979)
We Are Family ("We Are Family"/Sister Sledge - 1979)
06. Thinking of You ("We Are Family"/Sister Sledge - 1979)
07. Chic Cheer ("C’est Chic" - 1978)
08. My Forbidden Lover ("Risque" - 1979)
09. Le Freak ("C’est Chic" - 1978)
Enc. Good Times including rap of "Rappers Delight" ("Risque" - 1979)
show ended 22:24
(2007年6月17日日曜、東京ブルーノート=ナイル・ロジャース&シック・ライヴ)
ENT>MUSIC>LIVE>Rodgers, Nile & Chic
2007-80
栄養素。
本編最後の「ル・フリーク」が終わると、メンバーが一度さがって、観客の拍手に迎えられ、アンコールに戻ってくる。そして、赤毛のシルヴァーが言う。「さあ、みんな写真撮っていいわよ。ここで写真を撮っていいのは、私たちだけよ。そして、写真を撮ったら、私たちのサイト、ナイル・ロジャース・ドット・コム(http://www.nilerodgers.com/)に送ってね。日にちと、場所を書いてね」 そして、一斉に観客からカメラが向けられる。
木曜からスタートして、この日で4日目。若干、メンバーも疲れがでてきているのかな。シルヴァーの声が、かすれ気味。アメリカン・ジョークらしいが、「チキンの骨が喉にささってしまったのよ」と言って、メンバー間で受けていた。ナイルのギターも、老練さを感じさせた。そんな彼が「(ステージから)オーディエンスの中にユナがきている」と言った。伊藤由奈ちゃんがいた。
ナイルと少し話す機会があったのだが、こんなことを言っていた。「自分はギターを弾いているときが、とても幸せなんだが、それでも、特別なときがある。この前(金曜のセカンド)の『グッドタイムス』をプレイしているときは、なにかものすごくいい感じだった。あの曲を僕は、それこそ何千回とプレイしている。だが、観客の反応のせいなのか、理由はわからないんだが、自分でもものすごくいいプレイができて、それに感激して、ほとんど泣きそうになったほどなんだよ。毎回、そういうことが起こるわけじゃないんだけどね」 「きっと、何かが降りてきたのかな」 「そうかもしれない」
観客が熱くなっていれば、ミュージシャンも熱くなる。そして集中が高まる。集中が高まれば、神がかりなプレイもできる。何かいやなことがあっても、ひとたびステージに上がってプレイに集中すれば、すべて忘れる。観客からのエネルギーをもらって、それを栄養素としてミュージシャンは成長の糧としていくのだ。ミュージシャンの栄養素、それは観客からの拍手と声援だ。
■過去関連記事
June 14, 2007
Nile Rodgers & Chic Will Be At BN: 30th Anniversary Of Chic
【シック30周年、8回目の公演来日】
http://blog.soulsearchin.com/archives/001827.html
(ここに過去記事一覧があります)
June 16, 2007
Everybody Dance, Dance, Dance On Chic Music
http://blog.soulsearchin.com/archives/001829.html
■Setlist : Nile Rodgers & Chic, @ Blue Note Tokyo, June 17, 2007
セットリスト ナイル・ロジャース&シック @ブルーノート東京
(" ") indicates the album song taken from
transcribed by yoshioka.masaharu
show started 21:04
01. Open Up ("Real People" - 1980)
02. Everybody Dance ("Chic" - 1977)
03. Dance, Dance, Dance (Yowsah, Yowsah, Yowsah) ("Chic" - 1977)
--. A riff of "Fur Elise"(エリーゼのために)
04. I Want Your Love ("C’est Chic" - 1978)
05. Medley: I’m Coming Out ("Diana"/Diana Ross - 1980)
Upside Down ("Diana"/Diana Ross - 1980)
He’s The Greatest Dander ("We Are Family"/Sister Sledge - 1979)
We Are Family ("We Are Family"/Sister Sledge - 1979)
06. Thinking of You ("We Are Family"/Sister Sledge - 1979)
07. Chic Cheer ("C’est Chic" - 1978)
08. My Forbidden Lover ("Risque" - 1979)
09. Le Freak ("C’est Chic" - 1978)
Enc. Good Times including rap of "Rappers Delight" ("Risque" - 1979)
show ended 22:24
(2007年6月17日日曜、東京ブルーノート=ナイル・ロジャース&シック・ライヴ)
ENT>MUSIC>LIVE>Rodgers, Nile & Chic
2007-80
Nile, Omar, Barry Make Funky Groove:
2007年6月19日【ドラム、ギター、ベースが作るグルーヴ】
三位一体。
日曜のナイル・ロジャース&シックは、ガッツを誘っていった。ナイルに前日会ったときに、急にガッツのことを思い出したのだ。
『ソウル・サーチン・プレゼンツ・グレイト・ディーヴァ・グレイ・ショウ』(2007年1月9日@ブルースアレー)で、彼にはナイル・ロジャース役を担当してもらった(ギターを弾いてもらった)。(笑) ガッツは、このライヴのために、わざわざナイルのギターと近い音がでるギターを買っていたのだ。
ガッツのディーヴァ・グレイ・ショーでのパフォーマンスは、ナイルを彷彿とさせるファンキーなものだった。しかし、ガッツはなんとシックを見るのは初めてだという。彼はこれを見て、「ある意味、シックの新旧のミックスを見られてよかったような気がする」と言った。
今回初登場のベース、バリー・ジョンソンは、シックに初めての参加ということで、基本的にはバーナード・エドワーズのベースプレイを勉強して、それをなぞることに徹した。そして、相当いいグルーヴをだしていた。バリーは、ルーサー、テディー・ペンダグラス、ケニーG、ナジーなど多数のアーティストと共演。ナジーとは一緒に来日しているという。
一方、毎回参加のドラムのオマー・ハキムは、レコード(CD)とは違って、かなり激しく、ライヴ感あふれるドラミングを見せる。そして、ギターのナイル・ロジャースは、かつてのレコードではかなり若さあふれるカッティングを聞かせていたが、今は味のあるカッティングになっている。それらを総合するとオールド・ミーツ・ニューという雰囲気が漂う。オマーが「新」、ナイルが「旧」、バリーは若干「旧寄り」というニュアンスだ。それは、CD対ライヴ音という対比かもしれない。
オマー・ハキムは、今やニューヨークで、いや世界で5本の指に入るトップ・ドラマーだ。ライヴ後も、観客席にでてきて、ファンと積極的に交流する彼と少し話す機会があった。
彼が初めて来日したのは、1980年、渡辺香津美 (ギター)のバンドでのツアーのときだという。そのとき、渡辺のレコードではドラムはスティーヴ・ジョーダンだったが、そのスティーヴが別のスケジュールがはいっていて来られなくなり、人を介してその代わりとして紹介された。その当時のオマーは、まだ今ほど有名ではなく、名前が少しずつ知られ始めてきた時期だったという。ちょうど、この1980年くらいを境に、ニューヨークで売れるようになったそうだ。彼はマーカス・ミラーと高校が同級生。そういうこともあり、彼とはよくセッションで一緒になる。昨年だけで、彼は3回も来日している。最後はハンク・ジョーンズだ。
彼にお気に入りのドラマーは誰か尋ねた。「お〜〜、あまりにたくさんいすぎて・・・。そうだな。たとえば、エルヴィン・ジョーンズ、トニー・ウィリアムス、ビリー・コブハム、レニー・ホワイト、レニーはかなり好きだな。バディー・リッチ。ジャボ(ジェームス・ブラウンのドラマー)や、スライ&ファミリー・ストーンのドラマーも大好きだよ」
「あの徹底したリズムのキープは、どのように練習するの」と聞くと、笑いながら「さあ、わからないよ。ただ叩くだけだよ」と答えた。「そうそう、僕は以前GRPでソロ・アルバムを出したんだ。十数年前だけどね。で、こんどそれ以来のソロ・アルバムを作ってる。まだ、レコード会社とか決まってないけどね。歌? 少し歌ってるよ。前のアルバムでも歌った」
ファンキーなリズムの基本、ドラム、ギター、ベース。このトライアングルが固まれば、そこにはソウルフルなグルーヴが自然と生まれる。三位一体が生み出すグルーブだ。
ところで最近、ガッツは英文字のアーティスト表記をGATSからGATZに変えた。関ジャニ∞(かんじゃにえいと)のアルバムに2曲が収録されたが、そのクレジットから変更している。アルバムはオリコン1位になっているという。
ガッツをナイルにちゃんと紹介しようと思っていたが、ライヴ後、話し込んでいたら、ナイルはいつのまにかホテルに帰ってしまっていた。(笑) でも、ショーが終わって楽屋に戻るときに、通路でガッツはしっかりナイルと握手をしていた。
ENT>MUSIC>ARTIST>Rodgers, Nile / Gatz / Hakim, Omar
三位一体。
日曜のナイル・ロジャース&シックは、ガッツを誘っていった。ナイルに前日会ったときに、急にガッツのことを思い出したのだ。
『ソウル・サーチン・プレゼンツ・グレイト・ディーヴァ・グレイ・ショウ』(2007年1月9日@ブルースアレー)で、彼にはナイル・ロジャース役を担当してもらった(ギターを弾いてもらった)。(笑) ガッツは、このライヴのために、わざわざナイルのギターと近い音がでるギターを買っていたのだ。
ガッツのディーヴァ・グレイ・ショーでのパフォーマンスは、ナイルを彷彿とさせるファンキーなものだった。しかし、ガッツはなんとシックを見るのは初めてだという。彼はこれを見て、「ある意味、シックの新旧のミックスを見られてよかったような気がする」と言った。
今回初登場のベース、バリー・ジョンソンは、シックに初めての参加ということで、基本的にはバーナード・エドワーズのベースプレイを勉強して、それをなぞることに徹した。そして、相当いいグルーヴをだしていた。バリーは、ルーサー、テディー・ペンダグラス、ケニーG、ナジーなど多数のアーティストと共演。ナジーとは一緒に来日しているという。
一方、毎回参加のドラムのオマー・ハキムは、レコード(CD)とは違って、かなり激しく、ライヴ感あふれるドラミングを見せる。そして、ギターのナイル・ロジャースは、かつてのレコードではかなり若さあふれるカッティングを聞かせていたが、今は味のあるカッティングになっている。それらを総合するとオールド・ミーツ・ニューという雰囲気が漂う。オマーが「新」、ナイルが「旧」、バリーは若干「旧寄り」というニュアンスだ。それは、CD対ライヴ音という対比かもしれない。
オマー・ハキムは、今やニューヨークで、いや世界で5本の指に入るトップ・ドラマーだ。ライヴ後も、観客席にでてきて、ファンと積極的に交流する彼と少し話す機会があった。
彼が初めて来日したのは、1980年、渡辺香津美 (ギター)のバンドでのツアーのときだという。そのとき、渡辺のレコードではドラムはスティーヴ・ジョーダンだったが、そのスティーヴが別のスケジュールがはいっていて来られなくなり、人を介してその代わりとして紹介された。その当時のオマーは、まだ今ほど有名ではなく、名前が少しずつ知られ始めてきた時期だったという。ちょうど、この1980年くらいを境に、ニューヨークで売れるようになったそうだ。彼はマーカス・ミラーと高校が同級生。そういうこともあり、彼とはよくセッションで一緒になる。昨年だけで、彼は3回も来日している。最後はハンク・ジョーンズだ。
彼にお気に入りのドラマーは誰か尋ねた。「お〜〜、あまりにたくさんいすぎて・・・。そうだな。たとえば、エルヴィン・ジョーンズ、トニー・ウィリアムス、ビリー・コブハム、レニー・ホワイト、レニーはかなり好きだな。バディー・リッチ。ジャボ(ジェームス・ブラウンのドラマー)や、スライ&ファミリー・ストーンのドラマーも大好きだよ」
「あの徹底したリズムのキープは、どのように練習するの」と聞くと、笑いながら「さあ、わからないよ。ただ叩くだけだよ」と答えた。「そうそう、僕は以前GRPでソロ・アルバムを出したんだ。十数年前だけどね。で、こんどそれ以来のソロ・アルバムを作ってる。まだ、レコード会社とか決まってないけどね。歌? 少し歌ってるよ。前のアルバムでも歌った」
ファンキーなリズムの基本、ドラム、ギター、ベース。このトライアングルが固まれば、そこにはソウルフルなグルーヴが自然と生まれる。三位一体が生み出すグルーブだ。
ところで最近、ガッツは英文字のアーティスト表記をGATSからGATZに変えた。関ジャニ∞(かんじゃにえいと)のアルバムに2曲が収録されたが、そのクレジットから変更している。アルバムはオリコン1位になっているという。
ガッツをナイルにちゃんと紹介しようと思っていたが、ライヴ後、話し込んでいたら、ナイルはいつのまにかホテルに帰ってしまっていた。(笑) でも、ショーが終わって楽屋に戻るときに、通路でガッツはしっかりナイルと握手をしていた。
ENT>MUSIC>ARTIST>Rodgers, Nile / Gatz / Hakim, Omar
Tony Thompson Dies At 31
2007年6月20日【ハイ・ファイヴのトニー・トンプソン死去】
若死。
1990年代に多くのヒットを放ったティーン・グループ、ハイ・ファイヴのリード・シンガーで、その後ソロ・シンガーとしても活躍したトニー・トンプソンがテキサス州ワコで去る2007年6月1日、死去した。31歳だった。ドラッグのオーヴァードーズ(過剰摂取)という説があるが、検死結果で変わる可能性もある。
トニー・トンプソンは1975年9月2日生まれ。1990年、ティーン・グループ、ハイ・ファイヴのメンバーの一員としてジャイヴ・レコードと契約。同年にリリースされたデビュー・アルバムは、プラチナム・アルバムになる大ヒットへ。「アイ・ライク・ザ・ウェイ」「アイ・キャント・ウェイト・アナザー・ミニット」「ジャスト・アナザー・ガールフレンド」などがヒット。
1995年、ソロへ独立。『セクセーショナル』をリリース。2006年、新メンバーでハイ・ファイヴを再結成していた。
葬儀は2007年6月9日(土曜)に地元の教会とシアターで行われた。
ハイ・ファイヴのメンバーの中では、1992年、ロデリック・クラークが交通事故で半身不随の重症をおっている。また、ラッセル・ニールもグループを脱退していた。
+++++
ハイ・ファイヴは、いわゆるキッズ・グループとして1990年代に人気になったグループだった。しかも、そのリードシンガーのトニーがわずか31歳で亡くなるというのは、思いもよらなかった。
トニー・トンプソンと言うと、もうひとり、シックのドラマーに同名のトニー・トンプソンがいるが、彼もすでに亡くなっている。
ENT>OBITUARY>Thompson, Tony (September 2, 1975 - June 1, 2007, 31 years old)
若死。
1990年代に多くのヒットを放ったティーン・グループ、ハイ・ファイヴのリード・シンガーで、その後ソロ・シンガーとしても活躍したトニー・トンプソンがテキサス州ワコで去る2007年6月1日、死去した。31歳だった。ドラッグのオーヴァードーズ(過剰摂取)という説があるが、検死結果で変わる可能性もある。
トニー・トンプソンは1975年9月2日生まれ。1990年、ティーン・グループ、ハイ・ファイヴのメンバーの一員としてジャイヴ・レコードと契約。同年にリリースされたデビュー・アルバムは、プラチナム・アルバムになる大ヒットへ。「アイ・ライク・ザ・ウェイ」「アイ・キャント・ウェイト・アナザー・ミニット」「ジャスト・アナザー・ガールフレンド」などがヒット。
1995年、ソロへ独立。『セクセーショナル』をリリース。2006年、新メンバーでハイ・ファイヴを再結成していた。
葬儀は2007年6月9日(土曜)に地元の教会とシアターで行われた。
ハイ・ファイヴのメンバーの中では、1992年、ロデリック・クラークが交通事故で半身不随の重症をおっている。また、ラッセル・ニールもグループを脱退していた。
+++++
ハイ・ファイヴは、いわゆるキッズ・グループとして1990年代に人気になったグループだった。しかも、そのリードシンガーのトニーがわずか31歳で亡くなるというのは、思いもよらなかった。
トニー・トンプソンと言うと、もうひとり、シックのドラマーに同名のトニー・トンプソンがいるが、彼もすでに亡くなっている。
ENT>OBITUARY>Thompson, Tony (September 2, 1975 - June 1, 2007, 31 years old)
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